元婚約者の夫


小さな一軒家の寝室。使用人が一人もいない生活だった。

アーサーは自身の固いベットに入ると、隣で眠る妻を見る。


あれから十三年がたった。


若く美しかったアンヌも、今ではすっかりになっていた。

平民の間では十分美しい部類に入るが、貴族社会では相手にもされないであろう容貌。

嘗て咲き誇っていた大輪の花が、年月と共に萎れてしまったかのように感じる。



(ヴィクトリア…)


元婚約者は、逆に美しくなっていた。

いや、美しいと言うよりも、いつまでも初々しいお嬢様といった姿であった。

彼女を思い出すとチクリと胸に痛みが走る。


(「アーサー様」)


可愛らしく自分を呼んでいた少女。

家のための婚約で、彼女に対して愛や恋などはなかった。ヴィクトリアは、常にアーサーに誠実だった。


(彼女の信頼を裏切ったのだ…)


彼女と共にいた男。

ヴィクトリアの夫。

あの時、アーサーは飛び出して行きそうになった。その男は誰だ!と怒鳴り付けたくなる衝動を抑えるのに必死であった。隣にアンヌがいなければ確実にしていたであろう。

もうそんな資格はないというのに。

自分の妻になるはずだった女性が、別の男性と寄り添っていた。しかも、子供までいたのだ。


(あの顔には見覚えがある。確か、スミス伯爵家の三男だ。うち同様に貧乏貴族として有名だった)


スミス伯爵家の三男の美貌も有名だったことを、アーサーは思い出した。

芸術品のように美しいと、老若男女問わず過激なファンがいた。

ヴィクトリアが子爵家を継いでいるなら、三男が婿養子に入ったのであろう。

自分の後釜に選ばれた男。

ヴィクトリアの婚姻は、恐らく、スミス伯爵家からアプローチしたものだという事は嫌でも理解した。婚約の白紙に伴い、真っ先に出向いた事だろう。

なにしろ、落ち目の侯爵家よりも貧乏で有名であったのだから。借金に首が回らなくなっていた事も社交界では有名だった。


(一体、あの男の美貌に幾ら大枚をはたいた事やら)


アーサーらしくもない下世話な考えが脳裏に浮かぶ。

伯爵家の借金返済のために、三男の美貌は、大変な額がついていた。男娼ではない三男に対して、金の力で好き勝手は出来ない。腐っても名家の伯爵家である。三代前は、庶子とはいえ、王家の血を引く姫君が嫁いでいる。迂闊な事は出来ない家でもあった。

当然、三男を手に入れるのには、正式な婚姻か養子縁組しかない。

それを買い取ったのが子爵家であっても、何も驚くことではないのかもしれない。子爵家の支援があれば、伯爵家の借金は跡形もなく無くなるのだから。

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