45 英雄の存在意義

 ルーツたち冒険者チームの行く先には、オーデルグ一味が5名待ち受けていた。チームメンバーに怪我人を出しつつ、全員を無力化した。


 オーデルグ一味は、彼らのやろうとしていることを語った後、何かの魔法を使って周囲の人々と同じように石になってしまった。


「人間に変わる新たな生命、か」

「なんてことを……」

 ルーツとサナが呟く。ネロやシンディたちも、オーデルグの目的に嘆きの言葉を呟いた。幸せな夢を見ながら穏やかにとは言うが、やはりそれは立派な人殺しなのだから。


 ルーツたちは赤い魔力の発生源を破壊すると、合流地点に移動した。ブルーニーのチームも成功し、赤い魔力が消え去って皇帝の宮殿への道は開けた。


 しかし、肩を貸して連れ戻って来た怪我人も多く、皆地面に座り込んでいる。


「確認しておくが、サナに回復魔法を使わせるのは無しだ。消耗させるわけにはいかないからな」

 冒険者の一人が念押しで言った。


「ああ、分かってます。俺は、ここまでだ」

「私も……」

「俺もだ……」

 怪我を負った者たちが悔しそうに口にする。バスティアンを含む怪我人たちは、冒険者のドラゴンを使って飛空艇に引き上げていった。


「さあ、行こう!」

「ええ。まだまだこれからが本番よ!」

「そうだ、行くぜ!」

 ルーツとサナとブルーニーが皆に気合を入れた。そして全員で皇帝の宮殿へと駆け出した。


 彷徨うろついている黒い影が襲って来たが、ヒルデのような幹部クラスの強さは感じず、ルーツたちは次々と撃退していく。


 宮殿の大階段を駆け上がり、皇帝の玉座の間に一人の男が待っていた。


「よぉ、ついにここまで来たな」

 それは、オーデルグ一味のブラストだった。ヒルデと組んで、ルーツとサナの猛攻を凌いだこともある、破壊神トコヨニの配下も単身で打ち倒した強敵だ。


「お父様……」

 ふいにサナ王女が呟く。2つある玉座の片方に、ミストロア王が座らせられて石化していたからだ。他方にはドゥルナス皇帝がいる。


「感慨深いか、サナ王女?」

「いいえ。お父様は私に関心が無かった。私も3回くらいしか会ったことがない」

「そうか、徹底してたんだなぁ。ミストロア王が関心を寄せていたのは息子の方だよ」

 ブラストが皇帝を指差す。ミストロア王国との戦争が早期終結した裏にはそういうカラクリがあったのかと、ルーツは思った。


「この親子は大国を自由にできる上、創造神サカズエという後ろ盾までついてしまった。その結果がこの戦乱だ。くだらねーよな、人間って奴は」

「そういうことだったの……。愚かなお父様。あなたたちの夢が、多くの人を傷つけた……」

 サナ王女は下を向きながら言った。


「ブラスト、お前も、復讐のためにこんなことを?」

「もちろんだ。もっとも、俺の家族はこの時代の人間ではないがな」

「え?」

「俺は遥か昔の古代人だぜ。自分の時間を止め、長い時を過ごした後に、今の時代に蘇った。俺は、かつて創造神サカズエと共に戦った」

「なに!?」

「サカズエと!?」

 思わぬ情報に、皆が次々と声を上げる。


「あの頃は召喚魔法もまだ存在していなかった。その代わり、俺たちのような特殊な才能を持つ人間が英雄として創造神サカズエに見出されていたんだ。だが、破壊神トコヨニを倒した後、俺たちの力が人間から危険視されたんだよ。そんで、オーデルグの旦那と同じように、一族もろとも滅ぼされちまった。サカズエは、英雄の力を危険視することに同意して止めもしなかった」

