第55話 王都襲撃

 完全に日が落ち、辺りが闇に染まった夜、ブラックフェアリーは最後の砦である第一都市王都まであと数キロの場所まで迫っていた。見せしめとして第二都市の領主と、その家族を民衆の前で殺害し、民の反抗する気力を削いだことで進行はさらに容易になった。

 王国側は今回の敗北を経て混乱しているだろうことを見越し、第二都市陥落後は一部の配下を残し主力メンバーはハイスピードで進軍をし今に至る。

 

 今、ブラックフェアリー側の士気はかなり高い。

 前回の闘いで王国軍、並びに英雄光の剣聖に勝利したことで幹部の強さを見せつけてやれたのが要因だろう。そこに第二都市制圧は、彼らに完全勝利の空気を感じさせた。

 

「おい、これはどうなってる?」

 

 先頭を進んでいたイヴィルは目の前の予想外の出来事に驚いた。

 イヴィルだけではない。ブラックフェアリーの大半がこの光景を見て動揺している。

 王国軍は、王都を守るためにあらゆる手段を取るだろうと予測し、相手に準備する時間を与えないために疲れを押して進軍を強行したというのに――

 

「王国軍がいない? しかも親切に門も開いてやがる」

 

 門の周辺にはどこにも王国軍の姿はなく、加えて開門していた。

 まるで自分達を歓迎しているかのような、そんな光景に違和感を覚えた。これでは入ってくださいと言っているようなものではないか。

 

「ここまで明け透けに誘ってくるとはな。王国側も味な真似をする」

 

 横でバウトが嬉しそう口にする。

 誘っているのは間違いない十中八九そうだろう。

 

「え~? 諦めただけじゃないの? 打つ手なしだから最後は潔くみたいな?」

「どちらでもいい。まだ闘う気があるならその時は捻じ伏せるだけだ」

 

 イヴィルの言葉にブルースとバウトは同意する。

 二人は既に覚悟はできている。最後までイヴィルについていく、そう心に決めているのだ。

 

「おいバウト、テメェが先頭を行け。無駄にデケェんだから壁になれ」

「……承知した」

 

 ブラックフェアリーの面々は次々と門を潜り王都に侵入する。初めは待ち伏せを警戒していたが本当に何もなかったのだ。

 

「どうする?」

「……予定どおり王城へ向かう。いくぞ」



 無人の通りを歩いていく。夜なのもあるが街には誰もいない。恐らく逃げたか家の中で震えているのだろう。

 しばらく歩くと目的地であるスイロク城へと辿り着く。スラム街から出たことのない者達はこの壮大な城に感嘆の声を上げる。こんな間近で見ることなんて今までになかったからだ。

 

「これから城の敷地に入るってのに、ここでも開門してるのか」

「どうやら敵は城の中を戦場にすることを選んだようだな。なんと大胆な」

「背水の陣ってやつね。自分でもう後がないって言ってるようなものじゃない」

 

 城門をくぐり抜け城の中に入る。

 目標は王族がいるであろう三階にある玉座の間。

 

「いくぞ。こっちだ」

 

 まるで場所が分かっているかのように歩を進めていく。入り口から見て正面にある階段を上り二階に上がる。そこから三階に上がる階段を目指し進んでいくなか、ついに敵に遭遇する。

 前方には待ち構えていた数十人規模の部隊が配置されていた。

 

「来たぞ! 絶対に通すな!」

「「おおっ‼︎」」

 

 王国軍は抜剣し、絶対にここは通さないと牽制する。

 人数ならばブラックフェアリーが勝る。だが闘う場所は通路となると一度に闘う人数が限られてくるうえ、正面から突破せざるをえない。

 

「バウト、スキルで蹴散らせ」

 

 イヴィルはバウトにスキルを使って地割れを起こし全滅を試みる。

 しかし、大きな拳を受けた廊下の床は衝撃でクレーターは作れど、亀裂と破壊は生まなかった。

 

「無理だな。地面にしか効果がないゆえ室内では使えない」


 バウトのスキル『大地讃歌』は地面に干渉する。故に室内ではその力を発揮できないのだ。

 

