019.幸せになりますっ!


 中華は好きだが大好きというほどでもない。

 普段は和食や洋食を中心に食事を……というか、どちらかの弁当しか選んでこなかった。

 スーパーでは一応健康に気を使って色とりどりの弁当を選んできたし、コンビニでもハンバーグ弁当とかそういったものばかりであまり中華は選んでこなかった。


 しかし偶に。無性に食べたくなる時がある。

 ピリッとした辛さやそれを中和してくれるようなスープ。そして年を重ねたら大量に食べれなくなるであろう濃い味付けのチャーハンなどを、がっつきたくなる日だってある。

 それがたまたま今日だっただけ。目が覚めて食事という時に頭に浮かんだのが、あの中華らしい辛さだった。


 そして俺は欲望の赴くまま中華店に来ている。

 部屋からほど近い、歩いてほんの数分の位置にある本格的なお店。当然初めてではなく何度か来たこともある。

 しかし隣のずいちゃんは当然ながら初めてだ。家にたどり着く時に外観は目に入ったと思うが中身までは見ていない。

 対となっている獅子の石像の間を通って中に入ると、まだお昼には早いからかお客さんは誰も居なかった。


 これはラッキーということで最奥の席を貰い、2人で仲良くメニューを眺めていると「よしっ!」と掛け声とともにメニューを閉じる少女が一人。

 彼女は迷いなくボタンを押して店員さんを呼ぶと、10秒もしないうちに姿を現した。


「このジャージャー麺と蟹入りサラダ、あと焼き餃子ください。 2人はもう決まった?」

「えっ……あ、うんっ! あたしはランチセットAでお兄ちゃんは……」

「……麻辣麺ください」


 店員さんは注文を復唱して奥に向かっていく。

 俺はその後姿を目で追いつつ、目の前の少女と向き合った。


「…………まさか、昨日の今日で会うなんて驚きだよ」

「私も驚いたわ。街中で再会どころじゃなくって隣人さんになるだなんて」


 目の前に座る少女……。

 それは昨日はインテリアショップや喫茶店、果ては駅で出会った少女、黒松 美汐だった。

 家を出る前にずいちゃんから聞いていた引っ越してくる人物……それがまさか彼女だったなんて。


「あたしもびっくりだよぉ……。お兄ちゃん、何かやったの?」

「いやいやいやいや……」


 グリンと首が回って向けられる怪訝な目線に大きく横に振って応える。

 そんな、昨日会った人物が隣の部屋に越してくるなんて、一般市民の俺にはどうあがいてもムリだ。よっぽど権力ある人ならできるかもだが、少なくとも俺にそんなものはない。


「えぇ、全くの偶然よ。 でも安心したわ。初めてする一人暮らしの隣人がお友達だなんて」

「ふぇ?一人暮らし?」


 コテンと可愛らしく首をかしげるずいちゃんに美汐ちゃんは小さく頷く。

 一人暮らし?あの俺達が出てきた時に会釈してくれた男の人は……?


「そ。一人暮らし。 お父さんに手伝ってもらって荷運びしてもらってたの」

「そうなんだぁ……。 でも、すっごく微妙な時期だね?」

「ホントは年明けからの予定だったけど、お父さんの長期出張が前倒しになっちゃって」


 あぁ、仕事の都合か。

 社会人になった今、こんな微妙な時期でも納得できちゃう。おのれ突然の辞令。おのれ伸びはしない納期。


「美汐ちゃんはついて行かなかったの?」

「そりゃ海外だもの。今の学校が気に入ってるし、日本から離れる気はないわ。 それに一人で暮らせるだけの財力もあるしね」


 そういえば昨日、並のサラリーマンより遥かに稼いでるって言ってたな。

 俺の知ってるインフルエンサーといったらタワマンとかそういうリッチなところに住んでるというのに、なんて庶民的な……。


「へぇ~! やっぱりブラックテディさんってすっごいなぁ……」

「それほどでもないわよ……。 …………あなたも、あげたマフラー使ってくれてるのね。嬉しいわ」

「うんっ! これすっごくあったかいよ!美汐ちゃん、ありがとね!」


 今こそ室内で外してはいるが、長椅子の縁には昨日贈られたマフラーが。

 ずいちゃんがそれを持ち上げて見せると彼女はフッと笑って視線をずいちゃんの胸元に戻す。


「それに……もう一つのプレゼントも、ネックレスも付けてるじゃない。偉い偉い」

「えっ!? あっうん……。…………ホントはお兄ちゃんが一番に気づいてほしかったけど……」


 え、俺!?

 まさかふられると思わなかった彼女の小さな呟きに思わず目を丸くする。


 確かに、よくよく見ると彼女の胸元には石こそ見えないもののチェーンが見え隠れしていた。

 そんな、全然気づかなかった……。


「あら、それはごめんなさい。 あなたも、ちゃんと気づいてあげなきゃ」

「うっ…………! ご、ごめんずいちゃん」

「ううん! お兄ちゃんはさっきまで寝ぼけてたし、仕方ないよ!それに今は付けてるだけで満足だから……」


 くっ……!


 首元に手を添えながら優しい微笑みをするずいちゃんに俺の心はダメージを負ってしまう。

 今はその無垢な優しさが……優しさがつらい……!


「……あなた達、やっぱり兄妹プレイしてる恋人なんじゃないの?」

「だから違うって……。 ずいちゃんも、変なこと言ってる子に説明を…………ずいちゃん?」


 2人で説明しようと協力を仰ぐも、ずいちゃんから返事が返ってこない。

 不思議に思って横へ顔を向けると、彼女はさっきの首元の手を当てた体勢のまま目を瞑ってニマニマと口元を歪めながら身体を左右に揺らしていた。


「……ずいちゃん?」

「…………はっ!! な、なに!?」

「美汐ちゃんがさっき俺たちの事を恋人って言ってたから、違うって説明を……」


 もう一度呼びかけて肩を叩くと、トリップから戻ったようで辺りをキョロキョロと見渡しはじめる。

 よかった。ちゃんと戻って来てくれた。


「恋人…………。 わっ、私達!幸せになりますっ!!」

「…………………」


 ――――――。


 席を立って勢いよく宣言する彼女に開いた口が塞がらない。

 ちゃんとトリップから戻っていなかったようだ。周りに客がいなくて本当によかった……。


 って、美汐ちゃん思いっきり笑ってるしっ!

 口に手を当てて隠してるけど、完全に笑ってるよね!?


「ふ……ふふふ……。 よ……よかったじゃない。あなた、フラれずに受け入れられたわよ……祝福するわ……ふふ……」

「笑い堪えながら言われても全く祝福感ないけど……。 ずいちゃん、そういうのは好きな人ができて結婚する時に言おうか……」

「ふぇ…………? あっ――――。~~~~!!」


 きっと、彼女も何を言ったのか分かっていなかったのだろう。

 自らの行いを反芻し、咀嚼。理解する頃にはその顔が耳まで真っ赤になってしまい、椅子に座ってマフラーで顔を隠す。


 きっといつか、彼女に好きな人が出来た時には俺も見送る立場になるのだろう。

 そんな可能性の1つに一抹の寂しさを感じつつ、隠れた頭を撫でて苦笑いを浮かべるのであった。

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