012.黒熊
「――――あれ? 美汐ちゃん、食べないの?」
混雑が故にざわめく店内と忙しそうに動き回る店員さん。
そんな様子を心の中で応援しながらボーッと店内の様子を眺めていると、ふとそんな声が聞こえてくる。
チラリと目だけをテーブルに移せば大量のデザート。それは目の前の相席となった少女が頼んだものだ。
しかしずいちゃんが言ったように彼女は手元のフォークに触れること無くただジッと見ているだけ。
ふむ……どうしたのだろう。もしかして大量のデザート、見ただけでお腹いっぱいになったとか?
「いえ、その……あなたたちの分がまだ来てないのに私一人だけ食べるなんて、なんだか食い意地張ってるみたいじゃない?」
「そぉ?気にしなくていいんじゃない? ねぇお兄ちゃん」
あぁ、なるほど。そんなの気にしないでいいのに。
「うん。俺たちは後から来たんだし遅くなっちゃうしね。 パフェのアイスとか溶けちゃうよ?」
季節は冬とはいえ店内は暖房が効いていて温かい。
もちろんそんな中アイスの類を置いておけば解けるのは必然だ。現に差したパフェからはじんわりとアイスの筋が流れてしまっている。
「そう言ってくれるのなら……お先にいただこうかしら」
「うんっ! せっかく頼んだんだから美味しいうちに食べちゃわないとね!」
「ありがと。ところで瑞希ちゃん。 物は相談なのだけれど、ここのデザート分けっこしない?」
「えっ!?いいよいいよ! 美汐ちゃんは気にしないで食べなよ!」
突然のわけっこという提案に、彼女は大きく手を振ってそれを遠慮する。
しかしさっきまでメニューを穴が空くほど見つめてウンウン悩んでいたほどだ。否定しつつも視線は決してテーブルのデザートから離れることはない。
「なら言い方を変えるわ。 一緒に食べてほしいの。私もさっきの会話を聞いていて、カロリーがちょっと気になっちゃって」
「…………お兄ちゃん?」
グリンと首を捻って刺さるずいちゃんからの視線は、「なんてこと言うの」と暗に告げているようだった。
少女のセリフは、まさかの俺の言葉を受けてのものだった。
ずいちゃんに言った「太る」という忠告。この子がデザートをこんなに頼んでいるとは思っても見なかったのだから事故だと思いたい……!
「えと……ごめん。余計なこと言っちゃった」
「いいのよ。事実なのだし。 だから瑞希ちゃん、よかったらどう? ほら、こっちで」
「…………お兄ちゃん、いい?」
選択権をこちらに委ねられたのには驚いたが、黙って首を縦に振ると彼女は目を輝かせながら席を立って正面の椅子へ。
正面に座っているのは美少女2人。片方はマスクで確信は持てないがきっとそうだろう。特にずいちゃんは笑顔を浮かべていて目に入れても痛くないほど。
「にへへ……ありがとね、美汐ちゃん」
「ううん。 あ、でもちょっとまってね。写真だけ撮らせて」
あぁ、今どきの子っぽい。SNSにでも上げるのかな。ポケットから取り出したスマホで手早く写真を撮る手際は現代人ならではだった。
SNSは見ることはあっても投稿することは無いからなぁ……なんだか舞台裏を見ている気分。
「わぁ……。すっごい美味しそうな写真……」
「これ? ただコントラスト…………明るめの写真にしただけよ。家に帰ってから本格的に編集するわ」
はえー。
最近の子って凄い。その年から編集とか諸々やってたらさぞかし社会に出ても困らないだろうな。
チラリと俺も見せてもらったけど、陰影が強調されてて言っちゃなんだが実物より美味しそうだった。こうやって店の評判が広まっていくんだろうなぁ。
「…………よし。またせたわね。 瑞希ちゃん、好きなもの食べていいからね?」
「ありがと! でもまず一口目は美汐ちゃんから!」
「そうね……いただきます」
彼女はそっと手を合わせ、自らの顔に着用していたマスクを外す。
――――マスク美人という言葉がある。
それはマスクをしている姿は美しかったが、いざ外してみると想像と違っていたというもの。
原理としてはどうも脳の補完機能が関係しているらしい。詳しいことはさっぱりだがそのギャップも理解できる。
しかし、彼女は逆マスク美人と言うべきか、脳が補完して想像していたよりもずっと美人だった。
小さな鼻に小さな唇。そしてシュッとした頬にシミひとつ無い肌。マスクをしていたから化粧も控えめのはずなのに、その容姿はただ一言、美しかった。
どこかでモデルや芸能活動でもしているのだろうか。そう思わせるほどの美人。
……はっ!だめだだめだ。こんな事してたらずいちゃんに怒られてしまう。
「ずいちゃん……?」
「――――」
妹分の手前、なんとか見惚れかけた意識を気合で取り戻して彼女を見れば、俺と同様に口を小さく空けたままジッと少女の顔を見つめている。
彼女も、少女の美しさに驚いているのだろうか。
「えっと……瑞希ちゃん、もしかして……」
「――――テディ?」
「…………やっぱり」
なんだって?てでぃ?くまさんの名前か?
