033.幕間1


「え~っと、シーツにマットレスにあとは…………」


 ガラガラとカートを押しながら私はスマホに表示されているメモ帳と中の商品を見比べる。

 カート内には明日以降必要になってくる、生活必需品の数々。どれもこれも家のものと比べて安く、銭失いになりそうな気になりそうな気もしないでも無いけど、お母さんとの約束だからこればっかりはなんとも言えない。


 私……黒松 美汐は明日引っ越しという一大イベントを前に、庶民の味方であるインテリアショップへと足を運んでいた。

 私のワガママとお母さんの反対から始まった、アパートでの一人暮らし。何度も話し合いを重ねてようやく許可を得たはいいものの、条件の1つとして提示されたのが『必要なものは自分のお金でなんとかする』ということ。

 ある程度は家から持っていくことができたけれど、そこそこの比率で買わなきゃならないものも出てきた。


 正直言って、私の資金力には自信がある。ネットでの活動で同年代としてはなかなか稼いでいる方だと自負している。

 趣味仕事に投資は惜しまないからアパートにたっかい防音室も運び込んだし、家だって一人暮らしにしてはちょっとランクのいいところを選んだ。

 でも、それ以外のことに関してはなかなか財布の紐が固いということも自覚している。

 だから家具は実家のようなどこぞの高級品で揃える気もなく、自分のお金を使うのであれば安いもので揃えていきたい。


 だから前にもここに来て家具一式を買っておいた。買っておいたはいいけれど……まさかベッドを実家から持っていく事が許されて無かったなんて。

 私がベッド持ち出しNGを知ったのが昨日。そうして今日慌てて買いに来たというわけだ。


 …………でも、許されなかった理由も「私が帰ってきた時困るから」って、お母さんも厳しいんだか優しいんだか。



 そんなこんなで迅速に行なったお買い物も、あとはベッドフレームで最後だ。

 さっさと買いに行って午前の用事は終わらせてしまおう。


「――――ダメだダメだ!」

「あら…………?」


 なんだか進行方向から声が聞こえてきた。

 感情に任せているのか、荒らげる声。その様子が気になって私はこっそり覗き込む。


「え~! お兄ちゃんのケチー!」

「ずいちゃんの為を思ってるんだから!」


 奥地に見えるのは何やら男女2人が言い争っている様子。

 男性の方は背を向けててわからないけど、女の子は可愛らしい……中学に入りたてかしら?

 兄妹かカップルかしらないけど、とりあえず女の子は眉を吊り上げて怒っているみたい。


 えぇ……やだなぁ……。

 言い争いしてる場所、ネットで目論んでた私の本命のベッド近くじゃない。

 数あるベッドの中でもシンプルな形の、スタンダードタイプ。組み立ても簡単らしくて初めて・・・使う私でも余裕だそうな。


 アレ狙ってたんだけど、ちょっと時間ずらすか別のものにしようかしら……。


 ……ううん、ダメ。アレ以外一人で組み立てられる自信ないし、時間もズラせば午後の本命である喫茶店に並ぶのが遅くなっちゃう。

 先々週は学校行事、先週は防音室の設置で行くことのできなかった、今日行く予定の喫茶店。特に季節限定品はもう残り期限が長くない。

 だから今日は先々週、先週の分も含めて全制覇しなきゃならないの!こんなところで手間取ってる場合じゃない!!


 ちょっと横切ってお札を取るだけだし、ここは思い切って、あの2人の間に…………!!


「そんな事言ってぇ、家さあたしのこと抱き枕にしてたのに~」

「そっ……それはずいちゃんのほうから――――」

「――――すみません、ちょっといいですか?」


 喫茶店への想いをそのままに、私は言い争いに構わず2人の間を割っていく。

 できるだけ目を合わせないように……!因縁つけられてしまわないように……!


「それを取りたいだけですので。失礼します」

「あっ、ごめんなさい」


 やった……!

 なんとか最後の難関であるベッドの確保も成功した…………!


