第016話、訪問2件目、少しシリアスな話です。



次の2件目に到着した、先程の1件目の家と比べると小さな家だ、庭もなく周りは塀に囲まれている、トッキーさんが説明をしてくれた。


「ここには独り暮らしの女性が住んでいます、年齢は98歳です」


「98歳で、独り暮らしですか」


ひとりで住んでいるなら、身の周りのことは自分で可能な人なのかな、さっきみたいに偏屈でなければいいけど。



トッキーさんと共にその家に入って俺は驚いた、部屋は3つあり家主である女性がいる部屋はベッドと机だけある、机の上にはノート? が置いてある、その部屋以外の2部屋は完全に物置になっている、それでも置いてあるのは着替えやタオル等だけである、そして住んでいる女性は……


「こんにちは、ミーカさん」


「こんにちは…」


女性の名前は『ミーカさん』 ベッドに寝たまま挨拶を返してきた、寝たきりの状態で自分の力では寝返りもできないらしい、声は弱々しいけど表情は穏やかだ、こちらの話すことは理解できているが返事は単語だけとのこと。


「今日はね、もうひとり連れてきてるの、珍しいけど男性の治癒師さんだよ」


トッキーさんは俺をミーカさんからよく見えるように前に押しだして紹介する、驚きで言葉につまってしまった。


「こ、こんにちは、サルナスといいます」


こんな状態でひとりで暮らしてるの? 動けないのにどうやって生活してるんだろ? 俺は疑問を頭に思い浮かべながらミーカさんを見た。


「こんにちは…」

ニコッ


(あ、笑ってくれた)


俺はミーカさんの笑顔を見て少しホッとした、弱々しいけど苦しそうではないし顔色も悪くはない。



「さて、今から診察をしますね」


トッキーさんはそう言ってミーカさんの全身状態について、新しくできた傷や痣がないか、肌の色や状態はどうか、服を脱がせながら細かく観察していく。



「うん、状態はいつもと変わりないみたいですね、後は食事や排泄はどうかな?」


ベッド横にある机のそばにトッキーさんは移動して、机の上にあるノートを手に取り読んでいく、なにが書いてあるノートなのか気になる。


「そのノートはなんですか?」


「このノートにはミーカさんの食事や排泄、他に気になるような症状とかが書いてあるの」


ノートを読ませてもらうと、日付と食事の量、例えば10割のうち○割くらい食べたとか、あとは排泄の回数が書いてある、気になるような症状については特に書いてない。


「? 独り暮らしですよね、誰が書いてるんですか?」


「近所の人達よ、ミーカさんは見ての通り寝たきりの状態なの、だから近所の人達が交代で食事やトイレのお世話をしてるけど専門的なことはわからないから、私たち治癒師がこうやって様子を見に来るの、皮膚も弱くなってるから傷や痣ができやすいし心臓も弱くなってるから顔色とかもみて、場合によっては魔法をかけるわ」


「なるほど、近所の人達の助けがあるんですね」


近所で支えあって生活してるのか、そのおかげで寝たきりのミーカさんでも生活できてるんだな、俺は近所の人とはあまり交流がない、将来の事を考えて今からでも交流を持つべきだろうか。


「いまの状態なら、いつもと大きくは変わりないみたいだし、ノートにも苦しんでたりとか特に症状は書いてないから、今日は魔法はしなくても大丈夫そう」


よかった、でも弱々しい感じもするし念のために体力を回復させる魔法をかけておこうかな、俺はあまり深く考えず単純にそう思った。


「そうですか、でも一応、体力回復の魔法をしておきますね! 俺はまだまだ余裕ありますし、強めの魔法もできますよ、ゲンキ…」


苦しくはなくても弱々しいから、体力を回復した方が楽になるよな。


「ちょっ! ちょっと待って!!」


「えっ?」


俺は魔法をかけようとした手を止める。


「ん~ 高齢になってくるとね、魔法で体力を回復してもその魔法が切れた時に、その落差で身体に負担がかかってしまの」


「あっ……」


「その落差も若い人ならあんまり気にならないけど、98歳ともなると落差で苦しくなる場合があるの」


「そう…… なんですね、すみません考えが足りませんでした」


俺は自分の考えが浅いことを恥ずかしく感じて、顔をうつむかせる。


「普段、治療院に来る患者さんは比較的若い人が多いし、高齢でも動ける人が多いけど、私たち訪問治療の患者さんは動けない人も多いし、幅広くいろんな人がいるわ、年齢だけじゃなくて、生活環境、生活習慣、それらを総合的にみて、状況に応じた対応をするの」


「はい……」


「落ち込まないで大丈夫よ、それを学ばせたくてイワさんは、今回の訪問治療にサルナス君を同行させたんだから」


「……」


最近は治癒師としてうまくいってたし、治療院ではよく褒められた、重症の人も助けた、瘴気に狂わされた魔物も救った…… 俺は凄いし魔法は万能だと調子に乗っていた


俺は危うくミーカさんの身体に負担をかける魔法を使うところだった、若ければ大丈夫だけど高齢であるミーカさんの場合は命に関わる危険もありうる。



「がんばって…」

ニコッ


ミーカさんが笑顔で励ましてくれた、優しい笑顔だ。


「ありがとうございます、頑張ります」



***


訪問後の帰り道。


「今日はお疲れさま、良い学びができたようで、連れてきた甲斐がありました」


「はい、気持ちを初心に戻すことができました」


「うん、サルナス君は魔力も多くて魔法の威力も強いと聞いてるわ、だから使いどころを間違えないようにね、間違うとサルナス君が後悔する結果を招いてしまう場合もあるということを覚えておいて」


「はい、今日はありがとうございました」


「今日は現地解散でいいらしいから、このまま帰ってもいいよ、またよろしくね」


「はい、失礼します」



***



帰宅、俺は布団に寝転び今日の訪問を思い返す。


「今日は疲れたな… なんというか精神的に疲れた、今までは、怪我→魔法使う、疲れた→魔法使う、病気→魔法使う、って感じであんまり考えなくても問題なかったから」


技術だけでなく、知識や観察力、状況に応じての臨機応変さ、それらをうまく扱えるための経験値、考えさせられることの多い1日だった。


「普段はトッキーさん一人で訪問をしてるらしい、一人で考えて決断して対応する、俺だったら不安しかない凄いよトッキーさん」


「明日は休みだったな、何しようかな、、、 ぐ~」


俺は明日の事を考えながら眠りについた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る