「ちっ……使えねぇ」

「後ろからも来たわよ」

「挟み撃ちか! なら正面突破だ。後方にいる奴らは後ろの兵を足止めさせろ!」

 

 前方に待ち構えていた敵をバウトやイヴィルと言った力自慢が相手をしていく。対多数用の攻撃手段を封じられたブラックフェアリーはひたすら一対一を強いられる羽目になる。

 予想外の足止めを喰らっているせいで王国側の援軍がどんどん集まってくる。そこでようやく王国軍の意図に気づいた。

 

「室内に誘ったのはバウトのスキルを封じるためか。豚どもが、考えやがる」

「後ろからどんどん来るぞ!」

「ッチ! ブルースお前こいつら指揮って足止めしろ! 俺とバウトでだけで王族を仕留める」

「分かった!」

 

 後ろから来る敵をブルースに任せて、バウトとイヴィルは道を塞ぐ数名の兵士を殺し、開かれた隙間から目的地へと走った。

 目的地の玉座の間の入り口が目に入る。

 扉の前には一人のメイドが立っていた。

 

「メイド?」

 

 逃げ遅れたメイドなのか?

 ならば運の悪いことだ。

 だがそうではないらしい――

 

「また会えたな。レオーネ王女」

 

 バウトは嬉しそうに顔を歪める。

 メイドは逆に嫌悪感を滲ませた表情をしていた。

 

「レオーネ王女だと? コイツが?」

「あぁ、第二都市で戦った。間違いない」

「…………」

 

 絶対人違いだが修正するのも面倒くさい。

 イヴィルはメイドを睨みつける。

 まだ少女だろうが関係ない。目的のためならガキでも殺す。

 

「中に入れるのは一人だけなの。そこのデッカい奴は残って? ウルが相手するの」

 

 コイツがバウトを?

 馬鹿にしているのか?

 イヴィルはバウトの力を認めている。ゆえに先程のメイドの発言がバウトへの侮辱のように聞こえ、眉間に皺がよる。

 イヴィルはメイドを殺そうと腰に下げている剣に手をかけようとするが、バウトに静止された。

 

「行け、イヴィル」

「……ッチ」

 

 冷静になったイヴィルはメイドを横切り扉に手をかける。

 バウトはイヴィルの背中に向かって声をかける。

 

「気をつけろイヴィル。中にかなりの強者がいる」

 

 真剣な表情をした忠告に、それがイヴィルの慢心を正すのではなく事実だと理解する。

 だがイヴィルはそれを鼻で笑う。

 

「はっ、誰に口聞いてやがる」

 

 両手で重たい扉を開き、イヴィルは玉座の間へと足を踏み入れた。


 ♢


 玉座の間という空間はスラム街出身のイヴィルからしたら別世界のような場所だった。ここまで来るのに見たどの部屋よりも広く、豪奢な作りをしているように見える。

 夜にも関わらず昼のように明かりを照らしているシャンデリアのような型をした魔道具。玉座まで続いている赤い絨毯。細かい装飾で彩られる壁や装飾品の数々。

 どれをとっても素晴らしい空間には違いない。そんな空間を豚共が使っていることを除けば。

 

 玉座の間の奥を見る。

 部屋の最奥には国王のみが座ることのできる玉座があり、そこに一人、イヴィルを待ち構えるように座っている者がいた。

 男は足を組み、イヴィルを深紅の瞳で見下すように見ている。

 初対面な筈なのに、あの男に対して憎しみのように強い感情がうちから漏れ出てくる。

 

「よく来たな、ブラックフェアリー。歓迎はしないがよくここまでたどり着いたと賛辞を送ろう」

 

 男は座ったままイヴィルに賞賛を送る。この見下すような言動、やはり気に食わない。

 

「お前が王太子って奴か?」

「そうだ、と言ったら?」

「いや、違う。この国の王族は全員青色の髪をしていた筈だ。扉の前にいた獣人もそうだ。あれがレオーネ王女? 笑わせるな、うちのクソ筋肉は騙せても俺にはつうじねぇ。テメェは誰だ」

