前章 <プロジェクト:DRESSER CODE >

第05撃「凛々しい戦士【RAID】」


 あれから数時間が経過した。

 電灯一つついていない部屋。ソファーに寝転がった汐は目を見開いたままピクリとも動かない。

「……うちのよりフカフカだな」

 ここは汐の自室ではない。

 時間はすでに夜の十一時を回っている。

 ドレッサー・レイドの戦闘、ゼノバスやドレッサー・システムの事、その他諸々の話を聞き終えた時にはそんな時間になっていた。

 夜中に入る前、そんな時間に街中をウロチョロしていてはまた変なのに絡まれる。トラブルを免れるためにも今日はDRESS基地の客間で一晩を迎えることになった。

「……ふぅ」

 目を見開いたまま。寝ようとしないのは当然、組織への警戒もある。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ----数時間前。映像室。汐に告げられたのはスカウト。

 その実力をぜひとも、組織に貸してくれないかという誘いだ。


「なぁ、登録ってのは解除できないのかよ」

 元の変身者がいるのであれば、登録を解除すればいいだけの話ではないだろうか。

「新型システムは一度登録を終えると変更できないようにプログラムされている……これ以上の情報漏洩を避けるためにもね」

 プロフェッサーの口から、登録解除は出来ないと告げられる。

「君にその気がないのならドレス・リモーターだけ返してくれればいい。時間は相当かかると思うが、別のドレッサー・システムの開発を急ぐとするよ……君の自由に関しても、我々組織の事を黙秘するという条件の下、許可する」

 協力しない場合、しばらくの間は組織の監視下に入ることとなる。

 住みづらい生活になるとは思う。だが快適な生活のサポートは必ず約束すると保険をかけてくれるようだ。

「……どうする」

 協力するか、否か。璃亞は返答を待つ。


「俺は、」

[やめておいた方がいい]

 璃亞と汐の間に割って入る少女・莉々。

 彼女は文字を入力したスマホを見せ、汐の言葉を遮った。

「お、おい! テメェは黙って、」

「……」

 また、淡々と文字を入力し始める。

[わかってないと思ってるの?]

 長く続く文字。莉々は画面をスライドさせる。


[貴方はさっきから恐怖を隠している]

「……ッ!!!」 

 動揺した。

 図星なのか、驚愕なのか。或いは激怒だったのか。

 汐の顔色が明らかに青ざめているのが分かる。

[怖いのなら無理をしない方がいい]

 画面をスライドさせたまま、莉々は汐を睨みつける。

[私一人で十分だから]

 やはりその瞳は冷酷のような気がした。尋問室で見せたあの時と同じ、何の躊躇いもなく引き金を引いてしまいかねないあの時と全く同じ。

 画面を閉じ、莉々は去っていく。怯える汐を一人置いて。

「テメェ待ちやがれ! 誰が怖いだって!? 俺は!」

「まぁまぁ、汐君!」

 莉々を追いかけようとするが、その道を塞ぐのは彼女の親である璃亞だった。

「……今ここで答えを出すのは難しいだろう。一晩だけ時間を上げよう」

 彼に与えられたのは、一時の猶予であった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「クソッカスが……」

 機嫌も悪そうに、汐は頭を掻きまわしながら寝返りを打つ。

 OKかNOか。その答えを今夜中に出せとのこと。

「どいつもコイツも俺をバカにしやがって……」

 眠りたくても眠れない。いいや、眠ってなるものか。

 汐の目つきは不機嫌ではある。だがいつもとは何か違う歪みが見える。


「ごめんね。待たせてしまって」

 トラブルを避ける。答えを待つ。

 それ以外にももう一つ。今日一日はここに残ってほしいという理由がある。

「……おせぇよ」

 部屋に入ってきたのは、この客間を提供してくれた璃亞。

 夜中に一つ、話しておきたいことがある……呼ばれていたのだ、彼は。

 同時に汐もソファーから起き上がる。よく見るとクマが目についている。アクビも軽く。明らかに意地で眠気を抑えていたのが見え見えだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ----同時刻。新宿某所。

