『こちら、星街放送局より』

伊藤 リヤン

#1 こちら、「ツタウ」より

 ここは、新潟県のとある田舎いなかまち。


 田舎いなかといっても、街はそれなりに人であふれているし、

自転車で15分のところには百以上の専門店と映画館が併設されている大きなショッピングセンターもあり、ツタウはここが田舎いなかだとは思っていない。

 ショッピングセンターのすぐ裏には広大な水田が拡がっていることをのぞいては――。


 にもかくにも、高校生のツタウにとって、この街はとても居心地の良い場所だった。

 それでも不満をあげるとするならば、通学に使用している電車の運行本数だ。

 一度ひとたび乗り遅れようものなら、次発は2時間後になるため、朝にめっぽう弱いツタウにとって、目標の電車に乗れるか否かが毎朝の悩みのタネであり、闘争であった。


 「ふぅ~、今日もギリセーフッ」


 駅のホームを急いで駆け上がってきたために髪をまとめながら、ヒーローインタビューさながらの気持ちで閉じるドアの内側に言葉が乗る。

 ゆっくりと電車が動き出し、バランスを取って少しよろけながらイスに座ろうと顔をあげた。

 

「?」


 なんだか車内の雰囲気が普段とは異なり、活気付いている。

 高齢夫婦が一組と、中学生くらいの男の子がひとり乗っているだけのはずのいつもの車内は混雑し、座れるイスもないほどだ。

 それに皆、なんだかお出かけ用のをしていて――。


 この特異な状況を理解しようと、まだなかば寝ぼけている頭の中が徐々に回転速度を上げようとした時、ふと先ほど発した自分の声のボリュームが大きかったことに気付いて頬が赤らんだ。


 「......別にいつもギリギリなわけじゃないし」


 ポツリ、と誰に対してでもないが言い訳が口をついて出る。

 隣にいた高齢夫婦が少し微笑んだ気がした。


 これに余計な恥ずかしさを感じ、軽率な行動を後悔しながら、車窓の外に視線をそむける。

 流れゆく見慣れた景色の連続に少し落ち着きを取り戻たことで、この特異な車内の謎に対する答えがひとつ浮かんだ。


 「あっ、入学式......」


 ツタウも晴れて今日から高校2年生である。

 無事に進級できたことを実感し、頬が緩んだ。

 しかし、そんな気分も束の間、入学式が行われる今日は特別早い時間に登校する必要があったことを思い出して血の気が引く。

 遅刻は確定的だった。


 ツタウが通う、明君めいくん高校の最寄り駅ホームへ電車は時刻通りに到着した。


 階段を軽い足取りで駆け降りる。

 駅から学校までの通学路にある商店街も、いつもと違って紅白の横断幕が垂れ下がっており、なんだか自分を街全体が出迎えてくれているような気がした。

 まるで戦いに勝利した将校の首都への凱旋。

 そんなイメージを広げながら、意気揚々と歩を進めようとするが、自分の置かれている状況を思い直し、一層の焦燥感に襲われた。


「っと。このままじゃ新学期早々の大遅刻だし、”あの道”を通るしかないか......」


 ”あの道”とは学校への大幅な近道だが、およそ”道”とは呼べないような未舗装の場所である。


 時折、遅刻を少しでも挽回するために利用するその道は暗く狭いし、未舗装ゆえに泥が制服に跳ねることから、ツタウにとってもなるべく通りたくない場所だ。

 しかし、背に腹はかえられぬ。

 覚悟を決め、朝露のついた雑草を、スカートがなるべく濡れない様に注意しながら線路沿いに踏みならしていく。


 思えば、入学式の日だからっていつもより早く登校する必要性が解せない。

 これではさらに一本、早い電車に乗らなければならかったのではないか。

 一本早い電車。

 それは、二時間早い電車を意味する。

 そんなの間に合うわけないじゃないか。

 起きれるわけがないじゃないか。

 ツタウがどう頑張ったところで、今日の遅刻は既に決定事項であったことに他ならない。


 「むぅ...」


 不満そうな顔を浮かべながらも足取りは衰えず、どんどんと歩を進める。


 ようやく学校が――。

 見慣れた大きく、ピンクがかった建物の上一部が視界に入った。

 

 「遅刻だけど、大遅刻は免れた......」


 ほっ、と息をつき、気持ちにも少し余裕が生まれる。

 安心感から少し歩みのペースを落とし、何気なく視線を横にすらすと小屋こやが目に入った。

 屋根には複雑に棒が組み上げられている、小さな小屋だ。


 「なんだろう? あそこ」


 人がおよそ立ち入らないであろう場所に立つその小屋に、感じたことのない不思議な魅力と強い好奇心を抱いたが、鳴り響き始めた学校のチャイムに視線と意識を正面に戻され、再び駆けだしていった。

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