 

 イヴィルは剣を抜きその剣先を玉座に座る男に向かって突きつける。

 

「賊にしては教養があるな。だが……言う必要があるのか? どうせこれから死ぬというのに」

 

 ぞくりっ。全身から粟立つような感覚を覚えイヴィルは瞬間的に男から距離を取った。

 玉座の男と自分との距離は数十メートルある。その距離からでも間近で体を突き刺すような強い殺気を感じた。

 

(この俺が気圧されただと⁈)

 

「どうした? 逃げるのか?」

「……舐めやがって。【束縛の精霊】……束縛しろ!」

 

 イヴィルの身体に巻いていた鎖が解け凄い勢いでアブソリュートの元へと向かう。

 この鎖は精霊が武器化した姿。

 また名を【精霊武具】ともいう。

 この鎖は魔力を吸い取り、相手を無力化することができる非常に強力な効果を持つ。

 だがアブソリュートは避ける素振りは見せなかった。

 

「トア――捕まえろ」

 

 アブソリュートの声とともに真っ白な女性の姿をした精霊が現れた。トアはアブソリュートに迫ってくる鎖を、蛇を掴むようにして捕まえた。

 鎖がくねくねと身をよじる動きをする。まるで本物の蛇みたいだ。

 

「馬鹿な……精霊使いだと⁈ しかも俺よりもはるかに上位の」

 

 イヴィルは上位精霊を従える目の前の男の底知れなさに背筋が凍る。

 上位精霊とイヴィルの従える精霊では格が違う。

 もっとも分かりやすく言えば魔力量の桁が違うのだ。

 イヴィルの従える精霊は数十人相手にできるレベルの魔力量に対して、上位精霊は数千人規模、大軍一つを相手にしても戦える。

 つまりイヴィルは今、大軍レベルの力に匹敵する精霊と対峙しているのだ。

 

「トア返してやれ」

 

 上位精霊は捕まえていた鎖をポイっと投げ捨てた。

 鎖はくねくねと動きだし再びイヴィルに巻き付いた。

 

「どうした? もう終わりか?」

「――化け物がっ」

 

 イヴィルは下手に動けなかった。

 光の剣聖を打ち破ったことでイヴィルにも相手の力量がなんとなく分かるようになった。バウトの強者を見極める嗅覚と似たような感覚を身につけたのだ。

 その感覚からして目の前にいる相手は自分より遥かに強いのが分かる。下手に動くといつのまにか殺される。そんな危うさのある空気がこの部屋に充満している。

 加えて、他に使役している精霊を使ったとしても、上位精霊がいる限り男には届かないだろう。

 

 (近寄ったらやられる)

 (精霊は使えない)

 

 手詰まりだった。

 ――いや、まだ奴に届く切り札がある。

 イヴィルの目に宿っている『幻惑の精霊』だ。

 幻惑の精霊の力はイヴィルよりもレベルが上の光の剣聖にも通用した。

 幸い、男はずっと目を開いてこちらを見ている。

 いつでも発動条件を満たしていた。

 業腹だが俺では多分この男を殺せない。

 なら、奴の悪夢の中で奴のトラウマとなっている人物に殺させるだけだ。

 ああ、目の前で苦しみがら死に絶えるコイツの姿を見たかった。



「いい夢見ろよ豚野郎"死戦場"」

 

 イヴィルの目が、怪しく光る。

 その目を見たアブソリュートは幻覚の世界へと誘われた。

 


――――――――――――――――――――

お疲れ様です。

まさこりんです。

これまで感想を返せず申し訳ありません。

これからちょくちょく返していければなと考えておりますが返答に困るものやネタバレになりそうなものには返信できないと思われるのでよろしくお願い申し上げます。






書籍第2巻が4月30日(火)に発売します。

Amazonにて予約が始まっております。


https://x.gd/LisKd


書籍には期間限定書き下ろし短編が見れるURLがついてきます。

是非お買い求め下さい。



X始めました。

是非フォローをよろしくお願い申し上げます。

@Masakorin _

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る