第27話 学校に


 体育館を出て、校舎内へ向かった二人。すぐに校内がざわついていることに気付いた。授業を終えた生徒たちが、部活に向かったり、家へと向かったりと各々行動を始めていたのだ。すれ違う生徒らは、みな、自由な放課後に明るい顔をしている。中にはヨウスケのクラスメイトの顔もあったが、静かにすれ違うに留まる。


「授業、見られなかったね。残念」


 高校の授業がどんなものなのかを見せようとしたが、ついつい体育館で時間を費やしすぎた。もうどこのクラスも授業も、ホームルームも終わってしまっている。授業を体感してもらえたらよかったが、できなくて少し残念だった。


「でも、楽しいことができました。ヨウスケさんのかっこいいところも見られましたし」


 恥ずかしげもなく言えるミヤビがうらやましい。自分も素直に気持ちを伝えられたらいいのに、うまく言葉にできなかった。


 言われた方が恥ずかしくなっているまま、校舎内を歩く。図書室、美術室、音楽室、化学室……中学校にもありそうな教室が多いことに気づく。改めて考えれば、ありきたりな学校であることを思い知らされる。もっと高校生らしいものがないかと考えるも、何も思いつくものがなくて肩を落とした。それでもミヤビは楽しそうだ。中学校よりも設備が整った環境や、大人びた生徒たちを見て目を輝かせている。


「学校って……やっぱりいいですね」

「そうだね。人がいっぱいいて、勉強とか、部活とか、人間関係とか……大変だけど楽しかったな」


 四階の廊下から、校庭やテニスコートが一望できる。それぞれの活動を見て、つぶやく。そこからはもちろん、サッカー部も見えた。死んでいなかったら、ヨウスケもそこにいるはずだった。先陣切って前を行き、得点を得るためにボールを追いかける場所に。懐かしい気持ちになりながら、仲間たちを見守る。

 あのやつれてしまっていた後輩は、今日はボールを蹴るのではなく、監督とともにフィールド外から見守っていた。


 フィールドの中にいる仲間を次々に確認する。レギュラーとして練習試合をしているのは誰なのか、顔が見えなくても体つきや姿勢、動きから誰なのかわかる。


「あれ……?」

「どうかしました?」


 走り回る仲間たちを見て、疑問を抱いた。

 なぜならそこには、一番大切に思っていた仲間がいない。ヨウスケと共にレギュラーとなった親友が。彼なら絶対に続けているはずなのに、そこにいない。


「俺の親友がいないんだ……サッカーばっかりやってきたあいつが」


 親友であり、ライバルでもあり、仲間でもあり、最期に喧嘩をした相手。

 久しぶりに姿を見られると思ったのに、いない。テクニックが抜群にある親友の姿を見間違えるはずがない。走り回る集団の中にも、ボールを蹴っている中にも、監督の近くにも。どこにもそ姿がない。


「今日はたまたまお休みかもしれませんね……」

「それならいいんだけど……」


 仲間の心配もあるが、ミヤビのこともある。

 何か用事があって、早退したのかもしれない。親友のことは一旦は置いておいて、学生らしいことをもっとしようと試みた。


「あ、俺の教室、ここだよ」


 振り向いたところがなじみのある教室。

 すでに人がいなくなった教室は、静寂に包まれている。


「ヨウスケさんの勉強していたところ……」


 教室内へ入れば、一つの机の上に白い花が飾られている。異様なその場所が、ヨウスケの席であったことを示していた。


 さらに机の上には、写真と色紙が置かれていて、クラスメイトたちからのメッセージが書き込まれていた。大きな色紙を手に取って、ヨウスケは一つ一つメッセージを読んでいく。


『今までありがとう』

『いつもサッカーに打ち込んでいて、かっこよかったよ』

『天国でもサッカー頑張ってね』

『俺たちずっと友達だからな』


 短いメッセージと、書いた人の名前が並んでいた。

 続いて写真を手に取って、目を凝らす。


「これが俺の親友だよ」


 サッカー部全員が写った部活の宣伝用の写真。ヨウスケはそこに写った一人をミヤビに説明するよう指し示す。


「親友さん……隣がヨウスケさんですね。肩を組んで楽しそう」


 他の人は肩を組んでいないのに、二人だけは肩を組んで笑っている。それだけで仲のいい様子が見て取れる。


 たった数日前までは仲良くサッカーをしていた。もうそれはできないが、ここまでみんなに思われていたとは知らず、温かい気持ちになる。


「悔やんでいますか?」

「うん。もっとサッカーをしたかったよ。でも、死んだら終わり……って訳でもないんだなって。俺の視野は狭かった。考えは子供だった。自分のことばっかり考えて、我が儘言って振り回して。それでも見捨てずに言葉をかけてくれて」


