第16話 相手

「それでは、わたくしの縁談の相手について軽くご説明いたしますわ。日が近づいてきましたから、以前より詳しく話を聞かせてくれました」


 以前も聞いたアンジェリカの婚約者、ジョナサン・ジョーセフは王国とは別の国、海を隔てた大陸にある帝国の血を引く貴族。


 王国の中央や北の島には少ないが、大風の被害の多い西の島には地理的に近いこともあり大陸から渡ってきた人間も多い。


 大陸は馬を一年走らせても果てにたどり着かないと言われる広大な草原があり、騎馬民族と称される人たちが住む国もあるという。


 また北の端は王国とは比べ物にならないほど寒く、冬は一日の大半を闇に閉ざされ、港は凍り付いて船の出入りが不可能になる。


 国土も島国の王国とは比べ物にならないほど広く、数十倍の面積を有する。また帝国では医学の研究も進んでおり、王国にはない薬も存在するそうだ。


「授業で習ったけど…… 改めて聞くとすごいね」


「闇に閉ざされるという冬、凍り付くという港、王国ではありえない話ばかり」


「彼と婚姻すれば、帝国とも誼を結ぶことができる、と。お父様は」


 僕たちと同じ年齢だけどマギカ・パブリックスクールで見たことがないのは、彼は魔法の才能がなく、官僚を育てるための学校に通っているからだという。


 説明を一通り聞いた後、まだ見ぬ地への思いを巡らせる。


 最上位魔法の使い手は、この国にわずかしかいない。マギカ・パブリックスクールでは六年の特別授業でやっと出会える、この国の至宝。


 そのうちの一人がアンジェリカの叔母、アデラ・アールディス様。


 近いうちに会えると聞いただけで、胸が震えるほどの歓喜が全身を駆け巡る。


 でも浮かれた気分を打ち消すかのように、鋭い視線を感じた。


 やらかした、と思う。人を不愉快にさせた時に感じる、心臓が冷えるような後悔の念。


 気分を落ち着けるため、配られた紅茶に口をつける。すっきりと喉を通るはずの高級な茶葉が、今日は渋く感じた。


「……クリスティーナさんはとにかく、ヴォルト君まで?」


 アルバートの声に険が混じる。


 その理由に今更ながら気が付いた。僕がいなければ男子はアルバート一人だ。


 彼のグルーブに入っているならとにかく、少し話すだけの相手にハーレムを邪魔されればそれは気分がよくないだろう。


 でも、譲れない。最上位魔法の手がかりだ。


「あら。アルバートはヴォルトさんがお嫌いですの?」


「そういうわけじゃ……」


「私も、お二人は適任と思います。教会で子供たちのお相手を、よく務めてくださいました。子供に好かれるお人は、心根がまっすぐと言いますし」


 カーラがクリスティーナの方をちらりと見て、また眼を逸らした。


「カーラさんもこう言っておられますし、いいではありませんか。あらためて、よろしくお願いしますわ」


 アンジェリカは優雅な手つきで紅茶を傾け、喉を鳴らした。それを見たカーラが熱っぽいまなざしを送っている。


 そんならせん髪の少女の様子を見て、信仰熱心でも色々と抱えている彼女の様子を見て。


 一時期、僕も信仰熱心だったことを思い出した。


 最上位魔法は神が授けた魔法、という考えもあるからだ。実際に神に熱心に祈りを捧げた使い手も存在する。


 一時はそれを信じて、教会に足しげく通って見たこともある。


 聖書の言葉を、毎日唱えてそらんじたことも。


 そんな僕の様子を見て、故郷のシスターが聖書と最上位魔法に使われる古代語を個人的に教えてくれたこともある。


 だが最上位魔法はおろか上位魔法すら使えなかった。


 体力も、魔法も、上達しなかった。


 そして教会に通うことも、聖書を読むことも、神を信じることもやめた。

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