第37話 ひねくれもの

僕は彼女を抱きしめる。痛いと思われてもいいから、強く激しく。そのまま、その場を転がるようにして逃げた。

 後には「真っ二つ」になった石畳の床があった。

「ウインド・ブレイド?」

 まだクリスティーナを襲った犯人は捕まっていない。仕掛けてくるとは思った。

 僕の人生、万事うまく行ったためしがないから。必ずどこかでケチが付く。

 それに最上位魔法に目覚めてからか、土から伝わってくる気配に敏感になった気がする。今の攻撃はそれで避けられた。

 舌打ちが聞こえ、足音だけが闇夜に消えていく。

 今までなら取り逃がしていただろう。でも僕はもう今までの僕じゃない。

「逃がすか」

 古代語を詠唱し、最上位魔法を発動させる。

「ランド・マスター」

 空間を歪ませるほどの膨大な魔力が地面に伝わり、奈落のごとき亀裂が王都の石畳に走る。チーズを裂くように奈落の裂け目は四方八方へと広がり、建物を傾かせて道を割る。

 当然、まともに立ってなどいられない。

 僕もクリスティーナも、お互いにしがみつくようにして必死に体を支えていたが、舌打ちのした方向から悲鳴が聞こえてきた。低い男の声で、二つ。

 大地震だ、災厄だと周囲の建物から大騒ぎする人の声が聞こえる中、上半身だけを石畳からのぞかせていた二人の人物を発見した。

 一人は僕たちがよく知っている。もう一人は見たこともない男だ。

 アルバートと、覆面を被った男。僕たちを見てアルバートは驚き、覆面をかぶった男はガタガタと震えていた。

 二人とも両手で亀裂の縁にしがみついている。すでに落としたのか、その両手には杖が握られておらず腰にも差していなかった。

 だが念のため土を下位魔法の「アース・トリック」で軽く操り、土で手錠をかけた後近づかないようにして覆面をはぎ取る。月光の下に素顔が晒された。

 特に痩せぎすの体形に髪を短く刈り上げ、鼻は鷲鼻。

 以前アデラ様の所で見たアールディス家の護衛で、カーラが疑わしいっていう証言をした人だ。



「ここで一体、何をしているの?」

 僕は手を土で拘束された二人を引き上げて、問い詰める。

 最上位魔法を使った後は少し頭がくらくらするけれど、今回は倒れるほどじゃない。

「王都に戻った後、クリスティーナ君のことを思い出してね。君たちが無事だってことは姉さんからの早馬で知らされたし。犯人を追っていたんだ。そうしたらクリスティーナ君に近づく、怪しい影があるじゃないか。捕まえようと後を追ったら、巻き添えを食ったというわけさ」

 目を合わせないようにして、聞き取り辛いくらいの早口でそう言った。

 こんな時間に寮住まいでないアルバートがここにいること含め、違和感がありすぎだ。

 だが僕らが問い詰める前に、アールディス家の護衛の人が先手を取った。

「す、すみませんでしたあ!」

 裂けた大地に頭を擦り付け、割れた石畳で額を傷つけながら土下座した。

 護衛としての貫禄は見る影もなく、高い鷲鼻がまるで道化だ。

 そうして彼を見つめていると目が合う。さらに怯えて声が上ずった。

「あっしはアルバート坊っちゃんの子飼いです! 坊っちゃんにそこの水色の髪の女子を脅せって、言われてただけですう!」

「く、口から出任せを言うな! いやしくも公爵家跡取りの僕が、そんな卑劣な真似するわけがないだろう!」

「旦那様に調べてもらえばすぐにわかることでしょう! 坊っちゃん、こんな冴えない男が最上位魔法の使い手なんて聞いてないですよ!」

 アンジェリカが緘口令を敷いていたんだっけか。弟にすら知らせないなんて徹底している。

「どういうこと?」

「はじめはあっしがそこの胸の大きいお嬢さんを傷つけないように襲え、そこを助けたぼっちゃんが惚れられる、という計画だったんですが」

「ぼくに生意気な口を聞いたあの栗色の髪のちびっこをはめてやれ、と途中で計画を変更したんです。その説明を聞き、計画をつめたのが丁度アンジェリカ様たちが泳ぎに行っているときでしたかね」

