021.逃走か、通報か


「本っ当にごめんっ!!!」


 正座しての開幕謝罪。

 それが俺に赦された唯一の方法だった。



 美汐ちゃんの部屋を片付けだして20分弱。俺は1つ目の箱を片し終え、2つ目に移ろうとしていた。

 一人で意気揚々と隣に置いてあった箱を勢いよく開いていくと目に入る、色とりどりの布の数々。

 それは詳しくない俺でもわかる、下着の入ったダンボールであった。


 下の方に何が入っていたかはわからない。けれど少なからず、一番上にあったのは美汐ちゃんのと見られる下着であった。

 思ってもなかった光景にフリーズし、駆け寄ってきたずいちゃんによって閉じられたものの時既に遅し。

 被害者である彼女の目には呆れと落ち込みが込められていた。


 ここまで来たら俺の取れる行動など1つしかない。謝罪だ。

 すぐさま正座で頭を抱える美汐ちゃんに頭を下げる。

 事故とかそんな事言ってられない。事故でもなんでも、起こったことはすぐさま報告して必要とあらば謝罪だ。

 これまでの社会人生活で報告の大切さを思い知った。後になって知られるととんでもないことになる。


 できれば、通報とかは避けてほしいものだが…………。


「あっ……頭を上げて! ビックリしたけど私、怒ってないからっ!」


 開幕蔑みか慟哭で始まるかと思った彼女の言葉は、まさかのものだった。


 怒っていない――――。

 その言葉だけで俺の心はフッと軽くなり、一寸先は闇の状況に光が見えてくる。


 ゆっくりと頭を上げて見えた彼女の顔は紅くなっているものの、慌てているだけでそれ以上のものは感じられなかった。


「いいの……?」

「いいも悪いも、完全な事故だったじゃない。きっとお父さんが置き間違えたんだし、あなたに悪いところは1つもないわ」


 天使か…………!?


 ため息をつきながら許してくれる彼女は、まさに天使のようだった。

 頭を踏まれて罵詈雑言、もしくは無言で通報でさえも予想していたのに、無罪放免だなんて……!


 その懐の深さに感動していると、突如彼女の手が俺の両肩に伸びてきて持ち上げるように力がかかる。


「ほら、そんなところに座ってないで立って立って! ……すぐに閉じられたし、謝ってくれただけで十分すぎるわよ。むしろごめんね変なもの見せちゃって」

「いや……」


 変なものだなんて、全然……。


 すぐ閉じたのはずいちゃんのお陰だが、これ以上追求してこないのを見て俺も閉口する。

 彼女は俺の横を通り過ぎ、背後に置いてあるダンボールの中身を確認すると「うわぁ……」と呆れの声が聞こえてきた。


「自分で入れたとはいえ、ここまで綺麗に見えちゃってるとはね……もうほとんど手持ちの下着全部じゃない……」

「美汐ちゃん、ごめんねお兄ちゃんが……」

「ううん、気にしてないわよ。 下着姿を見られたわけでもないし、捉えようによってはただの布だしねっ……と!」


 背後でずいちゃんとの話し声の後に聞こえた掛け声は、おそらくダンボールを持ち上げたことによるもの。

 再度俺の隣を通った彼女は今度は間違えないように寝室のタンス近くにダンボールを置き、俺達に笑顔を見せつける。


「さ、あんまり手を止めてちゃあっという間に配達の時間なっちゃうわ。 もうちょっとだけ荷解きお願いできる?」

「あ…………ああ!わかった!」


 その懐の深さと美しすぎる彼女の微笑みに思わず目を奪われそうになったが、すぐに自身の役割を思い出して次の箱へと向かっていく。

 俺たちは残り時間いっぱいまで、ずいちゃんとともに片付けの続きを進めるのであった。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「今日はありがとね。 随分と片付いたし、あとは一人でいけそうよ」


