乱世(四)


「非常階段にアヤカシがいる。そいつが相手だ」


 建物内を移動中にシバが敵の情報をくれたので、何かあると猫又は気を引き締めた。シバは話し続ける。


「おまえが霊体でアヤカシと戦闘する点は同じだ。ただしオレが根付を持っている。邪魔をするが、おまえは相手を仕留めろ」


「木彫りの猫は『依代よりしろ』だ。離れると妖力が落ちる!」


「離れていてもつながることに慣れろ」


「え?」


「……面倒くさいな……」


「シバの説明が悪い! たったそれだけでわかるか!!」


「あ――……霊体を完全に離すな。依代とつながった状態で戦え」


 シバはあまりヒントをくれないから猫又は悩む。どうすればシバの言っていることが実行できるのか考えた末に、二つある尾の一本を細く伸ばして木彫りの猫とつなぐことにした。木彫りの猫には根付用にひもを通せる部分があるからちょうどよかった。


 外付けの非常階段に着くと、シバは胸ポケットから根付を取り出して階段に置いた。下の踊り場で人の念が集まって黒いもやとなったモノがうごめいている。


 猫又は霊体で現れ根付の横に立った。尾を細く伸ばしていき、紐で結ぶように先端を根付に絡めた。つながっていることを確認したら黒い靄と対峙した。


 黒い靄は動きが鈍く簡単に引き裂けそうだ。猫又は階段でうごめくアヤカシに狙いを定めて飛びかかる。前足を振ろうとしたら、後ろから引っ張られて空中でバランスを崩した。


 体勢を整えて着地し、引っ張られた先を見るとシバが手を上げている。手には根付があり、つながった尾が引っ張られて動きを止めている。


(なるほど、依代を動かしても戦闘を続けろということか)


 猫又は木彫りの猫とつながりが切れないよう注意しながら、尾をさらに細く伸ばしていく。長さにゆとりをつくると、再び黒い靄と対峙する。しかし今度は尾に痛みを感じた。


 見なくてもシバが尾を握っているのが感覚でわかる。霊体を直接さわられるとダメージが大きい。それに尾は弱点だ。すぐにシバの手を振り払うか、依代とのつながりを解いて尾を体に戻したい。しかしそれでは妖力が落ちてしまう。


(つながりを切らず、遠隔でも戦えるようにする――)


 猫又は冷静に対処していく。尾を柔軟性のあるものに変化させて痛みを和らげる。シバの手は緩まないが、気にするのはそこではない。目標はアヤカシを倒すこと。猫又は黒い靄との戦闘を優先する。


 シバは成長していく猫又の後ろ姿を見て、やさしい顔をのぞかせる。猫又は黒い靄のアヤカシへ向かっていき、鋭い爪をもって消滅させた。



「根付に戻っていろ」


 黒い靄の戦闘後、いつものようにシバが猫又に声をかけると木彫りの猫の中に戻った。シバが建物の壁に触れると手がほのかに光り始めた。『邪気返し』が発動して建物の表面を覆っていく。


 シバの邪気返しは強力で、チカラ加減で建物にいるアヤカシを消し去る威力がある。本来なら猫又を同行させなくてもいいのだが、猫又に経験を積ませるため、あえて最後に邪気返しを行う。


 邪気返しが発動するとアヤカシは建物に侵入できなくなる。いにしえアヤカシが復活してから日本はアヤカシがうろつく世界となったが、邪気返しをする建物が強固な壁となり、多くの人の生命いのちを守っている。


 シバは行く先々で邪気返しを行う。


「シバはなんで邪気返しを発動させるんだ? 霊力チカラを使うから負担がかかるだろう?」


「さてね」


 猫又はいろいろ質問するけど、シバは自分のことをめったに話さない。そのたびに抗議するけど、しれっとしたままだ。


 夜から早朝にかけて猫又はシバと一緒に建物を回る。アヤカシと戦うことで経験を重ねた猫又は、依代となる木彫りの猫から離れた位置で戦うことも楽にできるようになった。




 実戦に入ってからしばらく経った頃。

 シバが運転する軽トラが建築現場へは行かずに住宅地を走っている。日中は仕事で現場を回るから珍しいことだ。


 猫又はバックミラーにぶら下がる根付の中から外の景色を眺めていたが、見覚えがあることに気づく。知っている道路や家がどんどん増えてきたので興奮してついしゃべってしまった。


「シバ! ここはあの人がいる街だ!!」


 本来なら指ではじかれるが、今日は違う。シバは根付の猫又が動いても叱らずにいる。


「ああ。もう少し先のマンションだろう?」


「そうだ! あの道を曲がったところの先にある!!」


 うれしさのあまり根付は道を指すために動いており、紐がぴんと張ってフロントガラスにぶつかりそうになっている。


 マンションが見えると興奮した猫又は根付から飛び出し、霊体でマンション前に走っていった。シバはやれやれとこぼすけど猫又を見る目はやさしい。スペースを見つけて停車すると、車から降りて猫又のもとへ向かった。


 戻りたがっていた場所に来れて喜んでいると思いきや、なんだか様子がおかしい。猫又はがっくりと頭をたれて座っている。シバがそばに着くと、猫又は力のない声でつぶやいた。


「……あの人はここにいない……」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る