第7話 異端仲間がふえました
残念だけど、人は、正しい人ばかりじゃない。
わたしはまだ子供で、会った事のある人は少ない。おかあさんとおとうさんとペルクス、それからペルクスが住んでた場所に近い村の人がせいぜい。
だから怖い人、悪い人、なんてよく分からない。そんな人は捕まえに来た異端審問官ぐらいだ。その異端審問官も、別に悪人ではなかった。
世の中には、良い人の方が多い。そう思っていたい。信じていたい。
それとは別に、悪い人も悪いからってだけで遠ざけたくはない。
なるべく多く、色んな人と仲良くなりたい。心からそう思う。
だってわたしは、ペルクスによると新しい愛と正しさを示す象徴みたいで、正しさとか愛とかはよくわからないけど、とりあえず皆で仲良くするのは正しいことだと思うから。
わたし達が警戒していたところに現れたのは、全然怖い雰囲気のない男の人と女の人だった。
その人が言った妖精の姐さんカップル、というのは、おかあさんとおとうさんの事に間違いないと思う。変な呼び方だけど。
この人達が本当に知り合いなら、おかあさんとおとうさんに会える時もすぐかもしれない。
わたしは嬉しくなって、気分がふわふわして、いてもたってもいられなくなる。尻尾が勝手に動いてしまう。
でも、ペルクスは難しい顔をしていた。まだ疑っているみたいで、かなり強い視線を向けている。
そんな目付きを気にしてないように、男の人はニコニコ笑って喋りだす。
「あれ、逆効果? ……でもまー、オレはシャロ。こっちの美少女がサルビア。って事でよろしく」
「ちょっとやめてよ。そんな紹介」
シャロさんの言葉に、満更でもない顔をするサルビアさん。じろっと見ていても顔は赤い。
確かに綺麗な人だとわたしから見ても思う。髪はサラサラしていて、瞳はキラキラしていて、声まで可愛くて、少し憧れる。それだけで信用したくなってきた。
でもわたし達の安全の為か、やっぱりペルクスは難しい顔で厳しく質問する。
「妖精の姐さんと知り合いと言ったが、名前は言えるか?」
「あ、やっぱ疑われてます? ライフィローナの姐御とグタンの旦那ですよね」
「じゃあ僕達の事は?」
「娘さんのカモミールちゃんとペルクス先生ですよね?」
あっさりと言うシャロさん。やっぱり呼び方が気になるけど、騙そうとしている訳ではないみたいだ。
ペルクスもひとまず警戒を緩めてくれた。
「ふむ。分かった。確かに知り合いのようだ。疑って済まなかったな。よろしく頼む」
「いやいや、こちらこそ」
二人は握手した。さっきまでの警戒が嘘みたいなにこやかさで。
わたしもサルビアさんと握手してみたかったけど、目が合ったらツンとそっぽを向かれてしまった。悲しい。とても残念。
でもおかあさんとおとうさんの話の方が大事だ。気持ちを切り替える。
ペルクスの方を見るけど、同じ考えみたいで、話を先に進めようとしていた。
「それで、君達は迎えに来た、という事でいいのか?」
「……あー、それより先に、ちょっといいですか」
「なんだ?」
「この喋り方止めてもいいですかね? 出来ればそちらも君とかじゃなくて、シャロって呼び捨てで」
「ふむ? 分かった。好きにすればいい」
提案を簡単に呑んだペルクス。おかあさんとおとうさんとも結構早く友達になったらしいし、元々こういうのは気にしない方だろうか。
返事を聞いたシャロさんは、すぐに顔をパッと明るくした。
「いっや、マジすかペッさん!」
「ペッさん?」
「ペッさんは駄目すか」
「いや構わん!」
既に友達みたいに近い距離で、二人は大きく口を開けて笑う。
楽しそうな顔になったペルクス。すっかり警戒心はなくなっている。
わたしも仲良くなりたいと思っていたし、良い事だ。
だけどわたしとしては、安全だと分かったからには、早く話をしたい。
