#2:殺人決戦

 一発。

 何の躊躇いもなく、欠片は弾丸を景清に向かって撃ち込む。

 それを景清は。

 あろうことかチェーンソーで弾き飛ばす。

「うそぉん」

 思わず欠片が間抜けな声を出す。

「ロッジに戻れ!」

 柳は指示を出す。

「ロッジに入って立てこもれ! 時間を稼げる」

「お兄ちゃんは!?」

「俺は……ここでやつを無力化する」

 景清に向かい合うのは欠片、柳、そして伍策の三人。

 残りの人間はロッジに退散する。

(全員で一斉に掛かれば制圧できるかもしれない……。だが、それをすれば必ず数人はあのチェーンソーで切りつけられる。さながら誰が猫の首に鈴をつけるのかって話だな)

 一番確実に制圧できる方法は、全員で掛かることだ。だがそれはできない。

 探偵が素人に頼るわけにはいかない。

(ここは俺が食い止める……)

 とはいえ。

 柳は探偵としては未熟だし、そもそも犯人を制圧する武力に秀でたタイプではない。父の紫郎からしてそうなのだ。だから銃を持ってきていたのだが、それをなくしたのが致命的だ。

「伍策さんも下がれ!」

「いや、僕はここで戦う」

 伍策は構えた。

「三年間、僕自身を縛ってきた問題には僕自身が蹴りをつける」

「…………」

 しかし、その伍策も戦いなれている様子ではない。体格は大柄だが、構えは明らかに素人のそれだ。

「あと、十五発か……」

 銃を構え直し、欠片が少し後ずさりする。

「動きを止めて! その間に撃つ!」

「止めると言ってもな……」

 チェーンソーが音を立てて振動する。一歩、着実に景清はこちらに近づいた。やつの狙いはまず、銃を持っていて一番の脅威である欠片のようだ。

「とにかく何とかして!」

「くそっ……」

 強く、踏み込む。

 景清が突っ込んでくる。

「う、うおおおおっ!」

 いっぱいいっぱいになった柳は、そのまま景清に向かって走り出す。

 自暴自棄の行動にも見えるが、一応考えはある。

(あのチェーンソーは重い! 振りかぶれば隙が大きい。その間に距離を詰めて組み付けば斬られることはないはず)

