仰天・マリア様の十字逆

上八ぎょこお

第1話 私立ヤーソー女学院と十字架と懲罰

 私立ヤーソー女学院は、関東にある巨大な港が一望できる丘の上に建つ。

 近隣には庶民には手出しができないお値段の品物を売る店が軒を連ね、明治以降にわが国にやってきて命を落とした外国人の墓地が立ち並ぶ場所にあり、幼稚舎~大学までが一貫となっているオシャンティーな女子校である。


 濃緑に白線一本が鮮やかなセーラー服に身を包んだお嬢様方が、ある者は歩いて、ある者はご自宅のクルマで学校付近まで乗り入れ、「ごきげんよう」なる、およそシャバの人間は使わないような挨拶を自然に使いこなして登校する。

 学校敷地に入る際には、いずれのお嬢様も、校門付近に設置された、バカでかい信楽焼のマリア像に深々とお辞儀して敷地に入っていく…

 この学校に高等部から編入してきたパンピーの野上熊子(のがみ・ゆうこ)は、こんな校風が極めて憂鬱であった。


 話は熊子の入学当初、4月にさかのぼる。

 深夜ラジオが大好きな熊子は当然宵っ張りであり、入学早々寝坊をかました。

 「こりゃーいけん!ほいじゃが、走りゃーまだ間に合う!」

 …お話の舞台は関東だが、熊子はオヤジさんが山口県出身のため、興奮したり慌てたりすると、山口方言が容赦なく漏れ出る。


 ダッシュをかます熊子の眼に、まだ開いたままの校門が映った。

 これなら遅刻にならん、セーフじゃ!

 熊子は速力を落とさず校門を駆け抜け、そのままの勢いで校舎に向かおうとした…その刹那、ケツ…あ、お嬢様学校なのでこう言ってはいけない。臀部にすさまじい衝撃を受け、そのまま支えを失った人形のようにゴロゴロと地面を転がった。


 事態を飲み込めず、アタマだけを挙げてキョロキョロしている熊子の眼前に、丸太のような十字架がいきなり突き付けられた。

 突き付けている人物は身の丈六尺を超え、僧衣の上からでも筋肉の隆起がわかるほどムキムキのシスター。赤樫でできた、長さがゆうに1mを超える十字架は、鈍い光を放っている。


 「え、え、あ、おまーなんかいけんことをしたんですか?」

 「おま」とは別に変な意味ではなく(;^ω^)、かなり高齢の山口県人しか使わない一人称。「いけん」とは山口方言でいう「ダメ」という意味である。


 ムキムキシスターは、冷徹に言い放つ。

 「汝、何ゆえにマリア様に欠礼せしや。」

 シスターが十字架で指し示す方向には、礼の信楽焼マリア像がドカン!と佇立している。その表情は学院の慣習を知らない子羊を憐れむような、微妙な表情を浮かべていた。

 「あ、そりゃーご無礼なことでありました。ほいじゃー、礼だけさしてもらいますけー…」

 と立ち上がった熊子のケツに、またしても極太十字架が撃ち込まれる!バコン!

 余りの衝撃に再び転がった熊子に、シスターは決然と言い放つ。

「あなたはマリア様に欠礼するという、許されざる大罪を犯しました。これは懲罰に相当するものであり、主イエス様の苦しみを味わうことで、おのれの至らざるを感じるほかありません。」

「…へえ、ほいじゃーその『イエス様の苦しみを味わう』ちゅーのは、何をすりゃーええんですか?」

 シスターは付近に設置されている鉄棒を、アゴでしゃくっった。

 「主イエス様は磔刑に処され、その苦しみに耐えることで子羊たちに信心のなんたるか示しました。あなたもその苦しみを味わうことで、自らの愚かさと向き合うのです!さあ、早く!」

 要するに、鉄棒にぶら下がって耐えろという、古典的な懲罰である。

 

 セーラー服のまま、鉄棒にぶら下がる熊子。

 握力に少しは自信のある熊子は、黙ってぶら下がっている。その粘りを見て業を煮やしたシスターは、赤樫の十字架を、熊子のケツに横殴りに打ち込む。

 たまらず、鉄棒を放して落下する熊子。

 だが、すぐ鉄棒に戻らなければ、また一撃を食らってしまう。

 熊子は息を整える暇もなく鉄棒にぶら下がる。そしてまた一撃を食らう…

 

 そんなことを繰り返すうち、熊子は意識を喪失した。


 ふと気づけば、熊子は保健室のベッドに、全裸で寝かされていた。

 しかし、皮のむけた掌には丁寧なテーピングが施され、打撲を負ったケツ…いや、臀部には、膏薬が丁寧に貼られていた。

 ベッド横の机には、この度の拷問でホコリまみれになっていたはずのセーラー服がきれいにクリーニングされ、ビシっとアイロンが当たった状態で畳まれていた。

 その傍らには、同じくきれいにクリーニングされた、色気も何もないブラとパンツが小さく畳まれてあった。


 熊子にとっては何もかもが、キツネにつままれたようであった。

 

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