6、俺の好きな人


 「どうしたのよ、さっきから」

 「うぇっ? な、なんでもないぞ」


 俺は姉ちゃんから見ても分かるぐらい、挙動不審だった。自分でもビックリするぐらい慌ててる。

 本気で好きになるってこんなにもコントロールが効かないもんなのか。ささいな仕草でもドキドキするし、話すだけで幸せを感じるし。

 唯一、ブレーキ役になってくれてるのは相手が実の姉だということ。一線を越えるということだけは絶対にできない。それならいずれ、この熱も冷めるはず。


 本当に、不幸中の幸いといえる。でも、本当にそうなんだろうか……?


 「少し休憩した方が良いわね。慣れないことで疲れたんでしょ」

 「あ、まぁ……」


 姉ちゃんの気遣いに助けられてしまった。

 連れ立って近くのカフェへと入っていく。人混みを縫うように進み、姉ちゃんがテキパキと注文を済ませてくれる。

 やっぱりすごいな。なんでもそつなくこなせて、無駄がない。

 ますます好きになってしまいそうだ。


 注文してもらった甘いドリンクを飲んで、とりあえず落ち着きたい。

 

 「はぁ、うまいなこれ……」

 「優介は甘いの好きだものね。ほら、こっちのも飲んでみていいわよ」

 「えっ!」


 姉ちゃんの言葉に、とび上がりそうなほど驚いた。


 「なによ急に、大声出したりして」

 「な、なんでもない。そっちいただきます……」


 姉ちゃんからドリンクを受け取り、ストローの先をまじまじと見つめる。


 これ、さっきまで姉ちゃんが口にしてたやつだよな。普段なら勝手に飲んだりとかしてたし、特になにも思うことなかったのに。

 いまはすっごくドキドキしてる。湧き上がる邪な気持ちを押さえつけながら、口づけた。

 

 「……おいしい、です」

 「ふふ、でしょ? あたしも好きなのよ」

 「お、俺も、好きだ……!」

 「んー、そうよね。好みが似てるのよね。姉弟だからかしら」


 姉ちゃんがポツリとつぶやいた言葉に、心がざわざわさせられる。

 なんで姉弟なんだろう……。もしも姉弟じゃなかったら、俺はきっと朱莉に。


 そこまで考えてかぶりを振る。ぐちゃぐちゃになった気持ちを押し流すみたいに、ドリンクを流し込んだ。


 カフェを出た後、二人ならんで歩く。

 考えてきたはずのプランを一通り消化し終えてしまって、やることがない。どのぐらいデートをするか聞いとけばよかったな。


 「あっ」

 「なに、どうしたのよ」

 「ちょっとトイレに……」

 

 我慢しっぱなしだったようで限界が来てしまった。

 姉ちゃんに断りを入れて、近くのコンビニで用を足す。

 すっきりしてから元いた場所を見やる。と、姉ちゃんが男たちに話しかけられていた。


 「なぁなぁそこの姉ちゃん、いまからオレたちと遊ばなーい?」

 「いっぱい楽しませてやるからよぉ。うへへへ」

 「悪いけどあたし、人を待ってるから。余所に行って」

 「おいおいつれねーこと言うなよ。ソイツと一緒でもいいからさぁ」

 「ほらほら、行こうぜ行こうぜ!」

 「気安く触んないで……っ! ほんとにっ、やめ……!」


 なにやってんだアイツら! 俺の姉ちゃんに!

 俺は慌てて元いた場所に戻り、姉ちゃんと男たちの間に割って入った。とりあえずその汚い手をどけて、と。


 「優介……っ」

 「あ? んだよガキ」

 「ひとの彼女になにしてんだ!」

 「はぁ~? お前の彼女? あははははっ! こりゃ傑作だ!」

 「どう考えても釣り合ってねーって。こりゃオレたちよりやべえことやったんじゃねーの」

 

 ゲラゲラと笑われ、心が痛い。ヒビでも入ってしまったんじゃと思うほどだ。

 コイツらの言う通り、俺と姉ちゃんじゃ釣り合いが取れてない。そんなことは分かってる。

 だけど、言われっぱなしになってたら、姉ちゃんだって嫌な思いをするだろう。たくさん見せてくれた笑顔が曇るだろう。それだけは嫌だ。

 姉ちゃんの優しさから始まったこのお付き合いを、赤の他人なんかに否定させはしない。


 「うるせぇ! 俺は心の底から朱莉を愛してるんじゃボケェ! 三下どもは引っ込んでろやぁ!!」

 「――――っ!」


 「こんのガキ……調子に乗りやがって」

 「いっぺんシメてやんなきゃいけねーみたいだな」


 やばっ、余計なこと言い過ぎた。男どもが怒ってやがる。

 えーと、こういうときは……そうだ!


 「あーっ! あんなとこに超絶巨乳の美人OLさんがいるじゃん!」

 「なにっ!?」

 「どこだ!?」

 

 よし、今だっ! 男どもが存在しない巨乳を探してるうちに。


 俺は姉ちゃんの手を掴むと、その場を全速力で離れる。

 姉ちゃんの手が震えてるのが分かったから、少しでも安心させてあげたくて。ここにいると感じて欲しくて、ギュッと握ってやる。


 しばらく走り、後ろを振り返った。男どもは追ってきてないよう。

 そのまま視線を姉ちゃんに向けていく。俺の全力ダッシュのせいで、肩で息を切らしていた。

 こういう時どうするべきか。疲労困憊の俺じゃ考えなんてまとまるはずなくて。

 いつだって姉ちゃんの優しさに甘えてしまうのだ。


 「姉ちゃん? なに頭撫でて……」

 「名前、呼び忘れてるわよ」

 「あっ、朱莉……。その、なんていうか」

 「優介が来てくれてあたし嬉しかった。すごくホッとしたの」

 「え……?」

 「さっきのあんた、かっこよかったって言ったのよ」

 

 姉ちゃんが顔を真っ赤にしながら、俺の目を見つめてくる。恥ずかしいって言ってたはずなのに、いまは隠そうともしてない。

 やっぱり綺麗だ、姉ちゃんはどんな表情でも。


 「だからさ、あれこれ悩むのとかは止めちゃいなさい。真っすぐなあんたが、あたしは好きなんだから」

 「~~っ、俺も――!」


 口を開こうとしたら、指先で唇を押さえられた。  

 姉ちゃんがどこか遠くを見つめながら、ぽつりぽつりと呟いている。


 「あたしが教えることはもうなにもないわ。あんたはビックリするぐらい成長したもの。こんな風に姉弟で恋人ごっこするのも、今日が最後」

 「……っ」

 「いまの優介なら誰が相手でも付き合えると思うから。……だから、頑張りなさい」


 念を押すように姉ちゃんが言って、くるっと回れ右をする。

 「帰るわよ」その言葉に現実を突きつけられたような気がして、全身が急速に冷えていく。

 最後の一線を超えかけた俺を、姉ちゃんは諭してくれたんだ。

 頭では理解してる。だけど、俺はやっぱり姉ちゃんのことが……。


 前を向いたけど、視界の先にあるのは姉ちゃんの背中だけで。

 彼女がいまどんな表情をしてるかなんて、分かるはずもなかった。

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