47 最後の挨拶(ルーツ視点)

 夢の中で見た老婆を、コピーのルーツとサナは長老と呼んだ。夢の通りだ。もしかすると、この人が俺にあの夢を見させていたのか。


「言った通りであったろう、オーデルグ。お主の夢は儚く散った」

「そうか……、あなたは、破壊神トコヨニか」

「いかにも。情けないことに、創造神サカズエは吸収されて消えてしまったが、私はそうはいかなかった。結末を見届けたかったのでな」

 ルーツとサナがトコヨニに近づき、抱きつく。サカズエだったら考えられないその関係に、俺は驚いてしまう。これのどこが破壊神なのだろうか。


「長老は破壊神だったのでしょう?」

「だったらオーデルグが目的を完遂した方が良かったのでは?」

「いいや、私は何があってもお主らの選択を見届けるつもりじゃった。そうすることに決めておったからな。破壊神の使命に向き合うのは、今ではなかった」

 ルーツたちの会話に俺は苦笑する。この状況を見れば、世界を救ったのは破壊神だ。


「そうだ、ブラストと皆は!?」

「心配するな。ブラストは俺の敗北を悟り、あの場を去った。もう戦いは終わっている」

 俺はルーツに答えた。感知はできている。ブラストはもうあの場にいない。紫の水晶を壊してしまったので、もう向こうからここへは転移もできないだろうが。


「さて、オーデルグよ。力を使ってしまったな? その様子では、もう長くはない」

「元々あと半年も生きられない身体だった。それが早まったというだけです」

「最後に、話したい者はいるか? 転移で呼んでやろう」

「何ですか、それは? あなたは本当に破壊神なのか?」

 その恩情は、冷酷な創造神サカズエと全く違う。二人は逆だったのではないかとも思ってしまう。


「話したい相手、か。同志たちは友達ではないし、俺にそういう相手がいるとしたら……」

 3年前だったらサナ王女とジャックとリリィだろう。今はもうサナ王女は除外だが。今ならブルーニーもか。きっと殴られるだろうが。


「そういえば、さっきブルーニーがリーダーを引き継いだとか言っていたな? バスティアンに何があった?」

「バスティアンにあの状況でリーダーが務まったと思いますか?」

 サナが呆れたような声で言った。その様子に俺は少し興味が湧いた。


「当たりが強いな。コピーのサナ、君はバスティアンをどう見た?」

「あの人はダメでしょう、自分本位だし。私がオリジナルだったらどうしていたとか、よく分からないことを言ってきたので、あなたは好みではないと伝えてあげました」

「な……!?」

 なんということだ! 君が、バスティアンにそう言ったのか……。サナ王女の完全上位互換のような君が、バスティアンに、お前はタイプではない、と!


「ぷっ、くっくっく!!」

「え?」

「あーーっはっはっはっはっは!! それは傑作だ!! バスティアンの顔が見ものだったな!! あっはっはっはっは!!」


 俺は思わず爆笑してしまう。きっとバスティアンは、サナ王女をダメにしたのは自分なのではないかと思ったのだろう! サナ王女に比べて強く真っ直ぐに生きているコピーのサナを見て、自分のせいだったのか確認したかったに違いない! そこにお前はタイプではないと告げるとは! それはさぞかしバスティアンに効いただろうな!


「オ、オーデルグ?」

「ど、どうしたんですか?」

「いやなに、よくやってくれた!! こんなに痛快なのは、本当に久しぶりだ! あっはっはっは!!」

 復讐、世界の変革など、重いことばかり考えていた俺の心に、シンプルで子供のような心が蘇ってしまった。ただバスティアンに、いい気味だと、そう思ってしまう!


 ひとしきり笑った後、俺はトコヨニに目を向けた。


「トコヨニ。転移で人を呼んで下さるというのなら、ブルーニー、ジャック、リリィ、そしてサナ王女を頼みます」

「え!?」

「オ、オーデルグ……! サナ王女はやめた方が……」

「構わない……。俺も、彼女と話してみたいことができた……」


 トコヨニは転移魔法で彼らを呼び出してくれた。サナ王女は面食らっていた。まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったのだろう。トコヨニは、俺の寿命が長くないことを彼らに説明してくれた。