 ブラストの独白に、ルーツも顔をしかめる。この男もまた人間の悪意の被害者なのだ。


「断言するぜ。俺たちが正しい。俺の時代とおんなじような虐殺ことをやってるんだからな、人間は」

「だから、新しい生命を創ると?」

「ああ、そうだ。俺はそれを見てみたい」

 ブラストのその言葉がルーツには引っかかった。だから、質問をしてみることにした。


「あなたは、今の人間を滅ぼすことに躊躇ためらいは無いのか?」

「ねぇよ。誰よりも人間の醜さを知ってる自信があるからな」

 ブラストは断言した。どうやら世界の破壊に一番こだわっているのはこの男らしいとルーツは思った。


「オーデルグも、同じだと思っているの?」

「あん……? そもそもこの魔力結界を考案したのは旦那だぜ? 俺だけだったら夢さえ持てなかった」

 サナの質問にブラストが答える。しかし、質問ははぐらかされた。つまり、ブラストはオーデルグに迷いがあることを自覚している。


「ブラスト、あなたはオーデルグとちゃんと話をしたのか?」

「言い方に棘があるなぁ。俺たちは同志だが、何でもかんでも考えが一致しているわけじゃないぜ。旦那だって俺を利用してるんだ。そういう関係だよ」

 ルーツの言葉にブラストが反応した。


「もういいぜ。邪魔をするっていうなら、ここでお前らをぶっ殺す!」

 ブラストが腰を落として気合を入れると、辺りに凄まじい闘気が溢れ始めた。


「ルーツ、サナ、先に行け!」

「こいつは強敵だ! 勝ち切るには消耗戦になる。お前らを消耗させるわけにはいかねーぞ!」

「ああ、ここは我々が食い止める!」

 冒険者やブルーニーが口々に言った。


「何だよ、どうせならサナ王女を行かせろよ、創造神サカズエの使徒なんだろ? そうすりゃ俺たちの勝ちは確定なのによ」

「私は、ルーツの、オーデルグの元に行く資格は無い。ここで、あなたを足止めします! いでよ、ニーズヘッグ!」

 サナ王女の召喚魔法で、ニーズヘッグが現れる。そして乱戦が開始されると、ルーツとサナは風魔法の高速移動で大階段を駆け上がった。


 ブラストは妨害しようとしたが、周りの援護で、ルーツとサナは問題なく先に進むことができた。


 ルーツたちは玉座の間を抜け、階段を駆け上がる。そこには、転移魔法陣が作られていた。恐らくこの先にオーデルグがいるのだとルーツは思った。ルーツたちはその魔法陣に足を踏み入れた。転移先は、特殊な異空間のようだった。


「ここは……」

「オーデルグが創った空間のようね」

「その通りだ」

 前方から声が聞こえた。闇の魔力で雑音まみれの声だ。


「やはり来たか、コピーの二人。結局お前たちが最後に立ちはだかるのだな」

「ああ、そうですよ」

「今度は、別の大義を持ってあなたを止めます」

「改まってどうした?」

 オーデルグが訝しげな声を上げる。


「さっきブラストと話して確信した。あなたは世界の破壊に躊躇ためらいを持っている。そうでしょう?」

「なに?」

「この魔力結界の在り方自体も、それを物語っています。どうしたら残虐でない死を人々に与えられるのか、あなたは悩むに悩んだんだ」

「…………」

 ルーツとサナの言葉に、オーデルグは答えない。代わりに別のことを口にした。


「人間が人間である以上、この戦乱が収まったとしても、必ずまた同じことが起こる。その芽は摘まなければならない。俺が人間として最後の罪人になることで、それが実現できるのなら、それで良い」

「罪だと思っているのなら、やはりあなたも人間なんですよ」

「だからこそ、私たちにできた新しい大義は、あなたを救うことだ!」

「……どこまでも真っ直ぐだ、お前たちは。しかし、俺は今更選んだ道を変える気はない。力でお前たちをねじ伏せ、先へ進む!」

 そう言うと、オーデルグは暗黒竜ラグナロクの封印石を取り出した。


「とことんまでやりますよ、オーデルグ。俺たちも力づくで無理やりあなたを救う!」

 ルーツが叫ぶと、サナは右手を前に出した。


顕現けんげんせよ、暗黒竜ラグナロク!」

「いでよ、召喚獣、ハデス!」

 オーデルグとサナの言葉に合わせて、巨大なドラゴンと、ローブを羽織った巨人が姿を現した。

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