025.地雷原の上で


「ケーキセットのAを1つ。ドリンクはホットコーヒーで。それとセットのBも1つお願いします」

「Aセットのホット1つ。Bセットの……お飲み物は何に致しましょう?」


 店員さんが目の前の少女から俺へ視線を流す。

 あぁ、Bセットって俺のことか。飲み物は…………


「えぇと、それじゃあ――――」

「――――同じくホットコーヒーをお願いします」


 ……選ぼうと思ったら、彼女が割り込んできた。

 復唱後去っていく店員さんを横目に、俺は目の前に座るマスクを付けた少女へと目を向ける。

 彼女は扉が閉まるやいなやその変装道具を解き放った。


「ふぅっ……。 やっぱりこういうお店のほうが落ち着くわねぇ」


 疲れたようにマスクを放おってお冷に口を付けるのは、”ブラックテディ”こと美汐ちゃん。


 今日、仕事が終わって帰りの電車に乗ろうと同僚と別れたその時、背後から話しかけられたのは一昨日・昨日と関わりのあった美汐ちゃんだった。

 ジトリ呆れた目で下の名を呼ぶ彼女に連れてこられたのはここ、個室付きの喫茶店。名前に見覚えもないしきっと個人経営だろう。

 突然連れられたことに混乱しながらも、彼女は迷うことなく俺の分まで注文をし、向かい合ったのが今の状況。


 ちなみに、どこで連絡を取ったのかずいちゃんには了承を取っているらしい。

 そこは道中俺のスマホに連絡が来たからすぐに納得した。


 しかし一方で、俺は一体何のためにここへ連れて来られたのだろう……。

 そして何故、彼女は俺の居る場所を知っていたのだろう……。


「……なぁに?不思議そうな顔でこっち見て。なにかついてる?」

「いや……」


 その言葉に思わず、真っ直ぐ彼女を見つめていた視線をそっと逸らす。

 あれから……俺もほんの少し気になったから仕事の合間を縫ってコッソリと調べ物をしていた。


 それはブラックテディについて。

 メイクやファッション関係の動画を中心に投稿しているインフルエンサー。

 時々生配信もやっており、主に扱うのは視聴者からのお悩み相談。自らの土俵であるメイクのことから恋愛相談まで、多様な質問に真摯に対応する姿が好評らしい。

 そんな彼女の登録者数は驚異の500万人超え。殆ど日本のトップと言っていいほどの影響力だ。


 動画までは見る時間が無かったがこの容姿に登録者数。明らかに人目を惹く彼女が街中でマスクするのも納得だ。


「もしかして、勝手に注文したこと怒ってる?」

「…………えっ?」


 思わぬ言葉に顔を上げれば、眉を潜めて申し訳なさげにしている少女の姿が。

 え、俺怒ってるように見えた?


「そのね、このお店はAセットもBセットも有名だけど私のオススメを食べてほしかったのと、コーヒーも初心者向けですっごく美味しいから飲んでほしかったの……」

「い、いや……。 怒ってることは全然無いけど……ただどうして連れてこられたんだろうって」


 心做しかしょぼくれる彼女に真意を伝えると、ホッとしたのか胸を撫で下ろす。

 戸惑いはすれ怒る理由は一切無い。前までは家に帰ってもすることなかったし、今もずいちゃんに連絡いってればなおのこと。


「そうだったの?よかった……。 ほら、昨日片付けの手伝いをしてもらったじゃない。そのお礼に私オススメのお店を奢ろうかなって」


 あぁ、なんだ。昨日のお礼なら気にすること無いのに。

 それなら理由も告げず連れてこなくたって、駅で会った時に言えばいいのに。


「それはね、瑞希ちゃんが『そういうのはサプライズがいいよっ!お兄ちゃんサプライズ好きだからっ!!』って」

「うわぁ……似てる……」


 声真似随分と似てたな。

 ……って、ずいちゃんの差し金か。サプライズ好きって昔の記憶だろうに。そして俺が好きなのは企てる方だから!


 心の中で妹分へのツッコミを行っているとノックの後扉が開いて壮年の店員さんが現れる。

 テーブルに置かれるのは2つのコーヒーと手のひら大のロールケーキ一切れ、そして同じく手のひら大のブリュレが。


 ロールケーキはクリームの中に様々なフルーツが入っていて見た目も鮮やかでとても美味しそうだ。

 そしてブリュレも、負けじと半分ずつプリンの色が明らかに違う。黄色と茶色で明らかに2つのプリンを使用している。

 

 そしてやはり……どっちも……なかなかの大きさだ。

 手のひら大って直径10センチくらいはありそう。これ、女の子が一人で食べる大きさ?


