始まり、そして終わり②

 ー桜並木の下ー


 「思い出した?」


 「……うん」


 「俺、大学生になって考えたんだ。春香との関係について。だからその気持ちをもう一回言い直したい」


 俺は止まって、君の目を見て話す。君も俺に倣って歩みを止めた。


 「3年後、卒業したら俺と結婚してくれないか?」


 君の目から涙が、ゆっくりと頬を伝っていく。


 「ホントに……、ホントに思ってるの……?」


 君は、確かめるように何度も同じことを聞く。その度に俺は「本気だ」と言葉にして伝える。


 「……卒業した後、楽しみに待ってるから」


 流れた涙は、大きな雫となって地面に落ちた。

 俺は君が言った言葉に嬉しくなって、舞い上がった心を隠せなかった。

 その後は、お互い黙ってしまったが、そこに暗い雰囲気はなかった。

 ふわふわした心のまま桜並木を通り過ぎ、大通りに差し掛かった時、大きなクラクションとともに世界が暗転した。 


 ピ、ピ、ピ、ピ……、無機質な機械音とともに俺は静かに目を開けた。

 空はあの美しかった桜色ではなくて、純白とは言い難い、少し暗い白色だ。

 横にはベットで上体を起こした君がいて、綺麗な肌は一部を残して、包帯で覆われていた。

 ガラララララッ、扉が開かれた音がして、ゆっくりと顔を向けると看護師と医師が俺の元に歩いてくるのが見えた。


 「ようやく目覚めましたか、叶冬さん」


 医師が俺に話しかけ、俺が返事をしようと声を出すがうまく喋れないで、むせ返った。


 「先ほど手術を終えたばかりなので、安静にして耳を傾けて聞いてください」


 「隣の春香さんは、言い難いのですが……、植物状態です」


 『植物状態』、その言葉に強く体が反応する。心臓の鼓動が速くなり、額からは嫌な汗が流れ、胃がキリキリする。


 「延命措置を施しているので、少なくとも……」


 医師が説明する声が聞こえるが、俺の耳にはもう何も入ってこないほど、後悔と焦燥感が込み上げてくる。


 (春香に謝りたい。返事が聞けなくても、許してくれなくても謝りたい!)


 俺は痛む身体に鼓舞して、医師の話も聞かずに君の枕元に歩み寄って、むせながら、掠れた声で、君に謝る。


 「ごめん…、俺があの…桜並木を見つけて…なかったら、…こんなことにはなら…なかったのに……。本当に…ごめん……」


 一言喋るたびに、君への申し訳なさからポロポロと涙が落ちる。君の布団には俺が溢した涙が、シミとなって残った。

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