 だが、その考えは少し甘い。

 走ってきた柳に対し、景清はただ、チェーンソーを前に突き出す。

 突き出すというか、ひょいと前に出しただけだ。

 それだけで、柳の足が止まる。

「くっ……」

 言うまでもなく、チェーンソーは自力で回転している。その刃に触れただけでえぐり斬られるだろう。通常の刃物と違い、振りかぶる必要はどこにもないのだ。

「お前は、後だ!」

 景清は蹴りを繰り出し、柳を吹き飛ばす。柳はもんどりうって、そのまま泥の上にぼちゃりと落ちる。

「こっちだ!」

 右から回り込むように、今度は伍策が近づく。

 ちらりと景清はそちらに視線を動かすが、相手にはしない。

 欠片が二発、発砲する。警戒を解いていなかった景清はすぐにそれをチェーンソーで弾く。

「もっと足とか狙え!」

「じゃあ柳くんがやってよ!」

 醜い言い争いが発生しているが、景清は意に介さない。

「この……っ」

 伍策が苦し紛れに、投げつける。

 それはさっきまでかぶっていたホッケーマスクだった。

「こんなもの……!」

 チェーンソーで切り払う。

 が。

 その瞬間。

 泥が景清の眼前にぶちまけられる。

「これは……!」

 遅れて、気づく。

 ホッケーマスクに泥を盛っていた。それを投げつけられたのだった。チェーンソーで弾いたとき、泥が刃に当たってぶちまけられたのだ。

 ただ泥を投げただけでは躱されるだろうと思っての、伍策の手。

「今だ!」

 三発、弾丸が撃ち込まれる。景清はそれを極端にのけぞって回避する。

「ああっ! また躱した!」

「もう俺に代われ!」

 だが、姿勢が大きく崩れた。

 その隙を伍策は見逃さない。

「うおおおっ!」

 勢いよく突っ込んでいく、そのままタックルで組み付いた。

 さすがに景清もこれは回避できず、地面に押し倒される。

「終わりだ!」

「…………ああ、そうだなあ」

 しかし、景清は不敵な笑みを崩さない。

「そういえば、俺の顔に傷を作ってくれたのもお前だったなあ。まったく、毎度毎度邪魔してくれるよ!」

「…………! ぐっ……あ」

 どすんと。

 伍策の背中に何かが突き刺さる。

 それは、チェーンソー。

「…………!」

 伍策が組み付く直前、空に放っておいたのだった。それが落ちてきて、伍策の背中に刺さった。

「伍策さん!」

「おっと!」

 伍策のことは気になるが、ともかく武器を離したチャンスだと思い、欠片が銃を構えながら近づく。だが、景清はすぐに泥をつかむと欠片に投げつける。

「あっ!」

 狙いをつけるのに集中していた欠片は、その泥を顔面に受けてしまう。視界がふさがり、身動きが取れなくなる。

「伍策。お前が悪いんだぞ」

 立ち上がった景清は、伍策の背中からチェーンソーを引き抜く。

「ああああっ!」

「お前が記憶を取り戻さなければなあ! 全部丸く収まったんだよ!」

 そして。

 首へ、振り下ろされる。

「がああ――――」

 伍策の悲鳴は、すぐに途絶えた。

 後には肉を削ぎ断つ音と、血の吹き出す音だけが聞こえる。

 泥の中に、血だまりができていく。

 柳はそれを、見ていることしかできなかった。

「さて、と…………」

 伍策を始末した景清は、チェーンソーを構え直し、今度こそ欠片に近づく。

「う、うう…………」

 欠片はまだ、顔から泥が落ちず視界が戻っていない。

「欠片!」

「…………あ」

 ようやく、視界を取り戻したときには、もう遅かった。

「死ね」

 チェーンソーが、振り下ろされる。

「う、あああっ!」

 ギリギリで、身をよじる。頭をかち割られるのだけは避けたが、欠片の左肩をチェーンソーがえぐる。

「ああ…………あ」

 そのまま、ぐいっと。刃が入っていく。

 神経が切れたのか、左腕は動かなくなり、だらりと垂れ下がる。

「ふん」

 チェーンソーが肉を断つ。が、さすがに子どもの骨と肉とはいえ、肩から左半身を切り落とすだけの馬力はないらしい。少し食い込んだところで刃が止まってしまう。

「ちっ。いいか。これでこいつもすぐに死…………」

 がしっと。

 そこで。

 欠片の右手が景清の喉元をつかむ。

「こいつ……動け……」

 いや。そうじゃなく。

 左手は力を失った。

 右手は自分の喉元に迫っている。

 じゃあ。

 欠片が持っていた

「なんちゃって」

 にたりと。

 欠片が笑う。

 その目は、どこまでも暗い。

「お前……まさ――――」

 言い切る前に。

 銃声が響く。

 三発。

 わき腹と肩、太ももに着弾する。

 景清はチェーンソーを手放し、よろめく。

 銃を持っていたのは、柳だった。

「わたしが泥を食らう前に、柳くんに投げて渡してたんだよ!」

 脂汗と泥にまみれながらも、得意満面で欠片が宣言する。

「お前はわたしが銃を持っている限り、こっちに注意を払っているから当たらないと思ってね。動きを止めたうえで、予想外からの射撃。この二手で当たると読んだ」

「こ、の……」

「…………ふうううっ!」

 欠片は肩から、無理矢理にチェーンソーを抜く。抵抗するものがなくなり、刃は再び回転を始めた。

 傷口から、どろどろと血が流れる。

「ま、待て……殺すのか!?」

 景清が後ずさりする。太ももを撃たれていたせいで、すぐによろめいて尻餅をついてしまう。

「お前ら探偵だろ! 殺しは本懐じゃないはずだ!」

「いやわたしたち、正式な探偵じゃないし……それに」

 チェーンソーが、突き出される。

 景清の腹を、食い破った。

「あああ――――!」

「人殺しが、今更わめくな」

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