 『怪獣が出現した』というニュースが流れ始め、世間は既にパニックになり始めている。

「なぁ、聞いたか? また、機械天使が現れたって」

「でもなんか幼いって」

「あの三十年前の映像、本当に映画のワンシーンとかじゃなかったって事……?」

 今日一日の夜の話題は、新たなヒーローの話で持ちきりだった。

 また三十年前の悲劇が起ころうとしている。そして、それを体験したことのない人間は三十年前の出来事が作り物の映像ではなかった事も知る。

「……」

 こんな時間。少女が一人出歩いている。真夜中。黒い私服が怪しく光る。

 ドレッサーである莉々は外の空気を吸うために街で散歩をしていたようだ。


 少女はあたりの人間達の反応を見て回っている。

 怪獣の出現に怯えるもの。機械天使の登場に興奮するもの。その反応は数多あり、野次馬らしくエビで鯛を釣るように話を盛る奴まで現れる。


 十年前、人間の体を乗っ取り姿を消したゼノバス達。

 そして十年たった今、ついにゼノバスは姿を現した。人間達、この地球を乗っ取るために行動を開始した。


 それを止めるため、組織DRESSも本格的に動き出す。


「……ふぅ」

 莉々は何処か重苦しく、息を吐きだしていた。

「ねぇ、お嬢ちゃん。こんな時間になにやってるの?」

 酔っぱらいの一人が莉々に絡んでくる。

「危ないよォ~? おじさんが、おうちまで送ってあげようか?」

「……っ!」

 苦い表情を浮かべ、莉々は酔っぱらいの横を通り過ぎる。

「こらこら。そっちに行ったら危な……あれ?」

 酔っぱらいが振り返る。

 もうそこには莉々の姿はなかった。


         ・

         ・

         ・     


 あまり人が通らない繁華街通り。人気のない通路へと莉々は逃げていた。


「……こほっ、けほっ」

 軽い喘息。莉々は咳をする。

 走るのに疲れたのか。それとも、酔っぱらいの酒の臭さに耐えきれなかったのか。その表情はとても苦しく思えた。





『機械、天シ。』






 不安定な日本語。

 あまりのもぎこちない人間の言葉が聞こえてくる。





「……!」

 莉々はその声を聴いた途端に身構える。

『見つけタゾ。我ラが、敵』

 ゼノバスだ。

 巨大な腕に巨大な脚。太っちょなその肉体はゴリラのよう。

 数時間前に戦ったテナガザルのようなゼノバスとは比べ物にならない肥満体のゼノバスが現れた。

「……倒す」

 莉々は右手をかざす。

 ドレス・リモーターが起動する。小さな光を灯していた半透明のガラス球が輝きを放ち、カードキーの差込口のロックを解除する。

『READY?』

「変身」

 莉々はカードキーを差し込んだ。

『GROW UP.』

 ガラス球から光が放たれ、ホログラムが展開。

 装甲パーツへ姿を変えたホログラムたちが一斉に莉々に張り付き、光を放つ。


 ----ドレッサー・レイド、推参。

 音速の女戦士。ドレッサー・レイヴを継ぐ華麗な少女。美しき姿を披露し、その冷たい敵意をゼノバスへと向けた。


『やハリ、貴様カァアアア!!』

 機械天使。ドレッサーへ姿を変えるとゼノバスは叫び出した。

『見てイタぞ……貴様ガ、貴様が妹ヲォオオオ!!』

 激昂している。発狂している。その体を怒りに震わせている。

『よくモ! ヨクもォオオッ!』

 一歩ずつ、その重い体を進めていく。

『いたカッタだロウ。辛カッタだろう……苦しカッタだロウ……!』

 その瞳には涙が流れているように見える。

『我がイモウトのカたキィイいいイイーーーッ!!』

 まるで咆哮にも近い叫びだ。

 その叫びは波動となる。近場のホテルの看板のランプを破壊し、あたりの電線もちぎれていく。ゼノバスの足元にも巨大なクレーターが出来上がる。


「殲滅」

 妹の敵討ち。そう宣言したゼノバスの背後。

『COMAND. RAIDER TIME.』

 音速の高速移動システム・レイダータイム。

 変身直後にそれは発動されていた。怪物の迅速な始末を実行する。


 まさしく、一秒にも満たない超高速移動。

 飛び上がり足を鎌のように振り上げる。かかとおとしの姿勢。

