第5話 魔界おしゃべりキャンプ

 青い空の下、死の荒野を僕達は行く。

 ゴーレムのファズが念の為に先頭。処理したトカゲと槍を背負い、荷物持ちになってもらっている。本来は守護者の型式だが現状は周囲に危険はないのだから、まあ我慢してもらおう。

 かつての故郷は春の初めで肌寒かったくらいだが、ここは温かい。日差しも初夏のようだ。

 僕達の服装は丈夫さと動きやすさを重視した旅装。審問官から逃げていた時のままだ。流石に教団も異端者を裸で流刑にはしないし、わざわざ罪人用の服を作って与えたりしない。だから荷物やお気に入りだったマントを没収されただけだ。

 そういう訳で着替えはないが、今のところは過ごしやすい気温のおかげで大丈夫そうだ。


 当初の覚悟から考えれば拍子抜けする程の余裕を持って、カモミールと二人並んで歩く。

 僕はこの移動時間も無駄にはしない。


「恐らく、この荒野には神罰による影響が残っているのだろうな」


 代わり映えしない景色について推論を語る。


「遥か昔の出来事だから真実は分からん。だが聖典によれば、神は悪魔の軍勢に雷と炎による神罰を与えたとされる。それを受けた全てが灰すら残さず焼き払われた。大地も精霊も魔力も例外ではなく、時を経ても元には戻らなかった。それに未だ罰の神力が染みついている。何者だろうと近寄りたくないのだろうよ」


 土地は痩せたまま。

 魔力は周囲から流れてきたもの。

 ただ精霊は……簡単に断定出来ないか。


 精霊は神のしもべ、下級に位置する天使の一種。それが教団の見解であり、僕もそれに近い解釈をしている。

 だからこそ普通より数が少ないというのは、興味深い点だ。天使が神罰を恐れるはずはないのだから。

 近寄るなという神の意思による命令か、精霊の個体ごとの意思によって罰の痕跡を避ける個体と避けない個体で自然に分かれたのか。このあたりの推測が限界になってしまう。

 追究していけば面白いテーマだ。好きに研究出来ない環境なのが惜しい。


 推論を真剣に聞き、ふんふんと頷くカモミール。長く子供には小難しい話だろうに、よく集中して聞いている。実に良い生徒だ。

 疑問があればすぐ質問する姿勢も、とても良い。


「でもじゃあこの先の森は? なんであるの?」

「簡単な話だ。焼かれたのはこの範囲だけ。魔界全てが神罰を受けたのではないのだろうよ」

「でも、魔界全部が神の見放した土地って言われてるんだよね?」

「そう、その通り! それこそ僕が教団を疑う理由だ!」


 カモミールの方を向き、肩を掴んで答えた。教え導く事にやりがいを感じるのはこういう時である。

 ただ、少々興奮し過ぎたか。カモミールのビクッと驚いた仕草に反省。

 謝って距離をとり、改めて講義を再開する。


「聖典も教義も怪しい。あ奴らは都合良く作り変えている」

「なんで?」

「神の愛を利用して私腹を肥やしている……となれば簡単だが、そうとも言い難いな。世を平穏に治めるには必要悪とも言える。だが僕は世俗の平穏よりも探究を優先している。まあ、意見の違いだ」


 教団は僕達を悪と断定したが、僕は教団を悪とは思っていない。単に真理の追究にとって邪魔な愚か者と思っているだけだ。

 真相の秘匿など許しては究明が遅れる一方となってしまう。正しい知識があれば新発見がどれだけ増える事か。


 ……まあ、今ここで言ったところでどうにもならない話なのだが。


「だから今考えるべきは今夜の寝床だな」


 このあたりで実利的な話題へ切り替える。


「この距離では日が暮れる前に森へは辿り着けん。いや辿り着けたとしても、森の手前で休むのが安全だろうな」

「やっぱり危ない?」

「そうだ。カモミールが生き物らしき痕跡を見つけてくれて助かった。それであの森の生態系を推測出来る」


 巨大な生き物を材料に使ったと思われるテントの発見は、大きい。

 巨大な生物がいるという事は、それだけの生物が食べて生きていけるだけの環境があるという事だ。

 虫や小動物から始まり一通りの多様な生物がいるはず。しかもそれらは全て未知の存在。大いに興味をそそられるが、警戒しておかねばなるまい。

 一応、巨大な生き物の生前は悪魔かなにかであり通常の生物と違って食事を必要としない、この森には生き物は少ない、という可能性もあるにはあるが、あまりにも薄い。そして、それはそれで危険だ。

 ただでさえ現実的に警戒すべきものが多いのに、空想を警戒する余裕はない。


「それに他の罪人にも警戒は必要だ」

「え、なんで?」

「それはな、僕達のような者は少数派だからだ。流刑が最も重い罰である以上、異端審問とは関係ない重罪人もこの土地にはいるのだ。異端者だとしても僕達とは相容れない場合もあるしな」