 …………まぁ、きっと彼女なら大丈夫だろう。

 俺はまず注文されたBせっとはどちらかと問いかけるために顔を上げたところ、ケーキを持ってきた店員さんと彼女が楽しそうに談笑しているのが目に入る。


「ついに……ついにあなたにも春が来たのね! 男の人を連れてくるなんて!」

「なっ……なんで店長が居るのよ!?」


 驚きの顔を見せながら会話するのは楽しげな壮年の女性。

 会話からして店長らしい彼女は何を当たり前のことをと言うように腰に手を当てふんぞり返る。


「そりゃあ店長だからよ……。と言いたいところだけど、シフトに穴が空いちゃってねぇ。 にしても、貴女も隅に置けないじゃない~」

「もうっ!?そんなんじゃないわよっ!」

「え~? ホント~? そう言う割には顔真っ赤~!なんともないように見せて実は……」

「ホントよっ! ほら、仕事に戻って!」


 談笑?しているさなか、突然席を立った美汐ちゃんに押されて店長さんは個室を出ていってしまう。

 なんだか随分と親しげな様子だ。マスクも付けて変装する気もなさそうだったし、知り合いだろうか。


「はぁ……失敗した」

「随分と仲良さそうだったけど、知り合い?」

「えぇ、ここの店長よ。 あの人ったらこういう話に敏感だから……」


 失敗したというように苦い顔をする美汐ちゃんは、唇を噛んで悔しそうな色を滲ませるもすぐに首を振って気を取り直す。


「まぁ、言われるのは想定内だし仕方ないわ。 あなたのはこっちのプリンの方よ。さっそくいただきましょ」

「あ、ありがと……」


 彼女からスライドされたブリュレを手元に寄せた俺は手をつける事なく正面へ目を向ける。

 一昨日から毎日、食事を共にした少女。昨日まではまったく分からなかったが、彼女も立派な有名人なんだよな……それも日本トップクラスの。


 それにしても、やっぱり美人さんだなぁ。なんでこの子は俺に良くしてくれてるんだろ。

 どれだけ手を止めていたかはわからないが、ふとそんな視線に気がついた彼女の目がチラリと俺の方へ向けられる。


「…………なによ、またジッと見て。 ホントに何かついてる?」

「いや……ホントに”ブラックテディ”っていう凄い人が目の前に居るんだなって」

「…………」


 カチッと。

 彼女がロールケーキに手を付けようとしたフォークが空を切り皿の隅に当たる。


 俺の言葉を受けて目を伏せた彼女は何も動かない。

 え、なに?何か地雷踏んだ?


「…………たの?」

「えっ?」

「それで、どう思ったの? 私がここに居て」


 顔を伏せ、目を伏せた彼女からその心や真意を読み取ることができない。


 ――――えっ?どうって言われても困るんだけど……。

 別にそれだけの話だし、なんて答えるべきか……。


「どうって……凄いなとしか」

「……それだけ?」

「まぁ……うん。  ……あっ!あとずいちゃんへのマフラーありがと。凄く喜んでたよ」


 そうそう、俺からもお礼言おうと思ってたんだよね。

 今日もずいちゃん、マフラーを付けて出るって言ってたからな。かなり嬉しそうだった。

 マフラーにかまけすぎて胸元に付けて行ったネックレスを先生に咎められないといいけど。


「……そっか。 えぇ、そっか」

「うん?」


 なんだか俺の言葉に納得したのか、彼女は何度も頷きながら満足そうに笑みを浮かべる。

 これって、地雷回避……したのか?


「あの……美汐ちゃん?」

「……そのプリン、早く食べないと私が食べちゃうわよ? ほら、私のロールケーキが終わるまでには頑張りなさい」

「え!?ウソ!?」


 まさかの制限時間付き!?

 嬉しそうに笑みを向けた彼女は、今度こそケーキにフォークを入れつつその美味しさに顔をほころばせる。

 俺はまさかの言葉に目を丸くし、慌ててブリュレへと手を付け始めるのであった。


 …………あ、このブリュレ美味し。

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