第47話 スイロク王国 2

シシリアン視点



 正直ヴィラン・アークではなく、その息子アブソリュート・アークが来たと知って私は落胆した。

 確かにアーク家に援助を頼んだが、まさかまだ学生の彼が来るとはさすがに思わないだろう。ライナナ国国王は何を以って彼を送り出してきたのか問いただしてやりたかった。


 だが、実際に会って言葉を交わしていくうちに理解した。

 確かに彼はアーク家の人間だった。

 アブソリュート・アークは身の回りの世話をする侍女と執事の二人のみを従わせ、このスイロク王国にやってきた。私が兵はどうしたのか聞くと彼はさも当然だというかのようにこう言い放った。


『必要がないから連れてきていない』


 ぞくりっ。


 己の力になんの疑いを持たないこの言葉を聞いて私は背筋が震えた。

 圧倒的強者だけができる傲慢な振る舞い、確かに彼はアーク家の人間だ。


 思えばヴィラン・アークも当時は少数の兵士のみを連れて援軍に訪れたではないか。

 加えて王族である私の前でも堂々とした態度に、まだ学生とは思えない圧力を持った瞳はかつてのヴィラン・アークを彷彿とさせた。もしかしたら彼がこの国を救ってくれるかもしれないそう僅かに期待すら感じた。



 スイロク王国王都にあるスイロク城にある一室で緊急会議が行われる。議題は勿論ブラックフェアリーについてだ。

 部屋の中央には長方形のテーブルが置かれ、そこに会議の出席者達が既に着席している。

 上座に座るのは王族であるシシリアン・スイロク。隣には妹のレオーネ・スイロクが座った。

 この会議には宰相や騎士団長といったスイロクの要職に着く十数名が参加する。そしてテーブルの下座、一番端の席にライナナ国からの援軍アブソリュート・アークがいる。彼については事前に告知してあるため誰も彼の参加に意を唱えるものはいなかった。

 全員が揃ったことを確認し、シシリアンは声を張り上げる。


「これより宮廷会議を実施する。議題は今スイロク王国を騒がせている賊についてだ」


 今回の議題は数日前に起きた第三都市が陥落した件について、今後の対策と方針を決めることだ。

 ここからは国の防衛を担う騎士団長がシシリアンに代わり話を進行する。

 今回の反乱を起こしたのは第四都市から流れてきた人間であること。

 また、彼等が第三都市を占拠し、今なお暴虐の限りをつくしていること。

 彼らの魔の手はまだ落とされていない第二都市や王都にも及んでいて、王族や貴族が裏で国民を他国に売り飛ばしていると吹聴している。間違いなく誰かがこのデマをプロパガンダとして利用し第四都市に住む住人を扇動していると説明した。


「国民を売り飛ばしたですって⁈ 」


 レオーネ王女が驚きの声をあげる。


「出鱈目です王女様! 我らは誓ってそのようなことをしておりません。これは国民の求心力を下げるための罠です」


 宰相が即座に否定する。レオーネも疑いの目を会議の参加者それぞれに向けるが今は身内で争っている場合ではないとそれ以上追求することはなかった。

 騎士団長は話を進める。


「騎士団の方で調査をしたところ、この騒ぎを起こした黒幕はブラックフェアリーという闇組織で間違いありません。構成人数は七人ですが傘下組織の人数を含めるとニ千はくだらないかと」

「ブラックフェアリー? 聞かない組織ですな」


 財務大臣などあまり荒事に関わることのない者達が頭を傾げる。彼らを責めることはできない。管轄外なのも勿論あるがこの組織が台頭してきたのはここ最近の話だからだ。


「騎士団長、ブラックフェアリーについて知らない者も多い。一度詳しく説明してくれないか」


 シシリアンが騎士団長に説明を求める。


「承知しました。と、言ってもそこまで詳しいわけではありません。ブラックフェアリーは数年前にできたばかりの組織です。ただ、この組織はそこらの不良者で構成されたような闇組織ではなく闇組織を狩る闇組織です」

「闇組織を狩る闇組織ですか?」

「はい。奴らはこの数年でスイロク王国の闇組織を壊滅させ、吸収することで大きくなった組織です。長年スイロク王国に根付いていた人身売買を生業としていた組織の『ギレウス』に、帝国発祥の違法薬物を扱う『ペイルベガ』といった巨大組織が軒並み潰されています」

「なんと……」


 会議の場が騒つく。今話にでたのはどれも力のある有名な組織ばかりだ。なかでもギレウスは騎士団でもおいそれと手出し出来なかったほど強い組織だった。ボスであるオリオンを筆頭に手練れの部下が多く、非常に厄介とされていた。

 それが壊滅し、よもや吸収されたとなるとブラックフェアリーを相手にするのは一筋縄ではいかないだろう。


「幹部には帝国で貴族を二十八人殺害し、指名手配されている殺し屋『無音のジャック』。何度か騎士団に勧誘したことのある有望な人材『喧嘩屋バウト』。加えて先日王女様と交戦したブルースという者の三名までは確認しています」


