014.並の会社員


「――――てわけで、俺とずいちゃんは幼馴染ってこと!わかった!?」


 刻々と俺とずいちゃんの関係を話しはじめて十数分。

 あれだけテーブルを埋め尽くさんと言わんばかりだったデザートはほとんど無くなり、残すはそれぞれ半個づつといったところ。

 俺はその間にも少女へ説明を続け、なんとか理解してくれたのか何度も頷きながら聞いてくれていた。


 ちなみに、一緒に住んでいるということは伏せて。さすがにそれまで伝えたら通報されかねない。


「お兄ちゃん、はいあ~ん!」

「んっ……! 確かに数年ぶりに会ったけど、それも昨日の話だからね! プレイもなにもないから!」

「お兄ちゃん次!あ~ん!」

「あ~………だから決して俺はずいちゃんと恋人関係ってわけじゃ――――」

「…………ねぇ、ちょっと聞いていい?」


 ようやく最後まで説明を終えたのを待ってか、彼女は小さく手を上げてくる。

 なんだろう。なんか少し呆れたような顔つきのような気が……。


「最後だよっ! はい、あ~……!」

「んっ。 …………うん。質問って?」

「それよそれ。 あなた、なんで瑞希ちゃんに『あ~ん』されてるのに自然と説明してるのよ」

「…………」


 明らかに呆れた口調で指摘されたようにずいちゃんへ視線を向けると、彼女は俺と目が合ってからにへっと破顔させて笑いかけてくる。

 そりゃ決まってる。理由なんて一つしか無い。


「だってさ、きっとこれで拒否したらずいちゃん悲しい顔するよ。そんなのできるわけないでしょう」

「その気持ちはわからなくもないけど…………」


 さすが。知り合ってまだ少ししか経っていないがずいちゃんの魅力は伝わっているようだ。

 俺も昨晩色々彼女と距離を取ろうとして学んだ。これムリだわ。


「でも、あなたの説明に一切説得力なかったわよ」

「そうは言ってもなぁ……」


 事実恋人関係じゃないんだしこれ以上どう説明すれば信じてくれるのか。

 俺と彼女の年齢差を考えればそんな選択肢なんて…………あぁ、これを言えばいいのか。


「そもそも俺は24だし8歳差は難しいでしょ。 キミも8歳年上ってナシじゃない?」

「あ、美汐でいいわよ。瑞希ちゃんがこれだけ呼んでるんだもの。あなたが他の呼び方だと違和感凄いわ」

「それじゃあ美汐ちゃん。8歳上はナシでしょ」

「そうねぇ…………」


 彼女は年齢を数え始めたのか指折り考え始める。

 8歳。小学校入学する時に中学校2年。そう考えると差が大きすぎる。彼女も便利な兄としか思わないだろう。


「…………ん? あれ?」

「……? どうしたの?」


 変なところでもあったのだろうか。

 美汐ちゃんは指折り数えるものの何度も怪訝な顔をして数え直す。

 俺の計算ミスって……ないよね。うん。問題ないはずだ。


「いえ……その計算っておかしくない?」

「おかしくないハズだけど?」

「だってそれだと瑞希ちゃんが16歳じゃない。さすがに私と同い年なんて――――」

「えっ!? 美汐ちゃん、あたしのこと何歳だと思ってたの!?」


 美汐ちゃんにかぶせるように驚くのは、当然ずいちゃん。

 あぁ……その気持ちはわからなくもない。ずいちゃんってば見た目完全に中学生だものね。俺も昔から知ってる仲じゃなきゃ信じられなかった。


「その……中1? 低くて小学生かなって……」

「え~!? あたしは16の高校1年生だよぉ! ほら、保険証!!」

「…………ホントだ」


 さすがに公的な証明書は信じるほか無いようで、保険証をマジマジと見つめてからは信じるように息を吐く。


 俺としては美汐ちゃんが同い年ということに驚きた。

 容姿として完璧と言えるほど綺麗だし、落ち着いている。大学生かとも思っていた。


「ようやく信じてくれた?」

「えぇ。 でもさっきの質問はそうとも言えないわ」

「……というと?」


 そうとも言えないとは?

 さっきの質問といえば……8歳差がアリかナシかだったか。

 ってことは、アリとも取れるってこと!?


「ネットの世界に浸かってる私だけかもしれないけど、少なくとも私の周りでは年齢差なんてあってないものよ。だから8歳差も10歳差も、お互いが好き合ってるならいいんじゃないかしら」

「そんな…………」


 世代が違うと……こうも価値観が変わってくるのか。

 俺の学生時代は1つ2つ上の先輩とかで大騒ぎだったのに、まさか10歳差まで……


「む~…………!」

「……何してるの? ずいちゃん」


 その衝撃の言葉に驚いていると、ふとずいちゃんが俺の胸と背中に手を添えて、まるで軽く抱きつくように美汐ちゃんを睨みつけていることに気がついた。

 ご丁寧に声まで上げて。威嚇しているのだろうが可愛くて威嚇になっていない。


「お兄ちゃんは私のお兄ちゃんだよっ!」

「えぇ。もちろんよ。 さっきも言ったでしょう。馬に蹴られたくないって」

「むぅ……ならいいけどぉ……」


 余裕の表情で返す美汐ちゃんにずいちゃんは不満げだ。

 小さく声を漏らして戻っていくも、その表情は明らかに不満顔。


「ちなみにあなた、もう一つ質問いい?」

「俺?」

「えぇ」


 なんだろ。膝を付いて手を組みながら見つめられるその目はなんだか妖艶な気がした。

 何かを判ずるような、図るような、そんな得も言えぬ感覚。


「逆に、あなたにとって8歳年下はアリなの?ナシなの?」

「それは…………」


 それは…………考えていなかった。

 いや、むしろ考えないようにしていたというのが正解か。

 チラリとずいちゃんの方を見るとその答えを待っているのか少し不安げな様子が見て取れる。

 それは、恋愛対象だと嬉しいのか、嫌なのか、俺にはわからない。なら自らの意思はどうだと胸の内に問いかけても答えが返ってくることはない。


「それは……………」

「……いえ、いいわ。 わかった」

「えっ?」

「わからないんでしょう? わからないことが分かったわ」


 まさか完璧に言い当てられたことで俺の目は見開いてしまう。

 その様子が彼女に正解だと伝わったようで、美汐ちゃんもニヤリと口を大きく曲げていく。


「図星みたいね。 ってことは私も恋愛対象内に入りうるのかしら?」

「みっ……美汐ちゃんっ!!」

「ふふっ、冗談よ。 でもなかなか面白い時間だったわ」


 いつの間にか注文したもの全てを平らげていた彼女は、笑みを浮かべながらマスクをつけ、伝票を持ち上げる。

 そこには自らのものともう一つ、俺達の分も含めて。


「それは…………!」

「いえ、ここは私に奢らせて。 心配せずとも、並の会社員より遥かに稼いでるから心配ないわ」


 そうピラピラと見せつける様は余裕の表情。

 インフルエンサーといったか。きっと色々と収入も多いのだろう。


「美汐ちゃん……! また……会える?」

「…………えぇ。きっと、必ずね。 ネットでも会いましょ?」


 そう一人去っていく姿に俺たちは見送るしかできない。

 美汐ちゃんという会話の逃げ場を失い、なんだか最後に爆弾を投下されたような感覚に陥った俺達は、しばらく会話がぎこちない状態が続くのであった。

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