 太陽が西日になって寒さが際立とうかと言う頃。

 俺たちはタイムリミットが来たということで片付けを途中で切り上げて部屋を出ようとしていた。

 多かったダンボールも3人で片付ければ案外あっという間で、残りは数えるほど。もう彼女一人でも今夜中に終わるだろう。


 残る懸念点といえば……


「ううん。むしろ、ベッドの組立大丈夫?こっちが落ち着いたらまたお兄ちゃんと来ようか?」


 ずいちゃんの心配そうな言葉に俺も大きく頷く。

 ウチと彼女の買ったものは同じベッド。組み立てが必要なタイプだ。

 シンプルなタイプとはいえ、女の子にとってはなかなかの重労働だろう。


「いえ、そこまで甘えることはできないわ。 実家のベッドと同じものだし組み立て経験もあるもの」

「だといいけど……」


 寂しいのも含まれているのか知らないが、それでも心配そうな顔をするずいちゃん。

 そんな彼女の気持ちを汲み取ったのか、美汐ちゃんは軽く笑って彼女の頭を優しく撫でる。


「そうね……もし無理そうなら連絡するわ。 スマホ出せる?連絡先交換しましょ?」

「えっ…………いいの!?」

「もちろんよ。お友達だもの」


 そういえば2人はSNSで繋がりはあっても電話とかはできなかったか。

 スマホを取り出して交換するずいちゃんは嬉しそう。

 そうだよね。憧れの人って言ってたし、ここまでお近づきになれると笑みも溢れるものだ。


「……あら? 何してるのあなた?」

「え、俺?」


 2人の様子を微笑ましく見守っていると、突然こちらに向かって言葉が投げかけられた。

 ピラピラとこちらに自らのスマホを見せつけてるけど……何?最新機種を見せつけられてる?


「あなたの連絡先は教えてくれないの?」

「…………? 俺も?」

「当たり前じゃない。 もしかして、お友達って思ってたのは私だけなのかしら? 下着まで見られたのに…………」

「し、下着は事故なんじゃ…………!?」


 グスン……と。

 昼のことを蒸し返された上、明らかにワザとらしく目元を拭う動作を見せる彼女に、俺も慌ててスマホを取り出す。

 まさか俺もだったとは……!てっきり友達ってずいちゃんだけを指してるものかと……!


「もぉ。お兄ちゃんは冗談が通じないんだから~。 ほら、スマホ貸して!」

「ありがと。ごめんね蒸し返しちゃって」


 あーびっくりした。

 やっぱり許せないなんてなったら天国から地獄だよ。でもやっぱり彼女は天使のようで胸をなでおろす。


「――――はい、完了。 それじゃあ、これからよろしくね? また近いうちに今日のお礼をするから」

「うんっ! 美汐ちゃん、またね!」

「あぁ……また」


 笑顔で手を振るずいちゃんにつられる形で、彼女も手を振りながら扉を閉める。


 ……さて、俺たちも自室でベッドの到着を待つとするか。



「……お兄ちゃん」

「ん~?」


 俺たちの部屋は美汐ちゃんの部屋の隣。つまり徒歩数秒。

 すぐに扉前にたどり着いて鍵を開けたところで後ろから呼びかけられる声。

 振り返ってみるとずいちゃんは何か言いたげに、手元をモジモジと動かしていた。


 なんだ?トイレでも我慢してたか?

 なら早いところ鍵を開けてずいちゃんをトイレに放り込まないと。


「お兄ちゃんは……女の子の下着見て嬉しくなるものなの?」

「……………んっ?」


 ……なんか、変な言葉が聞こえたような気がした。

 きっと、聞き間違いだよね!慣れないことして疲れただけだよねっ!


「お兄ちゃんは……! 美汐ちゃんの下着見て嬉しかった!?」

「…………」


 聞き間違いでは……なかった。

 頬を紅く染めて聞いてくるのはとんでもないこと。廊下でなんてことを聞くんだ!?


「いや……えっ? どうして……」

「だって漫画じゃ男の人ってそういうのが気になるみたいだし、お兄ちゃんもそうなのかなって……。それに、美汐ちゃんじゃなくてあたしのだったら……な、なんでもないっ!!」


 ……最後のは声が小さいのもあって分からなかったから無回答だが、最初の質問は絶句に値するものだった。

 学生時代は色々な漫画を一緒に読んでたし、その時変な知識植え付けちゃったかなぁ……。


「ほらずいちゃん!そんなとこに居たら荷物入れられないし風邪引くよ! 入る入る!」

「あ、お兄ちゃん! 結局どうなの~!?答えてよ~!」


 俺の選ぶ選択は……逃げる!

 慌てて部屋に入る俺と追いかけるずいちゃん。結局ベッドを組み立てる間中ずっと、彼女に睨みつけられるのであった。

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