016.たいせつなもの、2つ


「ふぅ……危なかった危なかった」


 喫茶店での騒動?を終えて帰る直前の俺たち。

 あとは電車に乗って最寄り駅までノンビリ過ごすだけで終わりだが、俺は赤くなった眩い太陽を浴びつつ人通りの多い道を歩いていく。

 片手にはさっきまでなかったビニール袋が。なんとかこの袋の中身を手に入れることができた。

 まったく、個人商店だか知らないけど閉店するのが早すぎだよ。おかげで閉まるギリギリに滑り込む形になってしまった。


 それでもなんとか確保できた安堵で上機嫌になりながらずいちゃんを置いてきた場所に向かう。

 え~っと……たしかこの辺りに居るよう言ったはず…………あれっ――――?




 確かに、ずいちゃんは俺が居るよう言った場所に間違いなく立っていた。5分も待たせないから適当にスマホでもいじっていると思っていたけど。

 そんな彼女の様子はスマホを見るどころか顔を上げていて、真横を向きながら楽しそうな表情を浮かべている。

 口を動かしながら会話しているのは明らかに喜び、または安堵の表情。


 ここからでは死角と人混みで相手まで確認することができない。もしかして…………ナンパとかだろうか。

 ずいちゃんがナンパを受けて、その相手と楽しそうに会話しているんじゃないだろうか。


 思い返せば、ベッドを買う時だって言い争っちゃったし喫茶店でも新たに友人になった少女と彼女は楽しそうに会話していた。

 俺からしたら久しぶりに外出ができて、デートみたいで楽しかったけど、彼女からしたらそうではなかったかもしれない。

 だからこうして、ナンパでも受け入れてしまうのかもしれない。久しぶりに会った俺がだらしなかったから。



 それはダメだと、俺は大慌てで徒歩から走りへと切り替えてずいちゃんのもとへ走っていく。

 人混みが邪魔だ。全員突き飛ばして一直線に彼女のもとへ向かいたい。もしくはモーゼみたいに海ならぬ人を割ってしまいたい。

 そんな気持ちをいだきながら人をかき分け必死で彼女のもとへ急いでいく。ずいちゃんがナンパについて行ってしまう前に。





「はぁ……はぁ…………」


 なんとか、たどり着いた。

 人混みのせいで余計に体力を使った俺の正面にいるのは困惑した表情のずいちゃん。

 ナンパがやぶさかではない彼女にとっては戻ってくるのが遅いほうが良かったかもしれない。でも家を共にする以上、保護者としての立場からそのようなことは看過できない。


 俺はキッと顔を上げてずいちゃんに話しかけているであろう不届き者を睨みつける。


「お……お兄ちゃん……?」

「はぁ……はぁ……。 すみません。この子は俺にとって大切な子なので、ナンパとかそういうのはやめていただ……けると…………」

「…………へぇ、ナンパ……ねぇ」


 マスクと短髪のせいで一瞬男女すら区別が付かなかったが、疲れと酸欠が収まってきた脳でようやく目の前の人物が何者か理解する頃には俺の言葉が尻すぼみになる。

 正面で腕を組み、余裕の表情を見せるのはさっきも見た顔。喫茶店で、カッコよく去っていった姿と、同じもの。


「私、ナンパしてると思われちゃったみたい。 瑞希ちゃんは私にナンパされるの、イヤ?」

「ふぇっ!? 美汐ちゃんに!? それは……嫌というか……そのぉ…………」


 呆気に取られる俺をよそにずいちゃんの手を引っ張って引き寄せる少女、美汐ちゃん。

 彼女に肩を抱かれながらも嬉し恥ずかしといった様子で俺と美汐ちゃんを交互に見渡している。


「……それであなた、何してたのよ。こんな可愛い子街中を一人にして」

「それは……そのっ……」


 まずい。まさか美汐ちゃんから真っ先にそれを聞かれるなんて。

 俺は思わずビニール袋を握っていた手に力が籠もる。彼女はそんな小さな挙動を見逃さなかったのか、その袋をチラリとみて息を吐いた。


「やっぱり、思ったとおりね。 ほら瑞希ちゃん、お兄さんはあなたに渡したいものがあるそうよ」

「えっ!? あたし!?」


 肩を抱いていた手を正面に持っていき、俺と向き合うずいちゃん。

 彼女のその目は、戸惑いや不安。様々なマイナスの感情が渦巻いているようだった。

