第四場 演じ手としての焦燥感

 全てが丸く収まったとでも言うだろうか。礼史れいじは、亡霊から始まった一連の出来事が、ようやく終焉を迎えたような気分がしていた。

 大学こそ辞めてしまったが、休日になればそうに会えるし、一香いつかだってその窓の隣で笑っている。管理人室には行けないけど、新たにUTというたまり場を得た世良や、早々にタマルを辞めて合流した蒼人もいる。

 ここ二ヶ月程で凄まじい転換期を迎えていた人生にも、ようやく凪が訪れた。礼史は早く自分もUTに合流すべく、勉学に勤しんでいた。


 そんなある日、窓から呼び出しを受け、UTの入る『スカンジビルディング』の屋上へと呼び出された。礼史は大学を終えるとその足で屋上へと向かった。

 エレベータを降りてから屋上へ行くためには、そこから階段を上る必要があるらしく、礼史は事前に受けた指示に従って進んでいく。


 少し埃臭い屋上への階段を上りきると、そこにはこれまた年季の入った扉が見えてきた。昔ながらまるいドアノブを回して扉を開けると、奥の鉄柵により掛かる、窓の姿が見えた。礼史はゆっくりと歩み寄って行った。

「――仕事は順調か?」

 近付きながら、礼史が問いかけると、窓も笑って頷いた。

「おかげさまでね」

 礼史も窓の隣に並ぶようにして、寄りかかった。

「吸わないから分からないけど、こういうところでタバコを吸ったら気持ちが良いものなのかな?」

「さあな。俺だって俺は吸わないから分からん」

 窓は目を閉じると、ゆっくりと口を開く。

「……礼史は、当事者じゃなくても色々分かるほうじゃない?」

「そんなことない。分からないことばっかりだ」

「でも、世良せらさんの目的には、気が付いていたでしょう?」

 礼史はハッとして窓の方を見た。

 亡霊のことが世良の差し金であることなどは、きっと窓も知っている。そう思っていたはずなのに、実際に面と向かって言われると、やはり動揺はしてしまう。

「……やっぱり、気付いてたんだな」

「そりゃあね」

「いつからだ。いつから世良さんが怪しいと思った?」

 窓は不敵に笑う。そして口を開いた。

「最初の一言から」

「最初の一言?」

「うん。『亡霊が出た』。その言葉を聞いた時点できな臭いと思ったよ。礼史だって世良さんに亡霊って言われたから、僕にそう言ったんでしょ」

「そんなド頭から疑ってたのか」

 礼史は呆れたように頭を振った。

「後は発信履歴かな、個人的にはあれが一番の凡ミスだと思うんだよね。世良さんのガラケーって、同じ番号の発信履歴は一件しか残らないタイプのはずなのに、礼史の名前が二つあったでしょ?

 あれって『会社番号』と『自分の番号表示』を使い分けた証拠じゃん。だから礼史の家でかかってきた怪電話、あれは世良さんだって確信してた。まあマウス音もしてたから、世良さんの工作は全体的にずさんだったと思うけどね」

「発信履歴……ああ、それには気付かなかったけど、確かにそうだな」

 礼史はやはり、窓は頭が切れるなと感心した。あの時の状況下では、そこまで頭が回らなかった。頭がいい人間っていうのは、冷静でもあるのだと感じた。でもそれは、なんだか少し人間らしくない感じがして、あまり羨ましくはないと思った。

「世良さんの目的に乗ったのは、何でなんだ?」

「世良さんの目的?」

 窓は首を傾げた。

「そう。ノウ・ウェイを復興するって目的」

「ああ、世良さんってそれが目的だったの?

 僕は興味のない伯父さんから離れることが目的だと思ってたよ」

「それって同意じゃないか?」

「そうとも言えない」

 今度は礼史が首を傾げた。

「お前が何を言いたいのか、よく分からん。

 でも結果的には、世良さんの望んだように古巣の再建を果たして、自分もタマルを抜けて、万々歳ってことじゃないのか」

 窓は笑った。

「礼史は、今のこの状況が、今回の物語の結末だと考えているの?」

「そりゃあそうだろ。これ以上やれれてたまるか」

 礼史が憮然と言い放つと、窓は申し訳無さそうに眉を八の字に歪める。

「……残念だけど礼史、こんなのは幕間劇に過ぎないよ。本番はこれからだ」

「は? どういうことだよ」

「だから、ノウ・ウェイを復興させて、事業を拡大して、ここで名を上げようと頑張ること、順風満帆に話が進んでいることが、まだ途中経過なんだ。

 僕の目的はこんなところでは終わらないよ」

 礼史は、窓が未来予想図を語るためにそんな話をしているのかと思ったが、次第に違和感を覚えてきた。よく考えてみれば、ノウ・ウェイの復興に乗った割には、窓は社名を変更させている。つまりは、うっすらと世良の願望に逆らったというわけである。礼史は身体に鳥肌が立つのを感じた。

「……お前、どこまで考えて世良さんに乗ったんだ?」

 窓は笑った。

「さっきから言ってるでしょ。今は途中経過だよ。まずはノウ・ウェイを乗っ取ってUTにするところまでは成功したね。

 次はUTで事業拡大をして、最終的には<タマル・システムズ>を買収するか、もしくは合併することが僕の目的だよ。そのために必要な手順だから、世良さんの下らない工作にも乗ったんだ」

