3.ヒバリヤ謹製、デラックスパフェ

「それではこの製品のサンプルと製造仕様書、あわせてこの額で成立と言うことで」


「はい、確かに契約いたしました」



 俺はとある企業の応接室で、頭部に後退の兆しが見え始めている中年の男と立派な机を挟んで対峙していた。



 東京に本社がある製薬系の一部上場企業、その名を聞けば誰もが知っている有名な大手製薬会社であり、俺たちブラックロンド団のアジトが存在する一地方都市にも支社と工場が存在している。



「では、ファイ……失礼、樋渡ひわたし部長。いつも通り一般に流通している製品の購入として契約書を作成しておりますので、ご確認の上、記名押印願います」


「承知いたしました。結構額の大きいものなので、社内稟議りんぎに数日程かかった体で後日、山田支社長宛にお返しします」



 俺の名前は悪の秘密組織ブラックロンド団の参謀(仮)、通称「ファイヤースパーク」。


 今はブラックロンド団の隠れ蓑であるペーパーカンパニー「株式会社黒舞商事こくぶしょうじ」の営業部長「樋渡 歩ひわたし あゆむ」として、ブラックのスーツと灰色のネクタイを身に纏いながら大手製薬会社の地方支社長と取引契約を結んでいる。



 目的はブラックロンド団の活動資金の調達。



 ブラックロンド団の誇るマッドサイエンティストにしてクソ白衣、プロフェッサー・シュートの研究成果を企業に売り込み、金を引っ張ってくるためだ。



 もちろんこの支社長一人が私腹を肥やすために俺達と闇取引している小悪党と言う訳ではない。


 彼自身も本社の命令を受けて俺達と取引契約をしているにすぎず、謂わば企業ぐるみで悪の秘密組織のバックアップをしていると言うことだ。



 いや、この会社にとっては俺たちの達成する見込みもない世界征服活動などどうでもいいのだろうけど。



「それでは、弊社の地下駐車場に車を待たせてありますので、ご面倒をかけますがいつも通り隣町の駅までお送りします」


「ええ、毎度お手数をおかけします」



 いかに伊達眼鏡とウィッグの変装をしているとはいえ、地元ではそれなりに名の知れた反社会勢力の一員が会社ビルの玄関から出入りするわけにはいかない。



 面倒な手順だとは思いながら、俺は社ロゴのついていないそこそこの高級車で一度隣町の駅まで送って貰うことにしている。


 そこからまたこの街に戻ってくるのには、タクシーを使っても電車を使っても構わない。




 プロフェッサー・シュート……あのクソ白衣は確かにどうしようもないクソであり本当にクソとしか言いようがないクソだが、研究結果や成果物に関して言えば紛れもない天才だった。


 過激な思想と違法な臨床実験で学術界から追放された後、裏ではあいつの研究や実力を惜しむ声がそこかしこで聞こえていたらしい。




 表の世界では研究ができなくなり地下に潜ってから数年間、マスターブラックと共に強盗などの犯罪行為によって得た金で細々と研究や怪人作成を続けていたが、はっきり言えば二人とも組織運営能力は皆無だった。



 金を得ては研究開発費に充て資金が底をつき、また何かしらの犯罪で金を調達してくると言う自転車操業を繰り返していたので、見るに見かねて新人だった俺が大手企業や一部の反社勢力等に渡りをつけたりして、活動資金の調達を引き受けることにした。



 組織が潤えば俺の暮らしもよくなるのでウィンウィンの関係である。



 クソ白衣の名声がまだある程度残っていた上に反社勢力との闇取引と言う危ない橋を渡ってもなお喉から手が出るほどの研究結果や成果物らしいので、効能がカケラもない健康食品を飛び込みで売っていたブラック企業の営業職時代よりも余程楽な仕事だった。





*****************************





 隣町の駅近くで車を降ろしてもらい、多少の時間を持て余していた。別にこのまますぐ帰ってもよかったが少し寄り道をしていくことにする。



 ファミリーレストラン・ヒバリヤ。



 東京にいた頃はパフェを食べるためによく通っていた店だ。


 アジトのある街にはないが隣町のここにならある。




「いらっしゃいませー。一名様ですねー」



 平日の夕方前と言うこともあり席はそこそこ空いていた。


 東京のファミレスは大体この時間は奥様方に占拠されているが、地方の町はそうでもない。



 広めのボックス席に案内されたので即座にデラックスパフェとフライドポテトを注文し座して待つことにした。




 さて、ヒバリヤの「デラックスパフェ」についてこの俺、ファイヤースパークから説明しておこう。



 まずこのパフェ、容量がただひたすらに大きい。「今日は甘いものがたくさん食べたいな♡」なんて言ってきた女子大生を黙らせるだけの力がある。


 その全長はおよそ40cm、並みのパフェが10cmから20cmであることを考えると途方もないデカさだ。



 そして内容物。


 メインはソフトクリームと生クリーム、そしてスポンジケーキだ。下方にはフレークとチョコレートソースが満たされている。チョコレートブラウニーやヨーグルトソースの類は入っていない。



 問題はフルーツだ。


 デラックスと銘打っておきながらイチゴやオレンジと言ったチャラチャラしたものは一切使われておらず、入っているのはバナナのみ。



 これが何を意味するか。


 そう、この大容量でありながら味は単調、ただひたすら甘味だけを摂取し続けろ、と言う店側からのメッセージなのだ。



 無論、俺も在りし日はこの挑戦に真っ向からぶつかってきた。



 しかし若かりしあの頃から月日も経ち、ここ最近はいくらか後れを取る日も増えてきている。そこで多少卑怯な手だが、俺は裏技を使うことにした。そう、同時に注文したフライドポテトである。



