031.ニセモノではなく本当の


「ちょっと――――!!」


 ガタン!

 と、大きな音とともに声を上げると、スマホ片手に再度集結した女性たちが一斉にこちらを見る。

 どうやらさっきの大きな音は勢いよく立った時に椅子が倒れたようだ。倒した俺も内心驚いたが、そのおかげで彼女らの注目を集められたことにホッとする。


「えっ……誰……この人……。凛、知り合い?」

「いやいやいや! 私が知るわけ無いじゃん!」


 クッ……。この空間に完全に場違いになっている俺。

 そりゃそうだよ。知らない人に話しかけられたら普通そうなるよね。

 予想してたけど、その引いた目線が地味に心に来る……!

 でも、そんな事言ってられない。美汐ちゃんが困ってるんだからなんとかしないと。


「じゃあ……テディさんの知り合い?」

「えっと……その人は………うん。 私の、知り合い……」


 よかった。

 美汐ちゃんまで知らない人なんて言われたら取り付く島もなかった。

 これで引かれてた視線も緩和されたし、いくらか話ができそうだ。


「それで、私達に何の用でしょう?」

「それは………」


 姿勢を改めて問われるのに合わせて俺も軽く言葉が漏れる。


 ……待てよ。

 写真を撮ろうとするファンってどうやって止めたら良いんだ?

 そも普通の知り合いである俺が止めたところで、さっきの押しの強さを見る限り押し切られそうな気もする。


 じゃあ何か、もっとインパクトのあるものを加えれば話の説得力を持たせたらいいかもしれない。

 インパクト……美汐ちゃんとの会話でのインパクト……駅での冷たい目…………。


 …………そうか!彼氏設定で行けば美汐ちゃんをかばっても説得力が出そうだ!


「俺はこの子のカ――――」

「か…………?」


 ――――いや、普通に考えてダメだ彼氏は。

 美汐ちゃんと打ち合わせもしてないから彼女が否定すればオジャンだし、そもそもインフルエンサーの恋人なんて炎上の起爆剤にしかならないじゃないか。

 俺はどう広まろうと仕事に影響ないから良いのだが、人気商売である彼女にそういった話題が広まってしまうと大変なことになるのは想像に難くない。

 だから彼氏パターンは却下だ。炎上を鎮火させるスキルなど俺にはない。


「”か”ってもしかして……カレシじゃない?」

「え~!?ウソ~!? ホントにカレシ!?」


 …………やばい。失敗した。

 最後の一文字で最初言おうとした答えを導き出した女性は3人で驚きあい、どんどんとボルテージが高まっていく。

 まさに噂が噂を呼ぶ負の連鎖状態。さっきまで怪訝な様子だった目がいつの間にか「面白そう」と輝かせながらこちらを見てきて美汐ちゃんの声なんて聞こえなくなってしまっている。


「カレシさんなの!?本当に!?」

「いやそれは……」


 いつしか彼女らの興味の対象は俺に移ったようで、美汐ちゃんに詰め寄っていた3人組は俺のほうへ。

 これはヤバいぞ……!流されてったら大変なことになる。助けに入ったつもりが大やけどだ。


 もっと何か、カで始まる別の言い訳は…………そうだ。


「ねぇねぇ! いつから!?いつから付き合ってる――――」

「俺はカレシなんかじゃない!!」

「――――えっ?」


 まさしく絞り出すよう。腹の奥から叫んだ俺の言葉に、さっきまで圧してきていた彼女らはスッと冷静さを取り戻す。

 よし。店員さんも驚いて様子見てるけどなんとか聞いてもらえそうな空気になった。


「カレシじゃなくって管理者。つまりマネージャー。 俺はブラックテディのマネージャーなの」

「……マネージャー…………?」


 俺の言葉に目を丸くした3人はそのまま振り返って視線を美汐ちゃんのもとへ。

 そんな彼女も俺の意図が分かってくれたのか、ブンブンと首を縦に振ってくれている。ナイス!


「そ。カレシとかじゃないからね。 あと写真とかは凄く嬉しいけど、後々の問題もありうるから基本断ってます」

「問題って?」

「ほら、有名人と一緒に写真撮ったから自分には信用があるって言って詐欺する人とか。聞かない?そういうの」

「…………」


 頼む!信じてくれ!


