スター少女のポロネーズ

兎緑夕季

第1話

 フルール国に祝福をもたらした神々が消えて1000年。

人々は実りある大地を維持するために定期的に神が残した天の祭壇での魔力供給を行っていた。


 空に満天の星空が広がるキララン音楽院の校舎は半透明なクリスタルをイメージして作られている。

美しい装いの外壁の周りには星屑の環が何列にも折り重なって神秘的だ。


「いくら先生でもそこまで言われる筋合いはありません!」

星羅ダンス科の小さなドーム状の教室に少女の叫びが轟いた。


目の前には彼女の頭より小型の饅頭を二つ並べたような生物――

この国には決して珍しくない精霊族の男性であるリリンの専属ダンス講師だ。

背中に生えた翼を羽ばたかせる姿は可愛らしい。

リリンは彼の反論も聞かずに真っ白な廊下に飛び出した。

「もう、腹立つ!」

床を踏みつけるように力を込める。

だが、20センチほど浮き上がっている現状ではそれは意味をなさなかった。

ますますイラつく。


『そんな軟弱なダンスで君、恥ずかしくないのか?』


先ほど言われた講師の言葉が頭の中をグルグルと駆け巡る。


全く大きなお世話だわ。


リリンは猛スピードで飛び去って行った。

近くを通りすぎた学生は彼女の憤慨した顔に恐れおののいていた。



♪♪♪♪♪♪♪♪♪



 草原の香りがする学生食堂には多くの学生達の姿があった。

その中央でピンク髪の少女はテーブルに突っ伏していた。

「またやってしまった…」

先ほどの威勢がウソのように沈むリリン。

肩に温かい感触が広がる。

「いつもの事だろ」

ゴズはサンドイッチを口に運びながら言った。

「そうなんだよね。なんでこう、揉めちゃうかな…」

自分の不甲斐なさと恥ずかしさでおでこを何度も上下に叩きつける。

「そりゃあ、いたる所で文句をつけ続けていればそうなるよ」

分かりきっている事を真顔で言われてムっとしてしまう。

リリンは隣に座るゴズに冷たい視線を向ける。

「文句じゃない!事実を行ってるだけよ」

感情を爆発させるように怒鳴るリリン。

勢いをつけてゴズが飲もうとしていたジュースをひったくる。

「あっ!俺の…」

ゴズの盛大な溜息が聞こえるが気には留めない。


私を怒らせるからよ!

そう、正当化した所でモヤモヤは広がるばかりだ。


「この口がいけないのよ」

不安感を消し去るように自身の口を思いっきり叩いた。

それでも落ち着かない。

「自覚があるならやめればいいじゃないか?」

「どうやってもやめられないの」

落胆するリリン。頭を抱え、うずくまる。


泣いたってこの性格が治るわけはない。

どうしたらいいのか分からない。


「お前、あの先生にまで見放されたらもう、行くところないだろう」


お願いだからこれ以上追い詰めないでほしい。悔しい。

気づけば唇をかみしめていた。血が滲み出そうだ。


「先生には後で謝りにいくわ…」

気を静めた所でポツリとつぶやいた。

「おっ進歩だな」

ゴズはニヤリとほほ笑えみ、リリンの頭を撫でた。


たまに子供扱いする彼のこういう所は嫌いだ。


「それと午後の特別講義もちゃんと受けろよ!」

嫌な話題を振られて思わずゴズの手を払いのけた。

「私、神星ダンス科専攻じゃないもん!」

「ダンス科は全員参加だろ」

正論で返されてますます機嫌が悪くなる。

「う~ん」

曖昧な返事をしつつ、リリンは頬杖をついた。


 4年周期で開催される天の祭壇への魔力供給――

その方法は一人のダンサーによる舞。

神子と呼ばれるダンサーに選ばれる方法は祭壇へと続く海の神殿でのダンス大会。

神に気に入られた者の元には祭壇への入り口となる階段が出現する。

その神子を目指す者達が集うのが神星ダンス科だ。


「神子を経験された方の話なんて滅多に聞けないんだしさ…」

ゴズは意気揚々と鞄から小型の透明スクリーンを散り出した。

スクリーンには「元神子セレーネ様による特別講義」と記されていた。

興味を示さないという意志の元、再びジュースを飲みほした。


ああ、どうしてこんなにイライラするのか…。


耳に複数の女子学生達の騒ぎ声が不協和音のようにざわめく。

リリンはイライラした様子で彼女達に視線を移した。

そして、頭が動く前に大股でその後ろに立った。


「ちょっとあなた達うるさいわよ!人の迷惑になるとは考えないの!」

リリンの一連の流れを観察していたゴズは思わず苦笑いを浮かべた。

あきれたように頭を抱える。

「さっき言ったばっかりだっていうのに…」

どうやら彼女の短気な性格は治りそうにない。


「あら?後輩いびり?専攻を変えても相変わらずなのね」

リリンはその不快な声に振り返った。

腰まで伸ばした美しい髪をしなやかな指先ですくう少女は首を少し傾けて笑っていた。

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