 思ったより素直に避けてくれて助かったけど、もうあの2人とは会うこともないでしょう。

 そういえば店に来たばかりの時もなんだかエスカレーターの上の方でイチャイチャしてるカップルがいたけど、この店はそういう層にも人気なのかしら?思わず睨んじゃったわ。


 ま、配信内で恋愛相談に乗りはすれ、実際に興味もない私には関係ないことね。

 私にはネットでの活動と大好きな喫茶店巡りさえあれば、そんな心惑わす恋愛なんて不要なのだから。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



 恋愛なんて不要――――そう思っていた時期が、私にもありました。



 目の前には、なんとさっきお店で言い争いをしていた男女二人組が、それぞれのメニューが置かれているのに一緒のものを見合っていた。

 色々なものに目移りする女の子にそれを諌める男性。顔からして兄妹という線は薄くなったが、そう思えるほどの距離だった。


 そんな中、私は男性から目を離せないでいる。

 完全に普通の人。ネットの海で話題になっている男性アイドルなどと比べたら容姿など雲泥の差、勘違いしたアカウント完全無視対象に張られてる妙に格好つけた写真アイコンと比べてもそこまでの容姿だが、それでも私は彼から視線を逸らすことができなかった。

 なぜだかさっぱり分からない。ただ、相席相手だと通されてその顔を見た途端、身体にビビッと電撃が走るような衝撃を覚えたのだ。


 この人と話してみたい。どんな反応をして、どんな表情を向けてくれるのか、今すぐ見てみたい。

 そんな初めての欲求が自信の内からフツフツと湧き上がっているのを必死で抑えていると、いつの間にかやってきていた店員さんに女の子は元気よく告げる。


「――――あとオレンジジュースとホットコーヒーください!」


 ホットコーヒー!?

 ホットコーヒーを頼んだのは2人のうちどっち!?……たしか、そのちょっと前に女の子が『ショートケーキとオレンジジュースにした!』って元気よく言ってたし、それなら消去法的に男性のほうかしら?


 それなら……コーヒーが好きなら共通の話題になるかも。

 …………でも、どうやって話せばいいの?第一声は?

 ネットの世界でならいくらでも自然体で話すことができるけど、リアルだと何を話していいかわかんなくなっちゃう。

 でも話してみたい。この人のコーヒー観を聞いてみたい。何か……何でもいいから取っ掛かりを…………!


「ねぇ……」

「うん?」

「コーヒー、好きなの……?」


 ――――あれ?

 普通に声が出せた?いつもならパニックになった結果途中で切れて喋れなくなっちゃうのに。

 でも、話せるなら僥倖だわ。このまま彼のことについて、そして欲を言えば女の子の関係だって聞いてみせるんだから!





「……ここはね、ケーキの他にコーヒーも初心者に飲みやすくって人気なの」

「それは良かった。随分と詳しいんだね」

「別に……調べたらすぐ見つかっただけよ」


 あぁ……!早速やっちゃった……!

 彼はコーヒーは普通だって、そんなに興味無いはずなのに聞いてもないことをペラペラと……!

 大丈夫かな? 突然語りだしちゃって変な子だって思われてないかな? もしアレなら全然違う話でも……!


「結局、あなた達はどのベッドを――――」

「ねぇねぇ! あなたは何を頼んだの!?」


 急になに!?びっくりしたぁ……

 話を変えて名誉挽回しようと思ったら隣の子が話かけてきてびっくりしたじゃない。


 明るくて愛嬌もあって……男の子に好かれる女の子ってこういう子のことを言うのかしらね。

 私には絶対にできない明るさだわ。暗くて陰湿な私には。


 でも、『ずいちゃん』呼びを許せないってことはあなたも彼に興味があるってことなのね。他の人にその呼び方はされたくないと。

 本当に付き合ってるかとも思ってたけど、その反応ならちょっとは私にも希望が見えてきたかしら?

 だったら、早いとこ彼の事を知って、私のことを知ってもらわないと――――


「――――ご注文の品をお持ちしました」


 そんな時、テーブルに並べられるは様々なケーキの数々。

 モンブランにスイートポテト、パフェやカボチャプリンなど大小様々。


 彼ら2人が頼んでないとするならばこの注文をしたのは一人しかいない。

 驚きの視線が両者から降り注ぐ。


 あぁ……なんで期間限定だからって無理に全品注文なんてしたのかしら……!これじゃはしたない子って思われちゃうじゃない!!

 私はその場で顔を赤くして口を開く。そこから出たのは、恥ずかしさやら何やら、色々なものが混じって出た制御しきれなかった言葉。


「何よ……!私だって気になってたもの……全部食べちゃっていいじゃない……!」


 きっと、マスクを外せばその顔は真っ赤になっていたことだろう。

 私は今のマスク姿に、この見られることのない安堵と、恥ずかしいところを見られた羞恥でしばらくデザートに手を付けることができなかった。

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