第5話 マタニティ百合ビクス

 そんなある日。原口早紀から私の携帯に電話がかかってきた。

「もしもし、広瀬さん? 私原口です」


 早紀は私のプレママ友である。明日マタニティビクス教室があるので、一緒に行かないかと誘われた。

「加藤さんっていう私の担当助産師さんも来るの。あなたもいかが?」

「ぜひお願いします」私は即答した。助産師の先輩のお話が聞けるなんて願ってもないチャンスだ。



「さっきの電話なんだけど、プレママ友から。原口さんって言うんだ」

「そうなんだ。何だって?」智也は少し心配そうな感じで聞いた。

「出産には体力がいるから、一緒にマタニティビクスしようって誘ってくれたの」


「いいじゃん。俺も見に行きたいな~」

「ダーメ。男子禁制なんだから。私は見られてもいいけど、他の人がね……」

「そっか。動画だけでも観たい」

「本当エッチなんだから!」


「智也、出来れば明日車で鷺沼医院まで送ってってくれない?」

 私も運転免許は取得したのだが、妊娠中なので運転はちょっときつい。なので智也に送ってもらう事にしたのだ。


「いいよ」

「よろしくね」


 私は智也に車で送ってもらうと、早紀と美波は既に来ていた。

「こんにちは。原口さん、加藤さん」私は早紀と美波に挨拶した。


「こんにちは。早紀さんの友人の広瀬楓と言います。今日はよろしくお願いします」

「加藤美波です。早紀さんの担当助産師なんですよ」

「本当ですか! 私助産師志望で今大学の看護学部に通ってるんです」


「えーそうなんですか。そしたら学生結婚?」

「はい。美波さん私の先輩ですね。公私共々よろしくお願いします!」

「こちらこそ」


「紹介します。主人の智也です」

「智也と言います。妻がお世話になります。今後は僕もなるべくつきそいますので、よろしくお願いします」


「じゃあ、終わったらまた電話する」

「了解。がんばってね」そう言うと、智也はいったん自宅へ戻って行った。



 私は早紀と美波と一緒にスタジオのロッカールームに入った。

「今はプライベートだから敬語やめない?」美波はちょっとくだけた口調で言った。

「分かった。加藤さんはマタニティビクスは生まれるまで続けるつもりなの?」


「うん。そのつもり。私はみんなからカトミナって呼ばれてるの。あなた達もそう呼んでくれると嬉しいな」

「いいニックネームね。タレントみたい」



 マタニティビクスとは、エアロビクスを妊婦でも出来るようにアレンジしたエクササイズの事である。


「早紀さんは今まで運動してた事は?」

「中学2年までは卓球をやってたけど、それ以後は何もしてない」

「楓さんは?」

「私はずっとバレーボールを」


 マタニティビクスはまずメディカルチェックを行う。看護師か助産師によって血圧や体重測定、赤ちゃんの心音等をチェックするのだ。アレンジしているとはいえ、かなり激しい運動である。赤ちゃんに、もしもの事があってはいけない。


 妊娠中は身体の変化が起こりやすく、必ず毎回メディカルチェックを行って、運動しても大丈夫かどうか確認するのだ。


 早紀のように体が衰弱していればなおさらである。


「ちょっと心拍数が高いかな。今日は見学だけにしようか?」

「そうだね」

 残念ながら、早紀はメディカルチェックに引っ掛かってしまったようだ。


 私は健康そのもの。難なくメディカルチェックをクリアした。


 早紀はやむを得ず見学する事に。まずはウォーミングアップ。ストレッチで筋肉を伸ばし、身体を温める。軽いステップを行う場合も。


 メインのエアロビックパートに入ると、音楽に合わせてステップ、全身運動をする。


 これが終わると、再びマットの上でストレッチをする。

 最後にクールダウン。時間を取って気持ちを落ち着かせていく。


「楓さんすごい飲み込みが早いね。もうお手本なしでも大丈夫なんじゃない?」

「実はバレー部ではキャプテンだったの」

「どうりで。運動神経良さそう」


「早紀さんはどう? 見学してみた感想は」

「やっぱり思ったより激しいね。すぐには無理かなあ」

「そしたらヨガと、他のリラクゼーションもやってみよっか」


 ヨガとは、呼吸とポーズ、瞑想を合わせ行う事で身体を整え強化し、心身の安定をはかるエクササイズである。


「他にもリラクゼーションの方法は色々あるの?」早紀は好奇心いっぱいの目で美波を見ながら言った。

「瞑想とか、アロマとかね」


 瞑想とは、目を閉じて深く静かに思いをめぐらす事だ。

「そんな事したって意味あるのだろうか?」

「宗教的なものでは?」

 そういう疑問をいだく人も多い。

 

 美波が実践していたのは、マインドフルネス瞑想と呼ばれるものであった。これは 「今に集中して、今の自分を受け入れる」という瞑想である。この瞑想には宗教的要素は少ない。


 椅子や床に座って肩の力を抜いてリラックスし、自然なペースで呼吸し、呼吸に意識を向けていく。


 多くの有名人も実践している。クリントン元大統領やビルゲイツ、レディガガ、日本人だと稲盛和夫やイチロー等だ。


「信じられないかもしれないけど、瞑想を始めてからシンクロニシティっていうのかな、必要な時に必要な人に出会ったり、起こって欲しい事が起こったりするようになったの」

「信じるよ。カトミナ。私も試してみる」


 アロマとはアロマセラピーの事。エッセンシャルオイルの芳香や植物由来の芳香を使い、病気の治療や心身の健康・リラクゼーション、ストレスの解消等を目的とする療法である。


 美波の粋な計らいで、目に見えて早紀の体調は改善した。軽くなればなる程精神的にもより落ちつくというポジティブスパイラルに入り、マタニティビクスにも参加出来るようになるまで体力が回復した。


「前に私が担当した妊婦さんが緊急帝王切開になってしまった事がとても残念だったから、あなたにはぜひ自然分娩して欲しくて色々調べたの。絶対私が取り上げるからね」


「カトミナ……」

 私は早紀への粋な配慮をさりげなくする美波を尊敬のまなざしでずっと見つめていた。


◇◇◇◇◇◇



 読んでいただきありがとうございました。


 次の第6話は、早紀と楓が美波の家で出産DVDを観る事に! いったいどうなるのでしょうか? お楽しみに!

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