 彼女らはポカンとした表情のままに、垂れた腕をそのままに美汐ちゃんへと振り返る。

 その一人……凛と呼ばれた女性がフラフラと美汐ちゃんの前までたどりつくと、突然彼女に向かって手を差し出した。


「――――ごめんなさい!」

「……えっ?」


 女性の口から飛び出したのは、謝罪の一言だった。

 突然目の前で行われた謝罪に混乱する美汐ちゃんをよそに、女性はそのまま手を差し出しながら頭を上げていく。


「ごめんなさい、テディさん。 憧れの人に会えてちょっと舞い上がってたみたいです。 思い返せばテディさんも何か言い掛けてましたけど、そのことだったんですよね?」

「えっ……えぇ……」

「写真は諦めます。 その上でお願いなのですが、握手だけしてもらっても構いませんか……?」


 さっきまでのテンションが上がりまくった様子とは打って変わって冷静に、そして真摯にお願いするさまに美汐ちゃんも面食らっていた。

 しかしそこはさすがの彼女と言うべきか、面食らったのは一瞬だけですぐにいつもの様子に戻って女性に笑いかける。


「も、もちろんよ。 写真が撮れないのは申し訳ないけど、握手なら喜んで」

「………! ありがとうございます!」

「あっ! ずるい凛! アタシたちも!」

「えぇ、この後でね。 そういえば、ユーザー名は何使ってるの?」


 …………よかった。 なんとかみんな落ち着いてくれて、美汐ちゃんも余裕が生まれてくれたようだ。

 ぶっつけ本番の賭けだったけど、なんとかなってくれて本当によかった。流し見したニュースも案外役に立つものだね。


 部屋の隅でそんな彼女たちの様子を眺めていると、ふと美汐ちゃんがチラリとこちらを見て目が合ってしまう。

 彼女はその瞬間、女性たちに気づかれないタイミングでパチンと片目をつむり、ウインク。俺はそんなお礼に心から安堵をするのであった。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



 そこは最寄り駅を降りた家への帰り道。

 俺は隣の少女とともに、家までゆっくりと進んでいく。


 あれから、突発的に起こった美汐ちゃんとファンとの交流会を終えてからのコーヒータイムは無言のまま進み、どちらからか言い出したのかお開きとなる頃には夕方になっていた。

 今日も以前と同じく帰り道は一緒。乗る電車も降りる駅も同じ。


 しかし、違うところといえば彼女は終始無言なことだ。

 さすがに必要なところではきちんと返事をしてくれてるものの余計な雑談は全て無言。彼女から話しかけられることは一切ない。

 もしかしてさっきのやり取りがミスったのではないかと未だに戦々恐々だ。


「……着いたか」


 見慣れた道を歩いていけばいつの間にか見えてくる我が家。

 今日もウチの明かりはついている。きっとずいちゃんが夕飯を作って待ってくれていることだろう。

 お腹は水分でいっぱいだけど、ずいちゃんの料理なら余裕で入る気がする。


「…………ねぇ」

「……ん」


 ようやく、彼女から話しかけてきてくれた。

 なんだろう、今までずっと黙っていたからなんとなく怖い。説教でも始まるのか……?


「さっきは……ありがと。 私が話せなかったから、助かったわ」


 よかった。開幕怒りではなかった。


「ううん。美汐ちゃんも合わせてくれてありがと」

「そりゃあ私を助けるためにやってくれたことだもの。 それで1つ聞きたいんだけど……最初言おうとしてた『カ』って何?」

「あ~……それは……」


 そこかぁ……。

 喋ってて俺も思った。明らかに違和感あっただろうし、不思議に思うだろう。

 でも結局は別の答えにしたわけだし、ここは素直に言っても問題あるまい。


「そのね……最初はカレシって言おうと思ったんだけど、美汐ちゃんにそういうのが広がるとマズイじゃん?ってなって……」

「…………そう」


 彼女の言葉はフラットだった。まさに予想していた通り、といった感じ。

 振り返れば彼女の伏せた顔が目に入る。その心の内に何を秘めているかは今の俺に読み取ることはできない。


「まぁ、管理者ってだいぶ賭けな言い方だったけど、無事ごまかせて良かったよ。 それでも、勝手にマネージャーになっちゃってごめんね?」

「―――――わよ」

「……うん? ごめん、なんだって?」


 ぼそっと何かを言った気がしたが、俺の耳まで届かなかった。

 この流れだと「いいわよ」という流れだと思ったが、どうもそれにしては文字数も雰囲気も違う気がした。


 思わずなんて言ったのか聞き返すと、彼女は大きく一歩近づいてその伏せた表情を上げて目を合わせてくる。


「彼氏でいいわよ」

「…………へ?」

「彼氏でいいって……いや、この言い方はダメね。言い直すわ」


 彼女はコホンと咳払いをして、再度言い直す。

 聞き間違いかと思った、ありえない言葉を。


「その…………私と付き合ってくれない? もちろん、ニセモノじゃなくて本当の彼氏彼女として」


 そう彼女は告げる。

 嘘偽りない事を表すように、その薄茶色の瞳を真っ直ぐこちらに向けながら――――。

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