 この他にもここ数年の動きや噂などを説明してくれたがどれも詳細に欠け、身になるものは少なかった。


「そうか……分かった」


(私達があまりにも無知だということがな)


 シシリアンは言葉にせずに内心で毒づいた。

 これから戦う敵は少数で第三都市にいた軍を相手に勝利を収めている。恐らく軍を相手にしても渡り合える強者、もしくは手段がある筈。圧倒的に情報が足りない、シシリアンはそう感じていた。


 

 そこでシシリアンはふとアブソリュート・アークに目線がいく。

 アブソリュート・アークはこの会議の場において何も話すことなく静観している。

 アーク家の人間でありブラックフェアリーと同じ闇の世界に精通している彼ならば俯瞰的な意見をもらえるのではないだろうか。その考えがよぎり、シシリアンは話を振ってみた。


「アブソリュート・アーク。君はなにか知っていることはあるか?」


 シシリアンが話しを振ったことで全員の視線がアブソリュートの方へと向く。


「敵の素じょ――」

「誰が口を開いてよいと言った! 若造がっ‼︎」


 アブソリュートが何か話そうとすると宰相が割り込み止めさせた。宰相はアーク家をよく思っていない。というより外様であるアブソリュートを警戒しているのだ。これぐらい慎重な者でないと宰相は務まらないとシシリアンは思うが彼がこの状況下で欲しいのは情報だ。

 シシリアンは宰相を強い口調で咎める。


「宰相。私がよいと言ったのだ。今は黙れ」

「……申し訳ありません」


 強めに釘を刺してアブソリュート・アークに続きを話せと目線で促した。


「アーク家の方では今言った三名に加えて二人調べがついている」


 「おぉ」と、周囲で感嘆する声が上がる。


(さすがアーク家、素晴らしい諜報力だ。他国の組織の人間をもしっかり押さえているとはな。これがライナナ国の闇を支配するアーク家……味方だとこれほど頼もしい相手もそういまい。だが同時に警戒せねばならない。ある意味では他国に情報が洩れているといっても過言ではないのだから)


 シシリアンは内心で舌を巻くと同時に警戒度を上げた。アーク家の諜報組織がスイロク王国にも及んでいると判断したからだ。


 だがシシリアンは勘違いをしている。今回アブソリュートが敵の情報を持っていたのは原作知識によるものなのだ。アブソリュートの知らぬところでアーク家への警戒心が上がっていることを本人はまだ知らない。


(だが今は目に見える敵の排除が優先だ。頭の中を切り替えよう)


「話してくれ」


 シシリアンに促されアブソリュートは敵について語りだす。


「一人はレッドアイという武器商人。コイツは正直無視していい。注意すべきは喧嘩屋バウトとリーダーであるイヴィルという男だ。精霊を使役するスキルを持っている」

「『精霊使い』…………これは厄介な」

「あのヴィラン・アークと同じく精霊を使役する者がいるのか。危険だな」


 『精霊使い』とは文字通り精霊を使役する者のことをいう。膨大な魔力を有する精霊を使役することでその力は一軍にも匹敵する。精霊とそれを使役できる人材が稀少でほとんど伝説となっているが、過去には精霊使いが一人いれば国が獲れるともいわれている。

 スイロク王国の上層部はそれを身をもって知っているのだ。

 かのヴィラン・アークによってーー


 それからもアブソリュート・アークは敵の戦力について情報を提供し、早くも貢献をしていく。先程までアブソリュートに向けられていた警戒の目がわずかに和らいでいく。

 だがレオーネ王女や宰相といった一部の者達の警戒の目が和らぐことはなかった。

 それに気づくことなくアブソリュートからの情報をまとめてシシリアンが話を進め、会議は終盤に突入する。


「これまでの情報をまとめると奴らの次の目標は第二都市だろう。そこで待ち構えブラックフェアリーを打つ。そこでブラックフェアリーの討伐の指揮をレオーネ。お前に任せる」


 スイロク王国の王族は有事の際、戦場に立ち兵士達を鼓舞する役目がある。王女であるレオーネが選ばれたのは身体の弱いシシリアンの代役だ。レオーネもそれが分かっているので素直に了承する。

 

「謹んでお受けいたします」


 そして次にシシリアンはアブソリュートの方へ向く。アーク家の人間として援軍に来た一人の少年。

 実力は未知数。

 だが、言動やレオーネの報告からはその実力の一端が垣間見えた。

 アーク家の人間ならば戦力になるだろうと彼に同行を頼もうとしたその時ーー


「アーク卿は同行し――」

「お待ちください! 現場の指揮を預かる者としてアークさんの同行を認めるわけにはいきません」

 

 遮ったのはレオーネ・スイロクだ。

 シシリアンは目を見開く。まさか彼女が異をとなえるとは思わなかったからだ。

 彼だけでなくその場にいたレオーネを知る者のほとんどが驚いていた。


「何故だ、レオーネ」


 シシリアンがレオーネに理由を問う。

 すると彼女の口から誰も口にしなかった禁句が飛び出した。


「アーク家が闇組織と繋がっていることは皆様口にしませんがご存知の筈です」


 レオーネの言葉で場の空気が凍る。

 

