初めての人殺しだが、不思議と心が動かない。
馬を借りるのに銀貨10枚、ちょうど所持金を使い果たすことになる。
それだと食事も宿もとれない。
何かで稼ぐ必要があるわけだが、一刻も早くこの街から出る必要がある。
父の手が伸びてきたら面倒だからだ。
軒並み店は使えなくなると思って間違いない。
つまり馬を借りるなら、急いだ方がいい。
所持金を使い果たすのは悩ましいが、四の五の言ってられない。
私は早足で馬屋に向けて歩いていた。
「そこのお嬢さん、ちょっと待ってくれよ」
足を止める。
目の前にはニタニタと笑う四人の男たち。
首から下げている銅色のタグを見るに、冒険者だ。
「何の用事? 私、急いでいるんだけど」
「ちょっと俺たちと遊んでいけよ」
「お嬢ちゃん、冒険者になったんなら先輩の言うことも聞いておくべきだよ」
「そうそう! キッチリ先輩が後輩にレクチャーしてやるからさあ」
「さあこっち来いよ」
……最低な連中に捕まってしまった。
こんなところで時間をロスするわけにはいかない。
警戒もなく近づいてくる四人の男たち。
私は一か八か、【闘気法】を発動した。
護身術として貴族院では剣を習わされる。
だから男のひとりが腰に差している剣を抜き取り、素早く構えた。
「……は?」
間抜けな声を上げたのは、剣を奪われた男。
「近づいてきたら斬ります」
「お、おいおい。いつの間に剣を……」
「道を空けなさい」
「いやいやいや。ひとりで男四人を相手にする気かよ」
「メイジレベル1が何をイキってるんだよ!」
「ろくに魔法もつかえないんだろ? 剣なんて構えてどうするんだ」
「引っ込みつかなくなる前にさあ、その剣、返そうか?」
チ、舐めるな!
闘気法とは、全身に魔力を纏って身体能力を強化する武術である。
私には大きめの剣だが、闘気法のお陰で小枝のように振り回すことができた。
銀光が閃く。
「うわ、やめ――ぐえ」
「ちょ、テメエやりやがったな!!」
「囲め囲め!!」
「構わねえ、腕の一本くらい落としてやれ!!」
トロくさい動き。
連中はめいめいに武器を抜くが、その間にもうひとりを始末する。
「なんだコイツ。速いぞ」
「闘気法だ。気をつけろ、素人じゃねえぞこのアマ」
薄っすらと残ったふたりが黄色いオーラを帯びる。
闘気法。
銅ランクの冒険者とはいえ、心得はあるようだ。
だが動きが遅い。
闘気法を纏ったふたりを相手に、私は一歩も引かずに剣を振るう。
ひとりの腕を切り落とす。
武器を取り落したので、戦闘不能だ。
もうひとりは恐怖に顔をひきつらせている。
でも今更、無傷で投降を許すわけにはいかない。
一閃。
喉元を切り裂かれた男は、ガクリと膝をついて吹き出す血を呆然と眺めていた。
三人を殺し、ひとりは腕を欠損させた。
初めての人殺しだが、不思議と心が動かない。
剣を投げて腕を失って泣いている男の胸に突き刺す。
四人を殺したところで、辺りは静かになった。
まったく、服が血まみれだ。
返り血で黒ずんでいく鮮血を見て、どうしたものかと内心で頭を抱える。
こんな有様では馬を借りるどころではない。
やってしまったものはどうしようもないが……そうだ、魔法で綺麗にならないだろうか?
「〈クレンリネス〉」
水属性と光属性の混成魔法。
その効果は、自分を中心とした範囲内の浄化。
白い光が、私にこびりついていた返り血を光の泡に変えていく。
やった、成功だ。
私は血溜まりを踏まないように四人の死体を避けて通り、馬屋へ急いだ。
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