「しかし蒼き山の噴火で、坊ちゃんのイメージは大幅ダウン。こうなったら直接目の前で助けて、格好いい所見せるしかない、と」

「あっしは覆面を付けたまま坊ちゃんに捕まって、表向きは投獄されたことにして身を隠し、時期を見てアールディス家に戻る、という約束でしたが」

「まさか、試験の時にクリスティーナを襲ったのも君の仕業?」

「いや、あれは学園内にいる別の子飼いです」


「でまかせは、よし給え」


 アルバートは護衛の人を睨みつけてそう言い放つ。

「責任逃れしたくなる気持ちはわかる。責任を他人に押し付けたくなる気持ちもわかる。家のことでミスをした時の僕が、そうだった。でも君のその様は、あまりにも醜い」

 ふざけるなよ、この状況でまだそんなことを言うのか。アールディス公爵家の権力とやらで何とかする気か。

「わかった。君が手引きしていたわけじゃないんだね」

 アルバートの口元が、一瞬だけど醜く歪み、僕を見下す。

「アンジェリカから聞いたんだけど。近日中に国王陛下から最上位魔法の使い手、つまり僕の存在を公にする式典があるんだ。君たちのことを調べてもらうようお願いしよう」

「国王陛下に? バカな、一介の田舎貴族ごときが」

「坊ちゃん、諦めましょうぜ。最上位魔法の使い手の発言力を舐めちゃいけません。家柄ではもともとアールディス家よりずっと下だったアデラ様が、今では下にも置かれぬ扱いだ」

 その言葉に、アルバートはがっくりとうなだれる。

 


 夜の王都に彼の叫びが響いた後、あらためて問いかける。

「なんで、こんなことをしてきたの?」

「クリスティーナさんは、美しく、才がある。それなのに妾の子なためにその能力を正当に評価されず、いつも冷遇されている」

 僕の許嫁にツーブロックの髪のイケメンは、熱っぽい目を向けた。

「君を見るたびに美しさに胸が疼いた。君がバカにされているのを見るたびに憤りを覚えた。君は僕の妻となるべきだ。そうすればアールディス家の権力で君を救ってあげられる」

 手を拘束されながらも救いの手を差しのべようとするアルバート。それに対し、

「私、あなたが嫌い」

 クリスティーナは汚いものでも見るような視線を返した。王都を照らす月光が彼女の顔を半分だけ照らし、凄みを出している。

「どういう、ことだい? 僕に面と向かって嫌いなどと言った女は、生まれて初めてだ」

「その顔」

 怒りを露わにしたアルバートに対し、何らためらうことなく言い捨てる。

「いつも余裕があって、イケメンで、周りに賛美されるのが当たり前って顔。見下されてきた私の気持ちなんて、絶対に理解できない。嫌いと言われていきなりキレたのがその証拠」

「ヴォルトが許嫁でよかった」

 そのままクリスティーナは指を絡め、髪が触れ合うくらいに顔を近づけて。さっきの続き、と言わんばかりに僕の唇を奪った。

 見せつけるように、動きを大胆に。

「それに大事なことを一つ忘れてる。人によっては公爵家という地位よりも最上位魔法の使い手に敬意を払う。災害で家族を失った人は特に。あなたの嫁になるメリットなんて、もうない」

「今のあなたの姿を、アンジェリカやアデラ様が知ったら、何て言うと思う?」

「……いつもそれだ」

 アルバートが歯をぎりぎりと鳴らし、目からこぼれた滴が地面に黒い染みを作る。

「いつもいつもいつも! 姉さんや叔母様と比べて! 姉さんは優秀だ、アデラ叔母様はすご

いと! 比較された僕の気持ちを考えもせずに言う!」

「ひねくれすぎ」

クリスティーナがぽつりと漏らした一言に。アルバートはさらに激昂した。

「僕をひねくれていると、言うなあ!」

「だからあなたは嫌い。ヴォルトの受けてきた仕打ちはあなた以上。自分だけが不幸だなんて思わないで。吐き気がする」

「カーラに『女性は役者だ』とか言ってたけど、本当の役者は君の方じゃないか」

 アルバートが僕に唾を吐きかけてきたけれど、それは空中で凍り付き、地面に落ちて砕けた。

 やがて彼らは駆けつけた王都の兵に、連行されていく。

 アルバートの顔を見て捕まえることに初めはためらっていたけれど、最上位魔法の使用された跡を見て、さらに後から駆け付けた上官らしい人に耳打ちされて態度を変えた。

 これでクリスティーナはもう安全だ。

 やがて夜が明けていく。白い大理石でできた王都の宮殿や教会が橙色に輝き始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る