生まれ変わったら『悪役令嬢』でした。

黒い猫

第一章 生まれ変わった先は『悪役令嬢』

第1話


 東には緑豊かな山が広がり、西には美しい緑が広がる『グリーンアクア王国』という国がある。その王国の騎士団長である『アリウス・カーヴァンク』には目に入れても痛くない程可愛がっている娘がいた――。


「いやよ! 絶対にいや!」

「おっ、お嬢様」

「しっ、しかし」


 娘の名前は『カナリア・カーヴァンク』と言い、今年で六歳になるブロンドの長く少しうねりのある髪が特徴で、青い眼を持った可憐な少女だ。


「なんでピンクのリボンがないの!」


 ただ、それは「黙っていれば」という言葉を前に付けなくてはならないほど、見た目と言動は一致していない。


「もっ、申し訳ありません」


 怒るカナリアに対し、一人のメイドが勢いよく頭を下げて謝る。


「前はあったじゃない! それを使えばいいでしょ!」

「でっ、ですが。それはお嬢様が捨てられたのでは……」


 そう、実は以前に彼女ご所望の『ピンクのリボン』はあった。しかし、彼女はつい数日前に「気に入らない!」と言って彼女自身で捨てたのだ。


 メイドがそう言うと、カナリアは顔を真っ赤にして「口答えしない!」と怒る。大方、痛いところを突かれて恥ずかしさを隠すためなのだろうと使用人たちは内心呆れていた。


 しかし、これ以上カナリアのご機嫌を損ねると、彼女はそれを自分の兄。下手をすれば父親に言う。

 だから、メイドをはじめとした数人の使用人たちが総出になってピンクのリボンを探す。


 そうした中で一人の執事が「コレはどうでしょうか」とカナリアに尋ねる。


「ふん、分かればいいのよ」


 差し出されたピンクのリボンをメイドの一人が受け取り、カナリアはそう言ってドカッと鏡の前に座った。

 それを確認すると、リボンを探していた使用人たちはそれぞれ持ち場に戻り、一人残ったメイドと共に身なりを急いで整えた。

 彼女の見た目はよく「母親の幼い頃にソックリ」と周囲から言われていたのだが、その母親は彼女が幼い頃に流行病で既に亡くなってしまっていた――。


◆  ◆   ◆   ◆   ◆


『お母様……』

『カナリア、大丈夫だ。私がお前を守るから』


 葬儀の日。最後に母親を見送った後に父親は彼女を優しく抱きしめた。


『お父様』

『カナリア、大丈夫だ。俺たちもついているから』


 元々、父親も年の離れた兄も彼女をずっと甘やかして育てていた。だが、この日を境により一層甘やかすようになるきっかけにもなった。

 しかも、彼女が何をしてもたとえ自分が悪かったとしても、父親や兄たちは彼女をかばった。


 その結果、彼女は「親が偉い自分は何をしてもいい!」と思い込むようになってしまい、周囲の貴族や身内であるはずの使用人ですら親の権力を笠に着ている常識のない令嬢」という目で見られる様になっていた。


 だがまぁ、彼女はそんな事を知るよしもない。


 いや、たとえ知っていたとしても、カナリアは特に気にはしなかっただろう。それくらい父親や兄の力はこの国でとてつもないモノだったから。


◆  ◆   ◆   ◆   ◆


 しかし、そんなカナリアにある転機が訪れる。いや、転機……というよりは完全に彼女の自業自得なのだが。


「うぅ……」

「大丈夫ですか。お嬢様」


 オロオロとした様子でカナリアに声をかけるのは、ピンクのリボンの時にカナリアに怒られていたメイドだ。


「ゲホゲホッ! うぅ」


 ここ数日。カナリアは高熱にうなされて咳を繰り返していた。実は、その原因は……単純に『薄着で雪の中を歩いていた』からである。


「うわぁ! きれい!」


 その日は朝から雪が降っていたのだが、カナリアは日課であった散歩に出ていた。しかも、かなりの薄手で。

 使用人たちは「そのままでは風邪を引いてしまうから」と上着を着るようにそれとなく促したが、カナリアはコレを断固として拒否をし……その結果。風邪を引いてしまったのだ。


 カナリアは「頭が痛い。だるい」と熱にうなされ、心配になった彼女の兄である『アルカ』が見舞いに来ていたらしいが、ずっと熱にうなされていたため、まともに受け答えが出来なかった。


「カナリアの様子はどうだ……」


 しかし、この国の騎士団長である父のアリウスは、その仕事の忙しさからそう簡単に家には帰って来られなかった。


「はい。今日もずっと熱にうなされております」


 執事からの報告に、アリウスは「そうか」と声を低く出して顔を下に向けた。その様子は、子供を心配する親の顔そのものだ。


「医者の診断は」

「お医者様からは『風邪』という診断を受けました。処方されたお薬も食後にキチンと飲んでおります」


 執事の報告を受けたアリウスは「分かった。下がっていい」と告げ、執事は頭を下げて部屋を後にした――。


「頼む。元気になってくれ……カナリア」


 夜遅くだったという事もあり、アリウスはカナリアの部屋へは行かなかった。


 いや、ひょっとしたら怖かったのかも知れない。


 なぜなら、今のカナリアの姿は……彼女の母。つまりアリウスの妻『キリィ・カーヴァンク』の亡くなる前の姿と重ねてしまうから。


「……」


 自分ではどうしようもないと分かっているからなのか、アリウスからこぼれた「願い」とも言えるその言葉が届いたのか、翌日カナリアは目を覚ました……。

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