 何が起きたのかを一つ一つ思い出す。

 死後に自暴自棄になって学校を飛び出し、神社で一夜を過ごした。そしてそこで出会った野良とミヤビ。一緒に水族館へ行ったら、そこでエミリとイツキに出会った。


 そこから結婚式のようなことを行い、空へ昇って行ったみんなを見送った。

 そのあとは自分の死因を知り、人を恨んだときには、ミヤビが身を挺して助けてくれた。


 そして自分にも迫りくる命の期限をどう過ごすのか。改めて考えさせられた。

 みんな、生きているときにできなかったことをやっていった。

 生前に助けられたお礼をしにきたネコ。

 同性に思いを寄せていたため、難しいと思っていた式に挑んだエミリとイツキ。

 生きていたら出会うことがなかった人達を思い出し、込み上げてくるものをこらえる。


「俺は幸せ者だったと思うよ」


 下手くそな笑顔で笑う。するとミヤビもつられて安堵の表情を浮かべた。


「あーあ、私も高校生になりたかったです」


 残念そうな声で言う。


「そりゃあ、残念。来世に期待だね」

「ですね。来世……来世でも私はヨウスケさんに出会えますかね?」


 まっすぐな瞳で見られると、考えていることを全て読まれているように感じてしまう。でも、ミヤビは本気である。


 こんなときになんといえばいいのか。以前までのヨウスケなら言葉に詰まってしまっただろう。しかし、今は自分に少し自信がついた。


「会えるよ、きっと。会いに行くよ、俺が」


 ロマンチストになったことは、今更気にならない。たとえ来世がなかったとしても、どうにかして、彼女に会おうと思った。その理由はきっと、恋愛の感情があったからだ。「好き」というたった二文字は言えないが、こんな言葉だったらすぐに出た。


「待ってますね、ずっと」


 ミヤビもロマンチストである。最初からそうだった。

 そうでもなければ、七日間で消滅するから、その期間はやり残したことをやるために神様がくれたプレゼントだなんていう話を初対面の人にできないだろう。

 だからヨウスケの言葉にも、すんなりと受け入れられた。


「ねえ、ヨウスケさん」

「ん?」

「学校でのヨウスケさんのこと、もっと聞かせてください」

「うん。もちろん」


 学校のこと。勉強のこと。部活のこと。友達のこと。

 運動が得意だったけど、勉強に関してはいまいち。だから普段のテストの成績は平均以下だったこと。何なら追試を受けることになったこと。

 部活に関しては、何度もボロボロに負けたこと。それが悔しくて、練習内容を変えたり、練習時間を増やしていったこと。そうしたら試合で勝てることが増え、今年が勝負の年と言われるまで成長したという話をした。


 親友であるハヤトのこともそこから話を広げた。ずっと一緒にサッカーをやってきて、時には喧嘩になりながらも一緒に練習をした。体力自慢のヨウスケとは反対に、持久力に自身のないハヤトはボールの扱いがうまくなった。二人でなら誰にも負けない。そんな自信まで湧いたほどだ。


 そんな懐かしい思い出を、机を挟んで座り、ミヤビに話していたら、時間はあっという間に過ぎていった。

 気づいたときにはもう教室に夕陽が差し込み、校舎内はより一層人気がなくなっている。


 外から聞こえる運動部のかけ声も、落ち着いて来ているように聞こえる。そろそろ練習を終わらせて、帰る準備を始める部活もあるからだろう。


 そんなときに、ミヤビがゆっくりと話し始めた。


「私、ヨウスケさんに出会えてよかったです」

「いきなり? でも、俺もだよ。俺だけだったら、きっと人を恨むような悪霊になっていたと思う。そうしたらずっとここに残っていただろうね」


 どうしたのかと思ったが、言ってからすぐに気が付いた。

 ミヤビの体から、小さな光が出てきていることに。

 それは間違いなく、もうすぐミヤビの最期の時間が切れることを示しているものである。


「待って、まだ行かないで」


 手を握れば、確かに質量がある。それを確かめながら、ぎゅっと両手で握った。


「やだなあ。みんなリミットは一緒ですよ。野良ちゃんも、エミリさんも、イツキさんも。私はヨウスケさんより、ちょっと早く死んでいるだけですもん」


 知っている。知っているけど、受け入れたくない。まだ、一緒に居たい。他にも体験していないことだってあるはずだ。


 きっと他にも、やれることが。

 動物園とか遊園地とか、行ったことがなさそうな場所はまだある。そこへ行ってから、人生楽しいと思えるようなことをしてからにしてくれ。


 その思いが、ヨウスケの体を震わせた。


「私ね、生きている間のほとんどを病院の中で暮らしていましたけど、実は生きていたときから、ヨウスケさんを知っていたんですよ」

「え? 俺、病院なんてほとんど行ってないけど?」

「それも知ってます。でも、見ていたんです。病室から」


 病室。病院。


 大きな病気になったこともなければ、大きな怪我もしたことがない。

 身内が入院したということでもないので、病院には世話になっていない。それなのに、どこでミヤビがヨウスケを見る機会があったのか。


 思いあたることがないか考えてみる。

 その間はたった十秒ほど。

 それだけですぐひらめいた。

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