 フライドポテトの塩味を合間に挟むことによって舌をリフレッシュし、無限にパフェを食べ続けられる……。これこそ俺が新たに手に入れた戦術だ。残念ながら今の俺に死角はない。



 とか何とか考えているうちに、デラックスパフェとフライドポテトが運ばれてきた。いただきます。





*****************************





 ヒバリヤのデラックスパフェに舌鼓を打っていると、隣のボックス席に女子中学生と思しき三人組が通された。特に興味はないのでパフェ作戦を続行する。



「それでさー、あおい先輩、聞いてくださいよ。数学にハゲ先生ってあだ名の先生がいるんですけど、ちょっとやばいんですよー。たまにすっごい嫌な目でわたし達のこと見てきてる気がするんですよねー」



「芳賀先生でしょ? あの先生、昔生徒に対してセクハラして一回教師をクビになりかけたって噂あるわよ。まだ懲りてないのかしらね……」



「うそぉ、なにそれぇ」



 なんとなく隣にいる女子中学生達の会話が耳に入ってくる。


 いつの時代もおっさん先生なんて嫌われるものだ。恐らくは嫌な視線とやらも彼女達の勘違いだろう。



「変な目っていえばさー、ブラックロンドの白衣のヤツも赤いパーカーのヤツも、アタシ達のこと変な目で見てる気がするよねー」


「あー、分かる。なんかハゲ先生とは違うけど嫌な目で見てくるよねー。こわいこわい」




 ぐえッ ゴホ ゴホ!!




 なに、なんなの!?


 隣の奴らなんなの!!??




 ふと視線だけで隣を見ると、何やら見知った顔の桃色、青、黄色っぽい三色の女子中学生達が会話をしていた。



 プ……プラチナ・プライマル……! 貴様らどうしてここに……!?


 ここは縁もゆかりもない小さな町だろうが…!! 遊ぶなら曲がりなりにも地方都市である地元の方がよっぽど楽しいぞ!?



「でもさー、なんで隣町の中学まで来て合同体育祭とかやらないといけないんだろうねー。練習もこっちこなきゃいけないしでめんどうだよねー」


「仕方ないわよ、ももこ。創立80周年の姉妹両校同時主催イベントなんだから。こっちの方がグラウンド広いんだし……」



 ははーんそう言うことか余計なことしやがって。



 ついでに付け加えておくと、嫌な視線とか言っていたがクソ白衣はともかく赤いパーカーのヤツ……即ち俺について言えば完全に君の勘違いだぞ、プラチナ・ピンク、ももこよ。



「デラックスパフェ三つお待たせいたしました~」



 隣の席にデラックスパフェ三つが運ばれてきた。


 嘘だろ…!? 大の大人の俺ですらギリギリなのに、それぞれ一人前ずつ食うだと!? ポテト無しで!?



「あれー、アタシ頼んでないよー?」


「いいわよ、柚黄ゆずき。今日は私のおごり」


「わー、あおい先輩ありがとう!」



プラチナブルー・あおい先輩はピンクと黄色よりも年上らしい。また新たなどうでもいい知見を得た。




 三人が何かとかしましい会話をしながらパフェを食べ始める。



 俺も早くパフェを食べ終わってこの店を出なければまずい。何かの拍子にあいつらに勘付かれるかもしれないし、会計の順番待ちで一緒になってしまうのは最悪だ。


 平穏のうちにこのパフェを食べきって、厄介なことになる前にこの場を後にせねばならない。




 大急ぎでパフェを食べていると、足許で金属音がして革靴に何かがぶつかった。



「ごめんなさーい、落としちゃいましたー」


 思わず足元に目をやると、プラチナイエロー・柚黄ゆずきが俺の足元に落としたスプーンを屈んで拾っている。



「ごめんなさいねー。ほら、柚黄ゆずき。もう一回ちゃんと謝りなさい」


「はーい、ごめんなさーい」



 俺はできるだけ顔を向けないようにしながら少女達の方に軽く手を振り問題ないと言うジェスチャーを送った。


 やめろこっちを見るな!


 怖いわ!!




 急いで食べるつもりがペースが遅くなる。しかもここで俺は重大なミスに気が付いた。


 あいつらにペースを乱され、ポテトを先に食べきってしまったのだ……。


 まだ半分近くパフェが残っているのにポテト無しで食べきれと言うのか……?


 唐揚げを注文するという手もある……。だが……あいつらに声を聞かれてバレる可能性もあるぞ……非常に厳しい戦いだが、ポテト無しで残りを食べきるしか……!




 その時、唐突に彼女達の方から携帯の着信音のようなメロディが鳴った。



「プライマル・コンタクトに反応! どこかで事件ね!?」


「仕方ないわね。急いで食べて行くわよ!」


「おっけー、がんばるよー!」



 少女達三人はまだ半分以上残っていたデラックスパフェを高速で食べ終え、速やかに会計をして出ていった。





*****************************





 完敗だった。



 パフェを食べ終わりファミレス・ヒバリヤを後にした俺はそう思った。



 あいつらは俺より後に店に入り、俺より先にデラックスパフェを完食して出ていった。


 ポテト無しで。



 何が「女子大生を黙らせる」だ……! 女子中学生にすら完食されているじゃないか……! デラックスパフェめ、恥を知れ!!



 女子中学生に敗けた男と言う不名誉な称号は俺の心に深く傷を残していった。恐らくこの屈辱は生涯忘れぬだろう。


 絶対に許さんからな……覚えておれよ……!


 この借りはいつか必ず返すぞ……!! プラチナ・プライマル……!!!

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