 けれど何かと、瞳の奥に安堵と期待がコメられていることに気づいて、俺は慌てて袋を漁りだす。


「うっ、うん。 ずいちゃんに渡したいものがあってね! それで……その……これなんだけど……」

「あたしに……? 開けて、いい?」

「うん……」


 俺が手渡したのは長方形の小さな箱。

 さっき、トイレに行くと嘘言ってまで取りに行った、大切なもの。彼女は破らないよう慎重にラッピングを剥がしながら露わになった箱をそっと開ける。


「これは…………ネックレス?」

「うん。 ほら、今日はずいちゃんの誕生日でしょ?だから…………」

「――――!! 覚えててくれたの!?」


 今日、11月26日はずいちゃんの誕生日。

 誕生日と言うものは100年経とうか200年経とうが、決して変化するものではない。数年ぶりに会ったといえども彼女の生まれた日は忘れることもなかった。

 むしろ昨日、誕生日前日に現れたのは何か意図があったのかと勘ぐってしまうくらい。

 まさかくるとは思わず慌てて用意したプレゼント、喜んでくれるといいのだが。


「もしかして、喫茶店出てから様子がおかしかったのは……?」

「そんなおかしかった? 確かに注文した店が閉まる直前でちょっとあせってたけど」


 もうちょっと余裕あるうちにいけると思ってたけど、喫茶店で時間を忘れるくらい楽しんでたら閉店直前で大いにあせった。

 トイレ一緒にいくなんて自然なこと拒否っちゃうし、あの時はホントにギリギリだったから俺も必死だったと言い訳したい。

 ずいちゃんという本人がいる手前、なるべく表に出さないよう接してたつもりだったけど、まさか喫茶店から変だったとは。


「それで、受け取ってもらえると嬉しいんだけど……どうかな?」

「うん…………。うん…………!すっごく嬉しい! ありがと!お兄ちゃんっ!!」


 胸に抱いたネックレスとギュッと握りしめ、満面の笑顔で帰してくれるずいちゃん。

 よかった。年頃の子に誕プレなんてはじめてだったけど、喜んでくれて本当によかった。



「やっぱり、誕生日だったのね。 よかったわ。私の調べが間違って無くて」

「美汐ちゃん…………。 美汐ちゃんもそう言うってことは、やっぱり……」


 そんな俺達の横から話しかけてくるのは優しく微笑んでいる少女、美汐ちゃん。 

 彼女の右手にもビニール袋がぶら下がっている。その口ぶりから察するに、彼女ももしや……。


「えぇ。あの後ずいちゃんをフォローしたら誕生日だけ書かれててね。今日だって気づいて慌てて買いに行ってたのよ。間に合って良かったわ」

「美汐ちゃん……!」

「それで話しかけようとしたらあなたが挙動不審のまま瑞希ちゃんを置き去りにしてお手洗いとは逆方向。この駅はそういうのに使える店が多いし、プレゼントだなって一瞬で察しが付いたわ」


 まさかあの時から見られていたとは。

 それに挙動不審って……。どうやら俺に演技の才能は欠片もないらしい。


「ってことではい、瑞希ちゃん。 私からもお誕生日プレゼント」

「いいの!? ありがとう!! …………これ、マフラー?」


 ずいちゃんが袋から取り出したのは灰色のシンプルなマフラー。

 美汐ちゃんの前で巻いて見せると、彼女は小さく微笑んでみせる。


「今ここには無いけど私の愛用品なの。私とお揃いよ? お友達なんだから、またこれを巻いて一緒に遊びに行きましょ?」

「…………!うんっ!! 美汐ちゃん、ありがとう!!」


 こちらにきて2日目に早速できた、はじめての友達。

 彼女が巻いてないマフラーを巻くようなジェスチャーをしてみせると、ずいちゃんも手元のマフラーをギュッと握って笑顔を見せる。


「それじゃあ今度こそ、今日のところはお別れね。 私、今日はバスだから、またね?」

「あっ……ありがとう美汐ちゃん! また会おうね!」

「もちろんよ。 お兄さんと仲良くね」


 そう言って彼女は人混みへと消えてしまう。

 様々なことがあった今日、瑞希ちゃんの手の中にはネックレスとマフラーが、大事に大事に握られているのであった。

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