天狗の弟子

涛内 和邇丸

第一話 プロローグ

 某県、某村、鬱蒼と茂った手付かずの森。

 その森の奥には、苔に覆われた大きな岩の上に置かれた、古い小さなおやしろがある。

 

 それは狗神いぬがみのお社と呼ばれ、その近隣にある山々を含めて、代々母の実家が受け継いで管理していた。

 物心が付いたばかりの頃、ボクは母におぶられお社にお参りに連れて行かれた。

 母の実家の裏庭から続く細い山道を、十分ほど歩いた先にそのお社はあった。

 

「ちょっと待っててね」

 母はボクを降ろし、お社の周りを掃除し始めたのだが、ボクの目は別のものに釘付けになっていた。

 

 お社のかたわらには、馬ほどの巨大な犬が座っていたのだ。

 

 狼やシェパードのような体型で、キラキラと輝く銀に近い金色の、少し長めの体毛に覆われた、耳の先の方だけが少し折れたその犬は、深い緑がかった瞳で真っ直ぐにボクを見つめていたが、不思議と怖さはなかった。

 

「わんわん!」

 ボクがその犬を指差して叫ぶと

「そうね、わんわんの神さまのお社よ」  

 何故か母には、その犬の姿が見えていないようで、お社に描かれた犬の絵を見てそう言ったと勘違いしたようだった。

 その犬の姿が母に見えてないと気付いたことで、怖いものが見えているように感じたボクは、すがるように母の陰に隠れ、帰るまでその犬の方を見るのをやめた。

 

 その日以来、ボクがお社に行くのを嫌がったので、母はお社には連れて行こうとしなくなった。

 そうするうちに、ボクもその犬のことを思い出すことがなくなっていた。

 

 

 小学五年生になる春休みに、その時のボクに理由はわからなかったけど、両親が離婚した。

 ボクは母に引き取られたが、母の仕事の関係で、母の実家に預けられることになった。

 

 こっちにはまだ友達もいないし、一日中ゲームをするのにも飽きたので、近所の探検をと思った時、一番最初に思いついたのが狗神のお社だった。

(あの大きな犬はまだいるのだろうか?)

 ゲームやアニメで、異世界や妖怪の出てくる話はたくさん見ていたので、今は怖さより好奇心の方が強かった。

 

 お社への山道は一本道なので、周りの景色に記憶はなかったが、迷うことなく進むことが出来た。

 そして、数十メートル先に苔に覆われた岩とその上のお社が見えた時、ボクは足を止めた。

 

 やはりお社の傍には、巨大な犬が座っていたのだ。

 

(やっぱりいた!ママには見えてなかっただけだったんだ!)

 そう思いながら恐る恐る近づいて行くと、

(見える者は少ないからな…)

 頭の中に低いけど優しい声が広がった。

「え?キミ話せるの?」

 今度は声に出してボクがそう聞くと、犬は急に嬉しそうに

(オマエ、声も聞こえているのか?)

 と、尻尾をブンブンと振り、

(いつぶりか、ワレと話せる人間が来るなんて!)

 そう言うと、ボクのそばに降り立った。

 

 近くで見ると、その犬はとてつもなく大きく、キラキラと輝いていて美しかった。

「キミは…狗神様なの?」

 ボクがそう聞くと、

(まぁ…いつの間にか、そういう事にされてしまったみたいだが…)

 

(ワレは、天狗だ)

「天狗⁉︎あの赤くてお鼻の長い⁉︎」

(それは、ワレの弟子だったやったヤツが、勝手に己れのことを天狗だと名乗り、それがこの国で広まってしまってな…)

 

 元々、犬の天狗さんは大陸の生まれで、千五百年ほど前にこの国に渡ってきたそうだ。

 この国のあちこちで、神様や妖怪とケンカしたり、友達になったりするうちに、一番偉い神様にその強さを見込まれて、この場所を護るように頼まれてから、もう千年くらいここにいるらしい。

 

「なんでここを護ってるの?あ!パワースポットとか?」

(ぱわ〜すぽ…とは、なんだかわからんが?ここは異なる世界との境界でな、それを閉じた磐座いわくらがこいつだ)

 と、お社が乗った苔むした岩を尻尾で叩いた。

「異世界の入り口ってこと?」

(ああ、ここは特別大きいらしくてな。だから向こうから、時々ヤバイのが出て来ることがある)

「じゃ、向こうにも行けるの?」

(行けなくはないが…、ワレも行ったことがないので、向こうのことは良くはわからん。出てくる奴らの強さを考えると、普通の人間では、すぐあの世行きかもな)

「そうなんだ…」

(まぁ、ワレの名を騙った弟子くらい、強くなれれば別だろうが)

「じゃ、天狗さんの弟子になれば、向こうに行けるくらい強くなれる?」

(それはオマエ次第だな。ワレは人間ではないから、オマエらの肉体の方の鍛え方はわからん。ただ、人間が眠らせたままの潜在能力ちからを、引き出すコツを教えるだけだ)

 

(とはいえ、ワレのことが見えて話せてる時点で、強くなれる片鱗はある、とも言えるがな)

「じゃ、弟子にしてくれるの?」

(ん〜…、子供は遊びながら覚えていくものだからな、しばらくはワレの話し相手でもして、徐々に慣れて行くとよい) 

「うん、わかった。師匠!」

 こうしてボクは、天狗さんの弟子になれるチャンスをもらった。

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