05 鳥かごの王女(サナ王女視点)

 ミストロア王国が敗北し、王女である私はメルトベイク帝国に移り住むことになった。つまりは人質だ。王である父は極刑こそ免れたものの、父が反旗を翻さないようにということだろう。


 最初は毎日泣いていた私だったが、少しずつ新しい生活にも慣れて来た。


 人質である以上、命を取られるようなことは無いと思ってはいたが、無理やり誰かにとつがされるくらいのことは覚悟していた。しかし、それも無かった。


「サナ王女、失礼いたします」

 部屋のドアから声が聞こえた。帝国に来てから私の世話係をしているバスティアンという兵士だ。


「どうぞ……」

 私が返答すると、バスティアンはドアを開けて中に入ってきた。


「ご気分はいかがですか、サナ王女」

「今は大丈夫よ。最近はよく眠れるようになったもの」

「それは良かった。健康第一ですからな」

「ありがとう」

 私を敬うようなことを言っているが、油断はならない。この男も帝国の人間なのだから。


「それで、何の用?」

「本日、皇帝陛下がここをご訪問されます。あなたに会いたがっておられますので、ご対面をお願いしたい」

「皇帝が、ここに!?」

 何を考えているのだろう? 皇帝ほどの人間がわざわざこんな秘境を訪れるとは。それに、私に会いたがっているというのはどういうことだろう。まったく分からなかった。


「いいわ、会ってやりましょう!」

 強気で言い返したものの、それは空元気だった。故郷の仇敵とも言える皇帝との対面に、緊張しないはずがなかった。私の緊張を見透かしたように、バスティアンは声をかけてくる。


「皇帝陛下はあなたに危害を加えようというのではありません。ご心配なさらず」

 そうなのだろうと思ってはいたが、人から言葉として念押しされると、気持ちがある程度和らいだ。



    ◇



 やがて皇帝が到着し、対面の場が設けられた。バスティアンは畏まってひざまずいていたが、私はそうする気にはなれず、立ったまま皇帝の入室を見届けた。


「バスティアン、そう畏まらずとも良い、面を上げよ」

「はっ!」

「サナ王女には、そのような言葉は不要のようだな」

 皇帝は笑いながら私に着席を促し、私は椅子に座った。


「さて、サナ王女。私がわざわざこんなところまで足を運んだのはそなたに会うためだ。それが何故か分かるか?」

「いいえ、全く分かりません……」

「そうか、少しくらいは察するかと思ったが。どうやらそなたの父上は何も教えていないようだな」

「父? 父が何か?」

「ミストロア王国の王族は、かつて世界の危機を救った英雄の末裔なのだよ」

「世界の危機を……救った?」

「ふむ、まずはそこから説明が必要かな」


 皇帝はおとぎ話のような物語を語った。


 かつて世界には創造神サカズエと破壊神トコヨニがいた。サカズエは万物を創造し、トコヨニはそれを破壊する。それを繰り返すことでサカズエが創り出すものはどんどんと強く進化し、現在の人間の世となった。それでもトコヨニは定期的に世界を破壊する試みを繰り返して来たが、人間が中心になって阻止し続けているというのだ。


「トコヨニは敗北しても必ず目覚め、新たな試みで世界を破壊しようとしてくる。ミストロア王国の祖先はサカズエと共にそれに立ち向かったのだ」

「皇帝、あなたは、そのような荒唐無稽な話を信じているのですか?」

「くくく、荒唐無稽と申すか。まあ、普通はそう思うであろうな。だが、伝説の召喚魔法を使えるそなたなら、真実であると理解できるはずだ」

「なぜそれを!?」

「秘密にしておいたつもりだったか? だが、サカズエを誤魔化すことはできない。サカズエが、召喚魔法を使える者が誕生したことを感知したのだ」

「まさか、あなたはその創造神サカズエと交流しているとでも言うのですか!?」

「ふ、察しがいいな。創造神サカズエは、メルトベイク帝国と共にある」

「そ、そんな……!?」

 世界の創造神とでもいえる存在が、他国を侵略している帝国につくなど。そんなこと、信じられるわけがない。そもそも、創造神の話だけでも信じられないのに!