「それで、おかあさんとおとうさんの所に連れてってくれるの?」
「うん。そうだよカモちゃん」
「カモちゃん?」
またあだ名を作ってしまった。
わたしは別にいいけど、何故かサルビアさんが不機嫌そうに見ている。それどころかシャロさんの脇腹をぐりぐりと攻めている。
そんな事は気にしていないように、説明は続いた。
「
「ローナとグタンは自分で迎えようとせず、他人に任せたのか?」
「まー、ここは危なくて、あの二人は強いから。折角造った居場所を守るにはどうにも来れなくてねー……っていうのもあるけど、実は今いなくてさ」
「いない?」
急に未来が怪しくなった。
シャロさんは暗い顔になって、それがわたしも不安にする。
聞きたくない、って嫌な予感がするけど、そうはいかない。ちゃんと聞かなくちゃ。
「そう。遠征中なの。元々こっちに住んでた人から頼まれて、結構遠くまで助けに行ってる。しかも何日かかるか分からないんだってさ」
「そんなぁ……」
「まさか現地人がいるのか!?」
残念なお知らせにわたしはとっても落ち込む。今すぐへたり込みそうで、頑張らないと立っていられないくらいに。
なのにペルクスが目をギラギラさせるから、つい睨んでしまった。すぐ謝ってくれたけど、わたしも反省。八つ当たりは良くない。
シャロさんは気を遣ってくれたのか、明るく笑って話を続ける。
「……ま、まーね? 早く会いたい気持ちは分かるけど仕方ないと言うか……元気出して? 二人が造った居場所に案内するからさ」
「そうだな。僕達もゆっくり出来る場所は歓迎だが、しかし安全の確保はどうなっている? 道中はまだ危険だろう」
「あ、それなら大丈夫。道中も安全安心。ね、サルビア」
横を見るシャロさんは自身を持って断言した。ぐりぐりを止めたサルビアさんは黙って頷く。
よく分からない。だけど不思議と心配にはならない。二人の信頼が伝わったせいかな。
ペルクスは目を輝かせて興味深そうに訊いた。
「既に対策をしているという事か?」
「うん。お迎えを任せられるだけはあるってね。ほら今も」
確かに近くから生き物の音は聞こえないし、嫌な予感も全然しない。
森は静か。草木の香りも気持ち良い。ずっと話をしても大丈夫な、安全で心地良い場所みたいになっていた。
「でもまー、そろそろ移動しよっか。夜になる前に着きたいし」
そう言ったシャロさんは振り返り、ずんずんと先へ歩き始めた。後ろに続くサルビアさんは歩き方も綺麗だ。
慌ててペルクスはついていく。わたしも遅れたら困ると小走りで追いつく。
ただ、ペルクスが慌てた理由はわたしとはちょっと違った。
「是非詳しく説明してくれ! 非常に興味深い!」
「おぉう。聞いてた通りっすね。ペッさん」
ペルクスの勢いに目を丸くして引き気味になるシャロさん。ただ驚いてはいても、嫌がっている様子はない。
歩きながら説明してくれる。
「まー、簡単に言えば音だね。生き物が嫌がる音で追い払ってるんだよ」
「ほう? 何も聞こえないが?」
「人間には聞こえない音なんだよ。だから便利」
「ふうむ、特殊な音」
真剣な顔つきで腕を組むペルクス。すっかり研究や分析の態勢になっていて楽しそうだ。
「それほど複雑な魔法を使用しているようには見えんが」
「そりゃあね。魔法はあくまで補助で、ほぼサルビアの声そのものなんで」
「えっ?」
わたしはびっくりして思わず声を出してしまった。
サルビアさんは口数が少ないと思っていたら、ずっと頑張ってくれていたらしい。それも魔法じゃない方法で。初めに思ったよりも凄い人だ。
ペルクスも大きな反応で讃えた。
「純粋な声の技術か? わずかな魔法補助のみでこの効果とは、神秘の域だ。素晴らしいな!」
「まー、サルビアが元々天才なのは確かだけど、色々魔法的なサポートもあるのは確かなんで。いややっぱサルビアが天才美少女だからだね」
