ぜんぜんモテないので、実の姉と付き合うことにした
みゃあ
プロローグ
俺――
きっと、俺よりついてないやつなんていない。そんな風に思えるぐらい、落ち込んでいた。
たどたどしい足取りで家に帰り、リビングへ向かう。
視線を向けた先にあったソファにへたりこんだ。
「ああぁぁ、なんでなんだ……」
頬に触れる布地の柔らかさに、荒んだ心を癒されながら、俺はぼやく。原因も分からないことだし、今日はこのまま身を預けちゃおうか……。
と、そんな状況を良しとしないものが、すぐ近くで声を上げた。
「あんたまた振られたの? ほーんと懲りないわねぇ」
「……うるさいな、姉ちゃんには関係ないだろ」
俺は反抗的な態度を姉ちゃんこと、駒井
もうひとつのソファに座ってた姉ちゃんは、ニットのパーカーにショーパンという出で立ちで、さほど興味のなさそうな眼差しをしていた。
見ているのは手元にあるスマホなんだけど。
と、俺の視線に気づいたらしく、スマホに向けてた視線をこっちに向けてくる。
「関係あるのよ。あんたがそうやってソファに泣きつくたびにシミが出来るんだけど?」
「う、それは……」
言葉に詰まってしまった。
というのも、こうして俺がちょっぴり、ほんのちょびっとだけ液体を垂れ流したあと、姉ちゃんがその後始末をしてくれてると知ってたから。
「泣くのは勝手だけどさ。せめて時と場所を選びなさいよ」
「いやだって、部屋でひとりむせび泣くのは、虚しいじゃん?」
「知らないわよ。つーかどうでもいい」
姉ちゃんが深いため息を吐いてる。そんな邪険に扱わなくても。
でも俺だってさ、分かってる。自分でも情けないなとは思う。
けど、こういうのって他の誰かと気持ちを共有したほうが立ち直りが早くなるんじゃなかろうかと思ったり。
必死で自分に言い聞かせていたら、姉ちゃんが持っていたスマホをテーブルに置いた。
なんだよその、さもどうでも良さそうな表情は。
「……だいたいさぁ、これで何回目よ」
「四、いや今日で五回目、だけど」
「頻度おかしいでしょ。どう考えても」
「それは俺が振られすぎだろってことか?」
「あんたの告白する頻度がおかしいってこと」
はて? なんでそうなる。わけが分からないんだが。
首を傾げていると、姉ちゃんは腕組みをして目つきを鋭くしてみせた。
「高校に入ってまだ二ヶ月ちょっとでしょ。それなのにもう五人の女の子に告白するってさ、あんたどんだけ甲斐性なしなの」
「振られたら切り替えるのが当然なんじゃないのか?」
「そういうのは真剣に想いを伝えてる人に失礼、っていうの」
わしゃわしゃと濡れ羽色の髪をかきながら、姉ちゃんは「だいたいさ」と続ける。
「あんたはその子たちのどこを好きになったわけ?」
「顔、可愛いかったし。あと胸、すげーでかかったな」
「死ね」
なぜか罵倒されてしまったんだが。
姉ちゃんの向ける表情はもはや鬼の形相ともいうべきもので、背筋に寒気を覚えるほど。
どうしよう、目が逸らせない。このままじゃ、殺される……!
ひとりビクついてると、ややあって落ち着きを取り戻したらしい姉ちゃん。
「はぁぁ……告白される子たちが不憫でならないわ」
「あれ、俺に同情してくれないのか?」
「同情も、同調もするわけないでしょ。……あ、そっか」
ふと、なにかを思いついたらしい姉ちゃんは、ブツブツと独り言をつぶやきだした。弟のことを親身になって考えてくれる気にでもなったのだろうか?
なんだかんだ面倒見がいいのが朱莉姉ちゃんのいいところで、そういう人間になれたらな、と思ったりするときもあった。
とはいえ、どうすればいいかなんて一朝一夕で考えつくはずもないし。だったら自分の思うがままに行動しようと決意を固め、今に至るというわけだ。
くそっ、ほんとにうまくいかないな。
落ち込んでいたら意識を現実に引き戻される。姉ちゃんに肩を揺さぶられたらしい。
向かい合う当の本人は、真剣な目をしていて。もしや、考えでもまとまったんだろうか? ほんのり頬が赤らんでるのが気になるけど。
「いーい、優介? あんた、あたしと付き合いなさい」
「………………はい?」
なに言ってんだこの人。
聞き間違いか、と疑いの目を向けるが、冗談を言ってる雰囲気にはみえない。
「といっても、お試しの……仮の恋人みたいなもんだけどね。それで、常識ってものを一から教えてあげるから」
「いえ結構です」
いくら甲斐性なしだと罵られる俺でも、実の姉と付き合うとかはしない。
そもそもそういう目で見ちゃダメなんじゃないのか? すでに提案からして非常識なんですが。
呆れた眼差しを向けるけど、姉ちゃんは引き下がらなかった。
「あんたが嫌だって思う気持ちは充分理解できるわ。つーか、あたしだって嫌よそんなの。でもね、今のあんたをこのまま野放しにしてれば、いずれ取り返しのつかないことになるの」
「というと?」
「大した気持ちもないくせに、手当たり次第に声をかけるやつだって思われるから当然、女の子たちから邪険にされるだろうし。学校のみんなから仲間外れにされる可能性だってある。それで、一番辛い思いをするのは優介、あんた自身なのよ」
「姉ちゃん……」
心がぐらぐらと揺さぶられる。
だって、そこまで考えたことなんてなかったから。俺はいつも気に入ったら一直線のスタンスを取っていたし、それが正しいものだと信じて疑わなかったからだ。
周りのやつらなんか気にしたこともない。する必要もないと思ってた。
……なんだか、急に怖くなってきた。
ただ好みの女子と付き合いたい、あわよくば大人の階段を上りたいとか考えていたけれど、物事はそんな単純じゃないんだと気づかされたから。
心の震えが、だんだんと全身に伝播していく。どうしたらいいか分からないでいると、頬に温かなものが触れた。
顔を上げれば、俺の不安を吹き飛ばすぐらいの明るい笑顔を、姉ちゃんが浮かべていたんだ。
「あたしが、あんたの理想の恋人になったげる」
「自分で自分のこと理想ってよく言える――いででででで!?」
「まだ軽口を叩くぐらいの余裕は残ってるみたいね」
耳を抓りながら安堵の息をつく姉ちゃん。痛い痛いっ!
やっとの思いで離してもらい、文句のひとつでもつけたくなる。でも、やっぱこういうのが姉ちゃんらしいな。
面倒みはいいけど、へたに優しくはしてこない。それでも細かく気遣えるとことか。
俺も、こんな風になれるかな。
常識とやらを身に付ければ、女の子たちからモテモテになれるのかな。
期待に胸を膨らませていたら、再び姉ちゃんが問いかけてくる。
「で、どうすんの? あたしと付き合う? それとも」
「付き合う! よろしくな、姉ちゃん」
元気いっぱいに叫んでやれば、姉ちゃんは小さく首を振ってみせる。
呆れた顔をしながら、毒づいてきた。
「そこは名前で呼びなさいよ、バカ……」
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