「そなたが召喚魔法に目覚めたということは、破壊神トコヨニが活動を再開したということだ。メルトベイク帝国はいずれ世界を征するつもりだが、そのためには世の安寧も不可欠だ。サナ王女、そなたには破壊神トコヨニの討伐を命じる」

 意味不明だ。理解できない。話が大きすぎる。私は混乱していた。



「言葉だけでは信じられぬか。良いだろう。サナ王女、そなたをサカズエの元に案内しよう。そうすれば、そなたの血が使命に目覚めることであろう。バスティアン、後を頼む」

「仰せのままに」

 皇帝はそれだけ告げると、さっさと部屋を出ていってしまった。


「それではサナ王女、あなたを創造神サカズエの元にご案内いたします。こちらへどうぞ」

 そう言うと、バスティアンは私を建物の玄関に案内した。そこには既に馬車らしきものが用意されていた。私をサカズエとやらの所まで案内することになるのは織り込み済みだというわけだ。


 バスティアンが先に乗り込み、手を出して来る。私は差し出された手を無視し、自分で乗り込んだ。


「はは、手厳しいな」

 バスティアンは一瞬自分の手を見た後、引っ込めた。一瞬でも動揺させることができたのだろうか。だとしたらいい気味だ、帝国人め。


 その乗り物は外を見ることができないように作られていた。サカズエがいる場所までの道のりを隠すためだろう。また、馬が牽引するわけでもないようだった。


「外を見られないので息苦しいと思いますが、どうかご辛抱を」

「問題ないわ」

 揺れも大きくなかったし、乗り物酔いすることもなかった。どのくらい乗っていたのだろう。帝国人であるバスティアンと話すことなどないので、無言の時間が続いていたが、やがて目的地に到着した。徹底的に秘密を守りたいらしく、到着したのも建物の中だ。


 バスティアンは再び先に降りて手を出して来たが、今度も無視してやった。


「サナ王女! ここの床は滑るので無茶をなさらず!」

「え……? きゃあ!!」

 勢いよく飛び出した私は、着地で滑って転倒してしまった。いや、転倒まではしなかった。バスティアンに抱きとめられていたのだ。バスティアンはゆっくりと私を起き上がらせる。


「あ、ありがと……」

「いえ、お礼を言われるほどのことではありません」

 バスティアンは私を先導し、歩き始めた。


 不覚だ。帝国人にあんなことをされてしまった。しかし、やはり軍人だ。その腕の逞しさは常人の比ではなかった。そう、故郷で触れ合った幼馴染のルーツよりも。


「……」

 私はなぜかバスティアンの後ろ姿から目を離せず、目的の部屋に到着するまでずっとそうしていた。


「失礼します。ミストロアのサナ王女をお連れしました」

「入りなさい」

 バスティアンがその部屋に向かって挨拶をすると、低く通る声が返ってきた。バスティアンは扉を開け、私も中に入る。


 質素な部屋だった。物がない。だが、部屋の中央にいたモノを見た瞬間、私は電撃に襲われるような感触を味わった。


 それは男性のようだったが、人には見えない。下半身がないのだ。胴体のある場所から先がモヤのようになって視認することができない。


 何より、私は心の底で理解してしまった。これは間違いなく私たちより上位の存在だ。創造神ということで間違いない。皇帝の言った通り、私に流れるミストロア王家の血が認めてしまう。


「創造神……サカズエ?」

「いかにも。ようこそサナ王女。そなたの先祖には世話になった。しかし、再び力を借りる時が来たようだ。共に破壊神トコヨニを倒そうぞ」

「待ってください! その前に、あなたはなぜ、メルトベイク帝国などに加担しているのですか!?」

「なぜ、とは?」

「帝国は他国に侵略を繰り返しています! ミストロア王国だって、あいつらに!」

「すまぬが、私は人間の世界に直接は関わらぬ。創造したこの世界が保つことだけが私の存在意義なのだ。帝国には力がある。破壊神トコヨニと戦うにはうってつけの国だ」

「そ、そんな……」

「帝国と争っている国がたくさんあるのは知っている。しかし、まずは世界の安寧が先だ。世界が滅びてしまえば、帝国もその他の国も無くなってしまうのだから」

「…………」

 私は言い返すことができなかった。帝国には恨みがある。ミストロア王国での楽しかった日々を返してほしいと思う。しかし、世界と天秤にかけるようなことを言われては……。


「戦いの日は近い。それまで、力を蓄えるが良い。私もここからそなたに助言を与えよう」


 サカズエの言い分に納得はできなかったが、私とバスティアンはミタインズ地方の宮殿に戻ることにした。


 帰りの車の中で、バスティアンが私に話しかけてきた。


「私はサナ王女と共に戦う使命を与えられております。最後までお供いたします」

「そう。勝手にしなさい」

「はっ。それと、サナ王女にはかなり大きな特権が与えられます。仮にあなたの故郷の友人が反帝国同盟に加担していたとしても、恐らく無罪でチームに引き入れることができます」

「え……?」

「それだけ、帝国も破壊神トコヨニを警戒しているということです」

 故郷の友人。そう呼べる人はそれほど多くはない。私は普段は貴族としか公式な交流を持てなかったが、同年代を含めて胡散臭い連中ばかりでまともに交流しなかった。信用できたのはジャックとリリィだけだ。そして、平民であるルーツ。


「……」

 彼らが大切な友人である事実は変わらない。しかし、帝国で暮らすうちに、少しずつ彼らの存在が自分の中で小さくなって来ていることを私は感じていた。

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