「どういうことだ、お前はタマルを見限ったんじゃないのか?」

「見限るわけ無いだろう! 父さんの作った会社だよ!? 僕の全ての行動原理は、父さんの会社を継ぐためにあるんだ!」

 窓が声を荒らげたのに驚き、礼史は身を反らした。窓は続ける。

「父さんが死んで、タマルは空中分解しかけていたんだ。父さん――秀勝――派の人間と、伯父さん派の人間とに完全に別れていた。それはあの結婚記念パーティーでもまじまじと感じたよ。僕に賛同するような人もいたからね。

 だから一度タマルは分解しないといけないと思った。そのためには一度、僕が『秀勝派』の名のもとに集合をかけてその人材を確保し、伯父さんは『鉄哉派、帆ノ宮派』を掲げて志同じ仲間で集う必要があった。その方が会社は上手くいく。

 今回の件は要するに、『踏み絵』だよ。どっちの派閥かを決めるためのね。でもどっちでも変わらない。結果的には全部僕が吸収するからね」

 窓は柵を掴みながら笑い始めた。礼史は何だか怖くなってきた。こいつは頭がいいとかそういう問題ではない。そんな気がし始めた。

「――ハハハッ、誰も気付かなかった、皆僕が、UTのために必死になって事業拡大を目指していると思ってる。その社名に隠した意味も知らずにね!

 『UNO』と『TAMARU』の文字を入れた『UnisonTerminalユニゾン・ターミナル』ってヒントをあげたのにさ、気付かないんだもん」

「……どういう意味だよ」

「つまりね、『UnisonTerminal』という文字から『UNO』と『TAMARU』で使っている文字を引いていけばいいんだ。そうするとね、残る文字は『i』『s』『e』『n』『l』だけになる。

 これを並び替えればいい。そうすれば『Liesn』だ、『嘘つき』の出来上がりだよ! UTなんていう会社は、タマルのための前座、幕間劇、大きくする気なんてサラサラ無いんだよ、僕はね!」

 礼史は顔を顰めて親友を見た。親友の顔はとても無邪気に笑っている。自分を嘘つきであると豪語しているのに。何故こんな笑顔が出来るのだろう。自分の親友は一年前に父親を無くしてから、とっくに壊れていたんじゃないだろうか。礼史にそんな考えが過ぎった。

 亡き父に並びたいと、認められたいという一心で手段を選ばない姿勢は、それこそ後世から見たときには『亡霊に取り憑かれた』と描かれるのではないだろうか。

 それをサクセスストーリーと取るか、悲劇ととるかは、この種本を受け取った脚本家が決めるのだろう。どちらともとれる話なのだ。

 きっと親友・田丸窓は、ここまでそうしたように、自分の野望を実現するだろう。その時に自分は語り手として、この物語が決して悲劇なんかではないと伝えていきたい。だって不慮の事故以外に人が亡くなっていない。田丸秀勝の尊い姿勢だけは守られているのだ。『殺す以上の悪は存在しない』。

 この秀勝の言葉が生きているだけで、この物語は悲劇ではないと、礼史は語り継いでいきたいと、そう思った。


 窓は風に吹かれながら、そしてその美しい髪をなびかせながら、小さく言った。

「……礼史、僕は間違ってるかな?」

 礼史は大きく息を吐くとこう返した。

「それはまだ分からない。俺が見届けてやるよ。そんでお前が間違えたと思ったら、すぐに軌道修正してやる。だから、お前はお前の野望を追えばいい。俺はそれを、一番近くで見守っててやるよ」

 窓は安心したように、微笑んだ。


 ――逆鱗に触れたかと思われた、現代の『逆縁婚』。

 実際には論点はそこではなかった。逆鱗というのは一体なんなのだろうか。

 そのもの自体は怒りを差す言葉ではないのに、なぜか『逆鱗に触れる』と同義で使われてしまうものになっている。

 そもそも、逆鱗というものがあったのかどうかも分からない。それ自体が怒りを差すのかどうかも分からない。

 『逆鱗婚』とは、そんな、見る人によって見方の変わる結婚のことを言うのかも知れない。


――END――









◆◆◆◆



 ――おまけ――


「礼史、最後の最後に、ビハインド的なエピソードをひとつどう?」

「え? まだなんかあんのかよ」

「僕が世良さんのシナリオの一番気に食わなかったところはどこでしょう?」

「おじさんを、亡霊呼ばわりしたこと?」

「ブブー、違うよ。正解知りたい?」

「早く言えよ」

「それはね、世良さんのシナリオの男贔屓っぷりだよ!」

「……はい?」

「世良さんは男が好き過ぎる。女性に救いが無さ過ぎるんだ。

 母さんも一香も、僕が動かなきゃどうなっていたか分からないんだよ?」

「おお、確かに。言えてるかもな」

「では、そこから分かることは?」

「……え?」

「世良さんは独身です」

「だから?」

「いつも側には男の人がいるよね。ちなみに今は蒼人さんが」

「いや、お前、それって……」

「それっぽい発言も、実はちょこちょこあったり……」

「え? いやちょっとお前」

「まあ信じるか信じないかは、礼史次第ってことで」

「……最後の最後に何を。まあ多様性の時代だ。別にそんなに珍しいことでもない。俺だって、女に興味があるわけじゃないしな」

「礼史?」


――Fin――

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