「よお、オーデルグ。いや……ルーツ!」

「やあ、ブルーニー。しばらくだな……」

 予想通り、ブルーニーに一発殴られた。覚悟の上だった。俺の胸ぐらをつかんだまま、ブルーニーは言葉を続ける。


「ルーツ……。てめえはもっと人を頼るべきだったんだよ……。嘘ばっかついて、一人で勝手に決めやがって……」

「すまなかった……。お前と出会えて、本当に良かった……」

「墓参りには行ってやる……。美味い酒でも差し入れてやるよ……」

「ありがとう……。本当にすまなかった……」

 今になって心から謝罪する。お前は俺が裏切る直前にも俺を気にしてくれていたというのに……。


 ブルーニーが歩き去り、次にジャックとリリィが俺の前でしゃがみ込んだ。二人には、ブラストとの激闘の痕が身体中に残っている。


「ルーツ……」

「オーデ……ルーツ……」

「そんな顔するな、二人とも……。全部、俺がしでかした悪事のせいなんだから……」

「そんなことないよ、ルーツ。俺たちは、君に何があったのか、ちゃんと調べるべきだった」

「うん……。ニーベ村の事件も、全く想像もついていなかった……」

「人を助けるには、助けられる側も手を差し出さないと無理だ。俺はそれをしなかった……。だから、俺のせいだ……。本当にすまなかった……」

「ルーツ……、相変わらず優しい……。昔と、変わらないわ……」

 リリィはそのまま顔を覆って泣き始めた。


「あと、サナ王女のことだよ……。俺たち、何のフォローもしなかった……」

「しようとしてただろう?」

「え?」

「サナを叱ろうとか、二人で相談していたじゃないか」

 そう、そんなことがあった。飛空艇の中でだ。二人は確かにその相談をしていた。


「聞いていたのか……」

「ああ、聞いてしまった……。それだけで十分じゅうぶんだよ……」

「そっか……」

「ニーベ村の跡地には皆の墓が作ってある。墓参りしてあげてくれると嬉しい」

「……必ず、行くよ」

 俺はジャックとリリィと握手をした。ジャックとリリィが歩き去る。


 遠目にサナ王女を見た。コピーのルーツとサナが何か念押ししているようだ。二人とも、心配性だな。今更、サナ王女に何かやらかされたところで、何にもならないから大丈夫だというのに。


 サナ王女は静かに俺の前に来た。ジャックやリリィよりも怪我が酷い。顔に腫れが出来ていた。


「ルー……ツ……」

「再起不能だと思っていた。よくここまで来たな、サナ……」

「もう一人のサナが、回復魔法で治してくれた……」

「そういうことだったのか、回復魔法の使い手がいたとは……。あのは凄いな……」

「凄いよ……。私なんかと全然違う……」

 サナ王女は下を向いた。


「ルーツが、私を呼ぶとは、思わなかった」

「うん。呼ぶつもりはなかった」

「!?」

 サナ王女がビクっとしたのを感じる。だが、フォローの類はしない。


「ただ、君にも聞いてみたかったんだよ……。コピーの二人が俺たちだったら、どうだったと思う?」

「え……?」

「考えたこと、無かったか?」

「……あるよ」

「どうだったんだろうな、あのルーツが俺だったら……。復讐や世界変革より、泥をすすってでも、君を救い出すことを優先したのかもな……」

「……違うよルーツ。その前に、あのサナが私だったら……。お父様の計画を察知して、ニーベ村を助けに行ってた……」

「そうか……」

「そうだよ……」

 全ては想像。コピーの二人の真っ直ぐさは、彼らの生きてきた環境がはぐくんだのだろうから、俺たちに置き換えるのは違うんだと思う。でも、想像せずにはいられなかった。それは、サナ王女も一緒だったのだ。


「ルーツ……もう一つだけ、聞いてくれる?」

「……いいよ」

 見ればサナ王女は涙を流している。


「私がやってしまったことについては何も言わない……。私がルーツにその許しを乞うのは、卑怯なことだから……」

 君がそんな心境になるとは。さっきコピーの二人に念を押されていたのは、これか。


「でも、これだけは、伝えさせてほしい。私は、昔の方が幸せだった……!」

「昔?」

「そうよ! ルーツがいて、ジャックとリリィがいて、ニーベ村の皆がいて! 皆優しかった! 楽しかった! 皆と一緒に生きていられればそれで良かったのに! どうして……こうなっちゃったの……?」

「……」

 本心だと思う。きっとこの言い方は。俺にとっても、思い出は本物だった。


「戦乱に翻弄されてしまったな。俺も、君も……」

「……」

 しかし、俺はサナ王女に共感は示さなかった。俺と君の道は、分かたれたのだから。


「今度こそ、本当にさよならだ、サナ……」

「うん……。聞いてくれて、ありがとう……」

 サナ王女は手で顔を覆い、声を上げて泣きながら歩き去った。


 コピーのルーツとサナが俺の元まで来た。


「最後の最後にサナ王女と向き合うとは……」

「大丈夫でしたか、オーデルグ……?」

「問題ないさ、ありがとう。彼女に色々と念押ししたのは君たちだろう?」


 トコヨニはブルーニーたちを転移魔法で元の場所に送り、俺たちのところまでやって来た。


「私たちは村に戻る。オーデルグ、お主も来るが良い」

「え……?」

「お主には義務がある」

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