俺には何を表しているかさっぱりだったが、少女はその言葉に覚えがあるようだ。「やっぱり」と呟きながら軽く頭を抱えている。
「そうだよねっ! ブラックテディさんだよね!!」
「え……えぇ……」
「やっぱり! さっきのお店で見かけたときから見覚えあるなぁって思ってたんだっ! わ~!まさか本物に会えるなんて感激だなぁ……!!」
唐突に、目を輝かせてはしゃぎだすずいちゃんに戸惑う少女。
知り合い……というより憧れの人といった感じだ。モデルとか有名人だろうか。
「感激だなぁ……!まさか本人に会えるなんて……!」
「ずいちゃん、そのブラックテディって?」
「うんっ!お兄ちゃん聞いて! あたしがいっつも見てる動画サイトとかSNSで活躍してる人なんだけどね、お化粧とかファッションの紹介とかすっごい参考にしてるんだぁ!それに偶に配信とかもやってくれてね、もう女の子たちの憧れの的なのっ!!」
……えっと、つまりインフルエンサーというやつか。
随分と興奮した様子だが、ずいちゃんの大好きな人ということは理解できた。
でも確かに、この容姿なら簡単に人気も出るだろう。たまたま相席になった人がそうだったなんて、随分世間は狭いことで。
「そっ……それ以上は恥ずかしいから……!」
「テディさんの相談コーナー、助けられてる人多いと思うよ! だからそんな恥ずかしがることないのに~」
「リ……リアルとネットは別なのっ! リアルで出されるとなんだか恥ずかしい気持ちが…………!!」
ネットのことを出されるのが恥ずかしいらしく、またもマスクを着用してしまった。
ずいちゃんも勢い余って席を立ってしまっていたが、「あっ」と小さく声を漏らしそっと椅子に座ってくれる。
「そっかぁ。ごめんね突然。つい憧れの人が目の前に居た嬉しさが……」
「ううん、いいの。気にしないで。 でも、瑞希ちゃんには今ファンの一人じゃなくってただのお友達としていてほしいの。ダメ?」
「お……友達……?」
驚いたように目を丸くして呟くずいちゃん。
なるほど友達か……。そうだよね。ここまで2人が仲良くなったらもう友達か。
「えぇ、ダメ?」
「あたしたち……お友達で……いいの?」
「もっ、もちろんっ! 瑞希ちゃんがいいなら……だけど……」
少し伏し目がちに、様子を伺うようにチラチラとずいちゃんを見上げる少女。
そして当のずいちゃんは呆気にとられたのか、ボーッとしているのか目を見開いたまま静かに座っていた。
「友達……友達……」と何度かつぶやいた彼女はハッと目を見開いて首を振り、少女の手を取る。
「ううんっ!嬉しい! 美汐ちゃん、これからお友達としてよろしくね!」
「え、えぇ……! よろしく……ね?」
なんだか順序がグチャグチャで不思議な空気の中結成された2人の友達。
少女たちは互いに手を取り、再び顔を合わせて笑いあった。
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