 アーク家に悪評があるのは他国にも届いている。恐らくそれのほとんどは事実だろう。表向きは公爵という立場だが、彼等が闇組織を従えておりそれを裏で牛耳っていることは上位貴族なら誰しも察している。

 だがそれを誰も口にしないのはアーク家が公爵家という強大な権力と立場を持っているからだ。


 それをレオーネは闇組織と繋がっていると大勢の前で発言したのだ。


 国際問題になっても仕方ない発言だ。


(上位貴族……しかも他国の公爵の後継になんてことを)


 だが、アブソリュート・アークは何も言ってこない。冷たい眼差しでレオーネを睨みながら口を閉ざしていた。シシリアンはそれを見逃してもらったと判断した。


 内心借りが増えたと思いながら、恐る恐る彼女に続きを促す。


「……それで? 何が言いたい?」

「はっきり言って信用できません。敵と繋がっているかもしれない相手に背中を預けるわけにはまいりません」


 レオーネにしてはやけに棘のある言い方だとシシリアンは感じる。


(二人は同級生と聞いていたが何かあったか?)


 睨むようにアブソリュートを見て異を唱えるレオーネにふむ、と思案する。それに対してアブソリュートが変わらない冷たいまなざしでレオーネを見つめようやく口を開いた。


「お前は私が敵と内通してこの国を貶めようとしている。そう言いたいのか?」

「そこまでは言っていません。信用できないと言っているだけです」


 二人の間に険悪な雰囲気が流れる。

 まとまりかけていた会議の場の空気が霧散して重くなっていく。


「シシリアン様」


 重い空気の中、先程アブソリュートに声を荒げた宰相が声を上げる。


「なんだ宰相……」

「私も王女様に同意いたします。彼からの情報は有用でしたが、他国の高位貴族の跡取りを戦場にまで同行させるのは危ういかと」


 宰相の意見を皮切りに次々と反対の意見が出される。


「確かに……」

「そもそも他国の、しかも学生を巻き込むこと自体私は反対だ」


 シシリアンは小さく嘆息すると、このままでは収拾がつかないことを判断して多数決にて決めることにした。


「では多数決で決めよう。アーク卿の同行に賛成の者は挙手を」


 何人かは挙手したが会議の参加者からすると僅かなものだった。

 賛成したのは騎士団長を含む武に精通した者が多い。恐らくアブソリュート・アークから何かを感じ、任せるに足ると判断したのだろう。


「では反対の者は挙手を」


 先程とは違い過半数が手を上げ反対の意を示した。

 アブソリュート・アークは何も言わず腕を組んで瞳を閉じている。


(彼のような敵を作りやすい者にとって可哀想なことをしてしまった。せっかく援軍に来てくれたというのに)


「分かった。第二都市の防衛とブラックフェアリーの討伐はレオーネに一任し、アーク卿には一応私の護衛として城に残ってもらう」


 ほぼ全員が頷き了承する。

アブソリュート・アークを除いては――


「待て」

「すまないアーク卿。せっかく来てもらって悪いがここでの決定には従って貰いたい」

「私は他国の人間だ。そちらの決定に意を唱えるつもりはないが、少しは私の顔をたててもらいたい」

「というと?」

「私は同行しない。だが当家のメイドを同行させたい。さすがに援軍に来たのに後方でのんびりとしていたでは面目がないからな」


 彼の言葉を聞きその場にいた者は皆彼を軽蔑した。

 彼はメイドを同行させることで、席だけ置いて援軍として働いた。と、こう言い張るつもりなのだと。


「勿論見張りをつけてもらっても構わない」

「……レオーネはどうだ?」

「それなら構いません」

「ではアーク卿のメイドをレオーネに同行させる。以上を持って会議を終了する」


 会議が終わり次々と会議室から人が出て行く。

 次々と部屋から去っていき、残るはアブソリュートとシシリアン、そして付き人のビスクドールの三人になった。


「改めて申し訳ない。まさかレオーネがあそこまで頑なだとは――」

「気にしていない。なんならコッソリついていってもいいが、どうする?」


(あれほど失礼なことをしたというのに、こちらを気遣ってくれるのか……。アブソリュート・アーク、評価を改めなければな)


「いや、必要ない。それより別件で頼みたいことがある」


 アブソリュート・アークをただ泳がせておくのは惜しい。故にこの機会に彼の能力を試してみようと考える。


(まだ何の手掛かりを見つけ出せていないあの件を彼に任せてみよう。もしかしたら解決の糸口が見つかるかもしれない)


 シシリアンが依頼するのはとある事件。


 犯人が未だ分かっておらず半ば迷宮入りしている王族殺害事件。


「私の父スイロク王国国王を殺害した犯人を探して貰いたい」


 スイロク王国国王を毒殺した犯人の解明だった。


――――――――――――――――――――

『悪役貴族として必要なそれ』コミカライズ版第1巻が3月27日(水)明日発売です。

 皆さまコミカライズのアブソリュート・アークもよろしくお願いします。

 

 

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是非フォローをよろしくお願い申し上げます。

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