 足元に装着されているのはゼノバス殲滅用切断兵器【ブレイド・リーパー】。それをゼノバスの肩に押し込んだ。


『ギギ、ギギッ……!』

「!!」

 莉々の表情が険しくなる。

 一度距離を取り、敵の腕の届かない場所にまで退避する。

「……うっ」

 着地の途端、眩暈がする。

 莉々は朦朧としながらもその手をドレス・リモーターへと伸ばす。


 レイダータイムを解除させる。

 自身の体を超高速モードに移行するハイスピードシステム。しかしそれだけのスピードと肉体強化にはかなりの反動がある。つまりは肉体に悪影響を及ぼさせる。

 七秒。見栄を切ったが、今はこれが限界。

 これ以上システムの使用は出来ない。使えば意識がガラスのようにバラバラになりかねない。体が反動に耐えきれないのだ。

『ヌルイ! ぬルイぞッ!』

 数時間前のゼノバスと違い、そのゼノバスは皮膚が厚い。

 ブレイド・リーパーでは貫けない。高速戦闘に特化したドレッサー・レイドの弱点、そのパワー不足が響いていた。

「……違う」

 戦闘状況は圧倒的不利。しかし莉々は振り返られない。

 その瞳は今も尚ゼノバスを捕らえている。背中は絶対に見せない。

「私なら……やれる」

 前進。撤退の選択肢はなし。

 まるで巨大なブーツ。足の装甲、ふくらはぎ部分からジェット噴射の炎が噴き出す。莉々の体がゼノバスにまで勢いよく飛んでいく。そのスピードはより速く……リニアモーターカーにも匹敵する速度にまで上がっていく。


「私が……!」

 膝を突き出す。先端は尖っている。

『COMAND. BURST JET, WEAPON, ROCKET KNEE.』

 これこそ。ドレッサー・レイドのパワー不足を補うためのもう一つの装備。

 【ロケット・ニー】。

 レイダータイムの使用を可能な限り制限する為、もう一つの高速移動手段として足にジェットを装着。その加速を活かし、相手に強烈な飛び膝蹴りをかます。

 当然、先端にはゼノグラムの注射口がある。それを思いきり……顔面にぶつける。

「これで、」

『ぬルイ……!』

 しかし、それでもだ。

『ヌルいわァアアア!!』

 それでもまだ、パワーが足りない。


「……!」

 捕まれる。敵の顔面に膝がめり込んでも尚、その皮膚は貫けない。

 身動き一つ。体を一ミリも押し出すことは出来ず。ゼノバスはそのまま片腕で莉々の体を掴み、軽々と持ち上げる。

『くたバルがイイ! 機カイ天使ィイッ!!』

 そして放り投げる。コンクリートの壁へと。

「ぐっ、ふっ……!?」

 アスファルトに巨大なクレーターが出来上がる。

 いくらドレッサーの装甲が頑丈に出来ていても、これほどのショックを抑えきることは出来ない。莉々の体が力なく地面に落ちていく。

『妹ノォ!! カたキィーーーッ!!』

 両腕を振り上げ、襲い掛かってくる。

(に、逃げられな----)

 被害が大きい、回避は間に合わない。

 莉々はただ、倒れたまま。そのゼノバスの接近を許すしかなかった。









「----よぉ」

 しかしゼノバスの魔の手が莉々に届くことはない。

「ざまぁねぇじゃないか! この冷酷ヤロー!」

「……!!」

 莉々が見上げるとそこには……両腕を受け止められているゼノバス。


 ゼノバスの魔の手を防ぐのは、

 見覚えこそあるが、何処か姿に違いがある


 漆黒の装甲を身に纏う、荒々しい姿のドレッサーがそこにいた。


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<ドレッサー・レイド>【変身者『莉々・シュノーケイル』】

 第二世代ドレッサー・システムの一体。

 かつて世界を救ったドレッサー・レイヴの力受け継ぐ片割れである。

 機動力を生かした戦闘を得意とし、確実に敵に接近し急所を狙う。

 装甲はレオタードタイプのインナースーツの上に最低限の装甲のみ。代わりに脚部へブースターや武装などを多く積んでいる。

 専用システム『レイダー・タイム』を使用することで通常の倍以上のスピードで行動可能。使用できる時間こそ短いが、敵を高速で仕留めるには最適なシステム。

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