第16話 おらさ、エロゲとか、わがんね

『証明問題、貴方が柊木さんであることを三行以内で証明せよ』


 某日、高校の入学式を終えた俺。

 入学式の新鮮な空気を吸い、レンじゃないが気分を良くしていたのに。


『竜馬の許嫁を名乗るエルフ耳のあの子、可愛かったよねー』


 今は天文学的な珍事に遭遇し、胆を冷やしている。


『……え、だって、貴方言ってたじゃないか、自分は実は男だって』

『だから言っただろ、嘘吐いてたって。本当の僕は君と昼間会った柊木クレハ』

『言ってたじゃないか! 自分は三十路過ぎのニートだって!』


 混乱していると、背後に人の気配を感じた。


「竜馬、何してるだ?」


 十中八九レンだろうと思っていたけど、やっぱりレンだった。


「え? あいや、うん……俺が最近まで嵌ってたオンゲあるじゃん?」

「ああ、あれな。おらの肌にはちょっと合わなかったけど」

「なんか、俺、柊木さんとそのゲームで知り合いだったみたいで」

「柊木? って、あー、入学式の時のあいつかー」


 いやうん、それ以上は何も言うまい。

 俺は柊木……さん、とやり取りしていたウィンドウを閉じ。


「所で何か用か?」


 椅子を回してレンと向かい合った。

 するとレンは顔を赤らめていて、千鳥足で俺のベッドに向かい布団の中に潜る。


「竜馬、おら達も高校に進学したことだし……そろそろするべ?」


 は? するべってお前まさか。


「大丈夫、おらさ、今日安全日だし」


 う……エルフ耳の美少女が赤面して、俺に求愛している!!

 理性が、理性が……!


「っ、――駄目だ」

「何が問題なんだ?」

「俺達は恋愛禁止だっつっただろッ!!」

「そんなに怒ることないべさ、こん、意気地なしが、本当に金玉ついてんのか?」

「女子が金玉とか言うなよ! それと、パンツ見えてるぞ!」

「男が細けぇことにぎゃーぎゃーと喚くでねぇ!」


 ううう、レン、お前が俺の親友やっていたのなら、気付いて欲しい。

 俺、思いの外お前を大事に扱ってるじゃん。


 お前の将来を案じて、俺も自制しまくってるじゃん。


 俺としてはこんな風に気丈に振る舞っている姿を、認めてもらいたいよ。


「それよりも、選択科目は何にした?」

「選択科目ぅ?」


 どうやらレンは学校から送られて来た資料にまったく目を通していなかった。

 俺の部屋だと襲われる可能性があったので、レンを手招いてリビングに降りる。


 リビングに向かうと、父さんが絶叫していた。


「うぉおおおお!」

「どうした父さん、またデスマーチか」

「今話しかけてくれるな竜馬、今大物取りの最中なんだよ」


 デスマーチじゃなく、単に遊んでいただけらしい。

 俺は冷蔵庫の扉を開け、自家製の冷えたぽんかんジュースを取り出した。


「レンもいる?」

「くれ」


 ならばコップを二つ手に取って、ジュースをコップの半分まで注ぐ。


「レン、俺達は明日から早速学校なんだから、学校から送られて来た資料ぐらい目を通せよ」

「それはそうだが、竜馬がおらさの誘いを断る理由にならねーべ」


 ばっ! し、しー! ここには父さんがいるんだぞ。


「とりあえず、選択科目は自分のためになる科目を選べよ? 俺に合わせる必要性なんかどこにもないぞ」


「おら、出来るだけ長く竜馬と一緒にいてぇ、特に一年生の時ぐらいはさ」


「ちょっとは自立精神持とうぜ」


「中学の先生も言ってたろー、人と言う字は人と人とが寄り添って出来てるって。人間は決して一人じゃ生きていけねぇだ」


 それって三年B組の時の?


