呼び起こされる真の能力

 召喚したカードに何の力も無かった理由。

 それはカード自体の能力が、相互同意の契約によって他の力を取り込むというものだったからだ。


 差し詰めカードは力を格納するための器で、契約相手が中身といった関係性になるといったところか。


 スキルが顕現してからずっとこのことに気づかなかったのは、スキルによる契約に同意してくれる存在が現れなかったからだろう。

 そもそも人と魔物が意思を通わせること自体がある種のイレギュラーなので、当然と言えば当然ではあるのだが。


「――召喚サモン


 俺は水竜の入ったカードに魔力を通してさっき頭の中に流れ込んだ単語の一つを声に出すと、カードは淡い光に包まれ、水竜へと姿が変化する。


 カードに入る前と打って変わり、力無く横たわっていただけの状態からがっしりと四本の脚を地面につけている。

 更に体内で砕ける寸前の状態であったはずの核はというと、一度カードになった影響からか完全に修復されているようだった。


「なるほど、召喚サモンはカードから実体化させる効果があるみたいだな」


 流れ込んだ単語は他に召還リコールというのもある。

 これは召喚サモンと対になるような形で入ってきたから、恐らくカードに戻す為の言葉なのだろう。


「……まあでも、もう少しこのままにしておくか」


 俺がそう呟く傍らで水竜はというと、ひどく困惑していた。


 まさか自身がカードの中に収納されたことは勿論、体内の核が元通りになっているなんて思いもしなかったからだろう。

 契約主にあたる俺も反応に困っているのだから無理もないか。


 少しして水竜は落ち着きを取り戻すと、俺に向かってゆっくりと首を垂らし、小さく鳴き声を上げた。


「どうした?」


 水竜の行動に問いかけると、逆に怪訝そうな表情で見つめ返された。


「……もしかして、撫でろってことか?」


 恐る恐る手を伸ばし、水竜の頭を軽く触れてみる。

 ぷにぷにとした手触りと若干ひんやりとした感覚が相俟った触り心地は、スライムのそれと酷似している。


 ………………気持ち良い。


 堪らず優しく頭を何度か撫でていると、水竜は嬉しそうに、きゅう、と喉を鳴らしながら目を細めてみせた。


 大きさに見合わず甘えてくる姿は、まるで小動物みたいだ。

 思わずフッと笑みが溢れる。


 人間から見れば十分に大きいが、竜種としてはかなり小柄な部類に入るはず。

 もしかしたらこいつはまだ幼体なのかもしれない。


 それにしても、なんで治癒術を使ったわけでもないのに核が治ったんだ?

 カード化には負傷した箇所を治癒する効果も備わっているのか。


 いや違う、これはきっと対価だ。


 契約する直前に捉えた魔力の糸が鎖となって水竜を縛りつけるイメージ。

 あれは確実に水竜に対して、何か絶対的な制約を押し付けるもののはずだ。


 それこそ致命傷を完治させるほどの強力な対価と引き換えに。


 こいつはそれも承知で俺と契約を交わしたのだろうが、本当にこれで良かったのだろうかと一抹の不安を覚えた時だった。


「――おい、てめえ! なんてことしやがる!?」


 突如として野太い怒号が聞こえ、声がした方向に顔を向けると、武器を手にした男たち数人が殺気を立たせて俺のことを睨みつけていた。

 一瞬、野盗かと思ったが、その割には服装が綺麗だ。


 となると……断言はできないけど、冒険者同業者か。


 地面に置いておいた剣を持ち直し、男たちに警戒をしつつも水竜にちらりと視線を移してみると、水竜の表情に明らかな怯えの色が窺えた。


 ああ、そういうことか。

 だからこいつは道のど真ん中で死にかけで倒れていたんだ。


「お前らは……?」

「何だっていいだろ。それよりもてめえ、自分が何しでかしたのか分かってんのか?」


 先頭に立って大剣を構えた大男が脅すようにして問い詰めてくる。

 立ち位置からしてあいつが集団のリーダーか。


 場合によってはこのまま俺を殺しにかかってきそうな勢いだが、ここで素直に答えるわけにはいかないよな。


「さあな。俺はただ通りかかっただけだ」

「しらばっくれんじゃねえ!! そいつは核が砕ける寸前にまでなってたんだ。なのに回復してるってのは、てめえが何かしてなきゃおかしいんだよ!」


 リーダーの男は激昂を露わにすると、「おい」と手を挙げて後ろの男たちに何か合図を送る。

 すると、後ろに控えていた坊主頭の男が俺の前に姿を現した。


 出てきた男の脇には鉄製の大きな筒が抱えられ、それはまるで小型化した大砲のようだ。


「撃て」

「あいよ!」


 リーダーの男が指示を出すと、坊主頭の男は嬉々とした表情を浮かべながら大筒に魔力を流し込んだ。


 瞬間、少し離れたところで強烈なエネルギーを伴った爆発が起こる。

 一瞬何が起きたのか分からず、ワンテンポ遅れてから爆発が起きた方向を振り向くと、爆発が起きた地面は抉れて蒸発し、直径十メートルを超える大きな穴が開いていた。


 更に間を置いて理解が追いついた途端、大筒から放たれた弾の威力に戦慄が走った。


 今のは術式ではない、あれはただの魔力の塊だ。

 なのに破壊力が上級の魔術と遜色ないってどういうことだよ……!


 俺の反応を楽しむかのようにリーダーの男は、にやにやと嘲笑を浮かべながら口を開く。


「どうだ、魔導砲ブラスターの威力は? こいつは充填に大量の魔力と時間を食うが、撃っちまえばそこらの魔術師が雑魚に見える火力を叩き出せる。それこそそいつの親の核をぶっ飛ばすほどのな」

「そうそう、あれ凄かったよな。寝込みを襲ったとはいえ、一斉にこいつをぶっ放したらドラゴンでさえも葬れるんだもんな。あの光景には全員大笑いしたぜ!……やべ、思い出したらまた笑えてきた」

「おい、何笑ってんだよ……って、あ、やばい。俺も笑えてきた」


 ギャハハ、と耳にべっとりと纏わりつくように不快な男たちの下品な笑い声が響き渡る。

 俺はその光景を横目に水竜の頭にポンと手を置いて、手にしているカードの一枚に魔力を込める。


 魔導砲ブラスターと呼ばれたあの大筒に対する恐怖はまだ残っているが、それよりも胸の奥底から沸々と怒りがこみ上げていた。


「おい、小僧。その魔物をこちらに寄越せ。そいつは貴重な実験体なんだよ。うっかり親は殺しちまったが、そいつがいればどうにかなる」


 リーダーの男が同じ大筒を手にした別の男を前に呼び寄せる。

 典型的な脅迫で、首を縦に振ること以外は許さないといった強硬な姿勢を示している。


「……お前らの事情は知ったことじゃないが、もし断ったら?」

「当然、死んでもらう。それで答えは?」

「当然、断る。まだ短い付き合いだが、俺はこいつの主人だからな」

「そうか。なら、吹っ飛んで死にやがれ!!」


 リーダーの男が叫ぶと、新たに前に出てきた男が構える大筒の砲口に魔力が集中し始める。

 あと数秒も経たないうちに、地面を容易く蒸発させるほどの弾が放たれるだろう。


 だが、その前に俺は魔力を込めていたカードを地面に投げ放ち、声高に叫んだ。


設置セット! スパイラル・シールド!!」

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