褒められてサルビアさんは顔を赤くしてシャロさんの脇腹を小突く。シャロさんは笑って受け止めている。羨ましいくらいに仲が良い。
その笑い声が、急に止まる。
「……というか、シャロとサルビアって聞いて、ピンと来てない? 声の天才ってヒントもあるのに?」
「ん? ……済まんな。その名前は今日初めて聞いた」
わたしもこくこくと頷く。
そもそも知らない事ばっかりなので申し訳ない。
シャロさんは残念そうに、大きく大きく溜め息を吐いた。
「そっかー。有名人だと思ってたのに調子乗ってたかー」
「いやいや、落ち込む事はない。こちらの方が田舎に引きこもっていた世間知らずなのだ。もしよければシャロ達の事を教えてほしい」
ペルクスはまた好奇心を発揮した。研究とはまた違った、純粋なもの。わたしも新しい友達を知りたいという気持ちは大きい。
シャロさんはニヤッと笑って、乗ってくれる。
「んんっ、じゃあ改めて自己紹介を」
表情はキリッと。声にも張りが出てくる。
空気が一変した。
「王都ソドリスはマク・ハリ劇場の脚本家兼作曲家兼出演者シャロ・シャロッピーと、天下の歌姫サルビア。以後お見知りおきを」
芝居がかった大袈裟な動作で二人は一礼。綺麗に整った挨拶に、自然と息が漏れる。
というより、本当に芝居の中にある動作なんだろう。初めて見た。
「納得した」
ペルクスが補足してくれる。
学院時代には王都で暮らしていたから劇場の名前は知っていた。歴史ある有名なものらしい。シャロさん達が活躍しだしたのは学院を出た後みたいだけど、それでも天才新人がいる、と噂程度の話は聞いた事はあると言う。でもそれ限り。劇に興味はなかったから名前まで詳しく聞かなかったみたいだ。
そこまで言ったところで新たな疑問が出てくる。
「しかし何故流刑に?」
「あー、まー、台本のせいですかねー」
シャロさんは目を逸らしながら頬をかく。
「ちょっとこう、女神と騎士の王道英雄譚を書いたら、女神だなんてけしからんって怒られちゃいましてー。それぐらい、普通許してくれるもんだよね?」
「……いや、間違いなく異端だな」
ペルクスは神妙な顔で断言する。詳しくないわたしとしても否定出来ない。
異端にも色んな種類があるものだと知れた。
がっくりと肩を落とすシャロさんは可哀想に見えてくる。これも演技なんだろうか。
「やっぱ一般的に見ても駄目かー」
「それはそうだろう。天上の神は万物の父なのだからな。男神だ。しかし女神信仰とは、一体何処の出身だ?」
「いやオレの信仰っていうか、完全にフィクションのつもりだったからさー」
「ふむ? 信仰もしていないのにわざわざ女神を?」
「だってラブコメ要素は必要不可欠だしー」
拗ねた子供のように口を尖らせている。
良い人は良い人だけど、なんだかおかしな人だ。
「面白い考えだが、無理だろう」
「あー、うん。甘かったっぽいねー。サルビアも巻き込んじゃったから反省してる」
「巻き込んだ?」
「うん。例の台本。危ないって言われて隠してたんだけど、嫉妬してた奴にチクられてさー。劇場の他の皆は勘弁してもらったけど、サルビアだけは最後までかばってたからこうして一緒になっちゃって……」
と、唐突にサルビアさんがシャロさんの頬を両手で挟む。
そうして無理矢理顔を向き合うようにして、口を開いた。
「あたし、後悔しないから」
短く強く言って、また生き物の嫌がる声に戻る。シャロさんはぽかんとした後で嬉しそうに笑う。
二人の間には強い思いがあるように見えた。おかあさんとおとうさんとは違う形だけど、こういうのもやっぱり羨ましい。
仲良くなれそうな人達で、本当に良かった。
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