第9話・強者でも勝てないモノ

 その後も参歩の操作する『フェンリー』に上からの叩きつけや下からの打ち上げ、更には土俵際から落とされて復帰をしようとした時の空中撃墜で悉く場外へ吹っ飛ばされ、連敗を重ねて5ラウンド目に入った時のこと……


 マイクから離れたところから部屋の扉がコンコンコンとノックされる音がして、参歩が「ハーイ」と返事をすると、ガチャッと扉が開く音がして「ご飯できたわよ!」と遠くからリーシャの声が聞こえた。


 すると、エメリオが「お母さーん! お父さんに一回も勝てなーい」とグズリながらマイクから離れて、画面の2Ⅾアバターが抜け殻のように前かがみになって動かなくなる。


「あなた、もう少し手加減したらどうなの!」


 マイクから離れたところにいるリーシャにそう怒られる参歩は「インデックス杯は思っているほど甘くはないからな。現実を知っておいた方がいい」と言い返す。


 急にリアルな家庭の日常を目の当たりにしたリスナーたちは参歩のチャット欄では「まさかの嫁フラで草」「そういや夕飯前とか言ってたな」となり、エメリオのチャット欄でも「お母さん登場!」「おっとこれは夫婦喧嘩開始か?」「この人も【ライブラ】やるのかな?」などリーシャが参戦するのではないかと期待する者も出てくる。


「とりあえずご飯冷めちゃう前に切り上げて!」


リーシャはふたりにそう言うと、負けがこんでいたせいか? エメリオが「この試合だけ! この試合だけやらせて!」と駄々をこねたため、このラウンドで最後にすることにした。


 エメリオは席に戻って2Ⅾアバターが本人に連動して動き出し、再び『ハイン』を選択する。


実質、エメリオが極めているキャラが『ハイン』しかいないというのが現状のため、これしか選べない。


 逆に参歩も、長い間『フェンリー』を使ってきたのと、その腕前から『銀狼』と呼ばれていることもあって『フェンリー』しか選ばないというジレンマに落ちいっている。


 ステージは先程と同じ摩天楼の屋上で、開幕早々にエメリオの操作する『ハイン』は参歩の操作する『フェンリー』に特攻した。


 もう遠距離攻撃は通用しないと思ったエメリオは肉弾戦で戦うことしか頭にない状態で、それでも少しはラウンドを重ねたからか? 最初に比べて『フェンリー』のジャスト回避からのカウンターを受ける回数が減っていた。


 攻撃は避けられるものの、カウンターを受ける確率が減っているため、瞬殺されることはない。


 そんな時、参歩の2Ⅾアバターの動きが突然粗ぶりだした。


参歩「待って! リーシャ!? 急に何を? やめてくすぐらないで!」


 それと同時に操作している『フェンリー』の動きがぎこちなくなって、エメリオの操作する『ハイン』の攻撃を受けやすくなる。


「えーっとですね。何が起こっているのか説明すると……お母さんが後ろからお父さんの脇をコチョコチョしてるの!」


 エメリオは今の状況を簡単に説明すると、チャット欄では「いいぞもっとやれ!」「格ゲーで物理攻撃は反則w」「てえてえかな?」などのコメントが流れ始めて『フェンリー』の蓄積ダメージが88になった瞬間「吹き飛べー!」とエメリオの気合の入った声と同時に『ハイン』の金属バットによる強烈なフルスイングが決まって、場外へ吹き飛ばされ、ゲームセットとなった。


「はい、今日はこれでおしまい! ご飯冷めちゃうから!」


 リーシャはそう言って、パンと手を叩き、参歩は締めの挨拶に入る。


「えーとだな……とりあえずこれ以上続けるとリーシャがマジおこになるから、今日の配信はここまで! ご視聴ありがとうございました」


 そして最後に、邪魔をしてきたリーシャに「あとで覚えとけよ!」と言うと、リーシャは遠くから「あとで耳かきしてあげるから!」と返してきたため「おっしゃ交渉成立!」と相成った。


 まだ配信を切っていなかったエメリオのチャット欄では「マジで夫婦なんやな」「ご両親は大変仲がよろしいようで」などのコメントが流れ、エメリオは「コレが我が家の日常だよ。それじゃ次回の配信まで!」と言って配信を切る。

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