「どうでもいいけど、選択科目は今日中に選べよ?」

「したら竜馬は何を選んだのか教えてくれ」

「教えない」

「なしてだよ! おらの気持ちはさっき伝えたじゃねぇか」

「あー言えばこう言うな」

「それは竜馬の方だべさ! さっきの誘いだって、おらがどんだけ勇気出したと思ってるだ!」


 ちょ! だから父さんの目があるんだって!


 キッチンからリビングに居る父さんをちらりと見ると、手が止まってるんだが……大物取りはどうした?


「……とにかく」


 顔を近づけ、レンのエルフ耳に耳打ちするよう声を小さくして喋る。


「俺達にはまだ早いって」

「そんなことねぇべ、おらが調べた限りだと、平均の範疇だそうだぞ?」

「それどこリソース?」

「高薙が貸してくれた女性ファッション誌だ」


 えぇ……なんでファッション誌にそんな情報載ってるんだ。


「う、うぉっほん」

「は!? 父さんいつの間に」


 さっきまでゲームに熱中していた父がいつの間にか俺達の横につけていた。

 わざとらしい咳払いをして、俺も喉が渇いたなと言いつつ冷蔵庫のジュースを取る。


「…………」


 父さん、俺達の様子を横目で凝視してるんだが。


「叔父さんからも竜馬に言ってやってくれねぇか、大人しくおらを抱けばいいんだって」

「ぶっー! けっほ、うぇっほ、気管支に入った、えっほ!」


 レンから不意打ちを喰らった父さんはジュースを気管支に入れてしまったようで、盛大に噴き出す。なんでよりにもよってそんなこと言ったんだレンの奴! 父さんは吹き出したジュースを処理すると、俺達に居直った。


「けっほけっほ……俺はさ、竜馬に若干同意するというか、同情するというか、嫉妬するというか……俺が高校の頃なんて、恋人の気配なんて全くなくてさ、家も今みたく裕福じゃなかったし、そもそもそんな余裕なかったけど、高校の頃が人生で一番楽しかった印象があるよ」


「そうだったんだな、んで?」


 レンが父さんの話の続きを聞きたがっている、先を知りたがっていた。


「あー、出来ればレンちゃんや、竜馬にも俺の体験を共有して欲しいなって思う。青春の深奥って奴を、高校で学んで、しっかりと後の人生の糧に出来るようにして欲しいな。別にそれが二人の恋愛でもいいけど、先ずは視野を広く持って、新しい友人知人恩師との絆を深めた方がいいと思うぞ」


 よしよしよし、父さんは俺の味方らしい。

 感銘を覚えるような内容じゃあないが、レンに冷静になるよう促している。


「まぁ、それでも我慢出来ないなら、せめて避妊だけしておけば?」


 そして最後の詰めが甘い! そんなんじゃこれから激化する業界の競争をだな!?


「大体レンちゃんはそれでいいの? 嫌がってる相手に無理やり迫って、実際やれたとして気持ちいいの? エロゲじゃあるまいし、口では拒んでも身体は正直だなぐっへっへ、なんて言えるほど上手くやれるわけないだろ」


 もう止めてくれ、もう、いいんだ父さん!

 俺、知りたくなかったよ、父さんが隠し持ってる凌辱ゲーの存在なんて。


「と言う訳で俺は風呂に入って来るな」


 父さんはそう言いつつ黄色い手拭いを首に巻いて行ってしまった。


「……竜馬はなして、おらと寝たくねーだ?」

「それはその……たぶん」

「たぶん?」

「お前のこと、真剣に考えてるからじゃないか?」


 ……と言ったが、言ってて頭に血が昇って来た感じだ。

 自分でもわかるほどに顔を赤くしていると、レンもみるみる内に赤面していた。


「二人して何をやっているのです?」


 そこに高薙さんがやって来て、俺とレンはバツが悪くなったように、お互いに明後日の方を向くのだった。

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