二匹が、疾る(はしる)

進藤 進

第1章 ニ匹の狼

どこまでも続く闇の中を、二人の若者が疾けていく。

ひたひたと音もたてず、4本の足が迷いもせずに進んでいく。


かなり長い距離を猛スピードで走っているにもかかわらず、二人の呼吸は乱れていない。


若者の名は、松島定康と豊川和正。

それぞれ、松島藩主と筆頭家老の嫡男である。


十七歳と十八歳の、たくましい若者ぶりである。

 

「和正、後はつけられてはおらぬか・・・?」 

「大丈夫です・・・。ぬかりはありませぬ」


和正は不敵な笑いを浮かべて答えている。


「そうか・・・。急げ、時間がない」


「はっ・・・」


闇の中を、まるで二匹のオオカミのようにかけていく。


風が二人の後を追ってくる。

遠くの方で、小さな灯が見え隠れしている。


「若・・・あそこでございます」

「和正・・・油断するな」


二人は慎重に近づいていき、顔を見合わせると、すばやくとびこんでいった。


※※※※※※※※※※※※※

 

「どこじゃ・・・どこにおる?」


定康は目隠しをされた顔から汗をしたたらせ、泳ぐようにさまよっている。

和正は手足をつかまれ、じっとそれを見すえている。


喧騒が定康をはやしたてるように、鳴り響いている。


「鬼さんこちら・・・手の鳴る方へぇ・・・」


女達の歓声と三味線の音が、座敷中に響いている。

和正は女達に手足をつかまれ、口移しに酒を流し込まれている。


「ほーら、つかまえたー・・・」

「きゃーっ・・・」 


定康が、おいらんの小雪の身体を抱きしめながら、崩れるように倒れ込んだ。

そして目隠しを取ると、うれしそうに声を出した。


「やっぱり、小雪じゃー。この匂いですぐわかるぞぉ・・・」

小雪の胸の谷間に、顔を埋めている。


「もう、若のスケベー。あんっ・・・ダ、ダメェ・・・」 

白い足が艶かしく、裾をわっている。


「今度は和正の番じゃ。ほれ、何しとる・・・?」 


和正は苦笑いを浮かべ、杯を重ねている。

それでも、しっかり左手は女の股間をはっている。

 

「私はいいですよ。それより、若、そろそろ・・・」 

「おお、そーじゃ。でも、急いだかいがあったのー、小雪ちゃんに会えたからのー・・・?」


小雪は、うれしそうに定康にもたれている。


「うれしゅうございます若様。でも、よろしいんですか、黙って、城を抜けてくるなんて・・・」 


「いーの、いーの・・・。もうすぐ、城主を継いじゃうかもしれないし、遊ぶのは今だけだもんなぁ・・・」 


「そーです。来年には江戸にゆかねばならぬし、この遊びも今年が最後じゃ・・・のー・・・・?」 


そう言うと、回りの女どもをたくましい腕で引き寄せている。


「きゃーっ」


座敷中、喧騒に包まれ、もう何が何だかわからない。

定康と和正はニヤニヤ笑いながら、夢の中をさまよっている。


※※※※※※※※※※※※※


「カーツ!」

仕置棒が二人の肩に同時にとんだ。


「イテーッ」

二人は同時に顔をしかめた。


「修業が足りませぬ」


こんもりとした森に包まれた寺の本堂に、二人は座禅を組まされている。

時折、鳥の声が幾重にも聞こえている。


肩の痛みがジーンと痺れるように残っている。


「何で・・・次期城主ともあろう俺が、こんなボロ寺で修業せねば、ならぬのじゃ・・・」 


「そうですよ・・・あのクソオヤジ・・・自分も若い頃、さんざん遊んだくせにぃ・・・。」 


二人は広い本堂の廊下を並んで、ゾウキンがけをしている。

どたどたと、4本の足が繰り返し往復している。


「それにしても最高じゃった・・・。小雪ちゃんはやっぱりいい。三発も、やってしもーたぞ・・・・」 


「若も、好きじゃのー。・・・」


「何を言うか。和正なんか、二人も寝床に呼んでおいて・・・この、ムッツリスケベ」


二人はお互いに悪態をつきながらも、長い廊下を何度も往復している。

 

「あー、やっと飯にありつける・・何じゃ、今日も粥と漬物だけか・・・」


ようやく朝のつとめから解放されて、二人は朝食の膳の前に座った。

愚痴を言いつつもザブザブと平らげていく。


「でも、先程使者がまいって、昼に城に帰れとの事ですが・・・」

「おー、そーか。これで、このぼろ寺ともおさらばじゃ。どうじゃ今夜あたり、和正・・・・?」

 

「そんな・・・。いくらなんでも今夜というのは、ちょっと・・・」

「バカじゃな、そこがつけ目よ。まさかと敵も、そう思うじゃろうが・・・?」


「まっこと・・。確かに兵法にかなっとります。」 


変なところで納得する和正に、定康は含むように笑うと言った。


「俺はもう・・ホレ、このとおりビンビンじゃ」 

「せっしゃも、でござる・・・」


和正が腰を突き出して言うと、二人は声をたてて笑い合った。

寺を囲む森から、けものの鳴き声が、こだましている。


二月も半ばになろうとする、冬の朝の事であった。  

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