3.コクりマッスル旬子

 噺家になるわたしは日々体を鍛えている。特に、お腹の底から声を出せるように、腹筋は念入りなトレーニングをする。

 実際、わたしの腹部マッスルは「割れている」のだ。頭のよさや顔の美しさはともかくとして、声とスタイルについては、ちょいと自信がある。


 そんなこんなで2月になった。落研の創部はもう諦めている。

 バレーボールはやめても、タイシュンくんには第2の高校生活があるし、青春時代を無駄にすごさせるのは悪いと思い、彼の協力は、こちらから断った。彼は軽音楽部員になってエレキギターをやっている。

 わたしは帰宅部で「ご自宅お一人さま落語研究会」の会長を務めている。休まずに毎日、落語の特訓をしている。本を読んで知識を増やすことも欠かさない。

 だがしかし、噺家志望でも恋したい。少しくらいは高校生活を「キャッキャ、うふふ」とすごしても、罰はあたらないと思う。


 タイシュンくんから有力な情報をえた。なんと西浜先輩は、誰ともつきあっていないのだって。

 だからプランを用意する。手作りのチョコレートを渡してコクり、あわよくば交際を始めるって。

 つまり全力で「コクりマッスル旬子アタック」をやるのだ。ものの2秒で「ノー」と云うレシーブが返ってきても、そんなわたしを、わたしが自分で褒めてあげたいと思うつもり。

 そう云うわけで丹精をこめて、チョコレートを作る。


 迎えたバレンタインデーの早朝、綺麗にラッピングした箱を持ち、猫山高校の正門前に立って、朝練があるから早く登校する西浜先輩を待った。

 やがて美しい姿を見て、ドキドキがマックスになるコクりマッスル旬子。


「おはよーございます! あの先輩、これを!」

「あっ、ありがとう。でも、あんた誰?」

「1年2組の赤貝あかがい旬子じゅんこです! 弟さんと同じクラスにおらせてもらってます」


 ちょいとマズったかもと思う。今の「おらせてもらってます」は変だって。

 だがしかし、先輩は笑顔でわたしの手から箱を受け取ってくれた。ここで「コクりマッスル旬子アタック」をやらなきゃならない。


「わたし西浜先輩のこと好きです。つつ、つきあってください!」

「ええーっ、そうなの?」

「そうなのです! お願いしまっす!」

「うーん、いきなり、こんなところで告白されてもねえ」


 云われると、それもそうだと思う。

 今日初めて名前を知った人から校門前で「待ち伏せプロポーズ」をやられたら、わたしだって同じような反応を示すだろう。

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