 異端者は皆、僕達と両親のような人間だと思っていたらしきカモミールに教える。子供には刺激が強いとも思うが、これも必須の学びだ。

 例えば、凶悪な野盗や生贄を邪神に捧げるような異端者。危険な人物は確かにいる。それこそ、人食いの獣よりも危険な人物が。

 夜の宿は身を隠す場が多い森を避けた方が無難だろう。


「だから荒野で一泊だ。幸い食糧は確保出来ているし、快適ではなくとも及第点にはなるだろう」


 ひとまず説明を終えた僕は今から野営に使える魔術の候補を頭に思い浮かべておく。しばし話を止め、そちらに集中。

 ただ、ふと妙な気配を感じて横を見ると、なんだかカモミールが渋い顔をしていた。耳や尻尾もしゅんと力なく垂れている。


「どうした?」

「ペルクスの作る食べ物、美味しくない……」

「はははは! それは済まんな!」


 どうやら食事が不安らしい。確かに審問官が来る前から言われていた事だ。

 笑ったところで、渋い顔は直らない。謝って明るくなりそうな話をしつつ、ただ前へ歩き続けた。






 一日歩けば、魔界の地平線にも夕日が沈む。荒野全体が薄い赤に染まっていた。血濡れの魔界に相応しい光景とも、魔界には似つかわしくない美しい光景とも言える。

 何もないからこその神秘が感じられた。

 森の輪郭はかなり大きくなっている。明朝から進めば昼前には余裕を持って入れる距離。

 ここで今日は休む事に決めた。


 となれば僕の出番だ。


「“展開ロード”、“石工メイソン”」


 魔法陣が大地を覆う。

 地面が盛り上がって、机と椅子に。細かい砂にまで砕けば、柔らかい寝床に。雨風の心配は無用そうだから、屋根と壁はなし。

 荒野そのものを材料に、一晩の宿を造る。野性味溢れる野宿だが、この温かい環境なら十分だろう。


 さて、お次は。


「“展開ロード”、“食品加工フードプラント”」


 トカゲ肉を調理していく。適度に切り分け、熱を通す。それだけの簡単な作業は手早く済ませる。

 そして抜いた血も貴重。魔界への転移以来、飲み物を飲んでいなかったのだから喉は渇いている。

 槍を造った時の残りを材料にした不格好な鉄のコップに注ぐ。

 すると即座にカモミールが思いっ切り顔をしかめた。


「飲みたくない……」

「まあそう言うな。水が手に入りにくい土地ではな、動物の血は手軽に手に入りやすい飲料なのだ。ここはそれにならうしかあるまい」

「うー……」

「だがまあ、無理強いはしないとも」


 魔術により、血に手を加える。コップの中で流動し、上澄みと沈殿、綺麗に無色と赤の二色に分かれる。

 上澄みだけを違うコップに移すと、カモミールへ差し出す。恐る恐る口につけ、確認してからは一気に飲み干した。


「……飲める」

「ははは。ほぼ水だからな!」


 僕の方は血をそのままぐいっと飲んだ。

 そして、その感想は。


「うん、美味くはないな!」

「……ほら」


 カモミールは冷たい目を向けてきた。不味いのに笑っていては理解もされないだろう。自覚はある。

 だが味を知るのも探究の一環。全てを知る事が真理に繋がるのだ。だから冷たくされても止められない。


 そうして次。メインの方も準備は出来ている。

 魔術により火を使わず食べられる状態にした肉。塩もハーブもない。単純に食べられるようにするだけの工程を済ませたものだ。

 半分は保存食として干し肉にしておく。

 カモミールはちびりと一口かじった。


「どうだ?」

「パサパサしてる」

「ははは。やはり不味いか。済まんな!」


 賑やかに文句を交わしつつ、味気ない食事を済ませた。腹は一応膨れたので良しとする。してもらわないと困る。

 しばし、柔らかい砂に体重を沈め、のんびりとした空気に浸る。空には闇が広がっていた。


「精霊さん。火をお願いします」


 トカゲからとった油にカモミールの精霊魔法で火をつける。

 小さな火が、辺りを温かく照らした。


 魔法陣を用いる魔術と違い、精霊魔法は精霊と対話し依頼する。精霊への呼びかけがそのまま呪文や陣の役割を果たしているのだ。

 簡単なところから実践していくのは学びの基本。カモミールもこれくらいなら完全に使いこなせるようになった。


 焚き火を囲み、野営。油の匂いが少々鼻につくが、それも経験と僕は楽しむ。

 いつの間にか空には星が煌めいていた。

 それに気付いたカモミールは空を見上げて、静かに呟いた。感動の思いがのった声で。


「やっぱりきれい」

「ふむ。天文は専門外なのだがな」


 僕はまた違った視点で夜空を観察する。

 星、月、太陽。天体の軌道。それらの理解もまた、神の愛を解するには必要だ。じっくり観察し、向こうの夜空を思い出して比べる。

 未熟故に解説出来ないのがもどかしい。だが純粋に楽しんでいるカモミールに語ったところで無粋なだけだろう。

 だから一人ずつ、静かに上空を見上げる。観察し、世界に浸る。


 魔界初日の夜は、そうして穏やかに更けていった。

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