第28話 意外と女で……

 実際に足を踏み入れると、九条先輩のご自宅というか、お屋敷はとても立派すぎた。


「本当にすごいですね、先輩のお家」


「いや、そんな……お恥ずかしい」


 謙虚で上品な先輩は、慎ましく言う。


「せっかくだし、お茶くらい飲んで行ってくれ」


「あ、では……お言葉に甘えて」


「良かった」


 通されたのは、広いお座敷。


 その長いテーブルの前に、俺はちょこんと正座する。


「楽にして良いよ」


「では、失礼して……」


 足を崩し、改めて見渡す。


 100年以上の歴史はありそうだけど……建物は立派と言うか、頑強な印象だ。


 武道家の家系と言ったし……質実剛健というやつか。


「粗茶ですまないね」


「いえ、いただきます」


 上品な湯のみだから、飲む側も少し気を遣う。


 俺は一口のんだ。


「美味しいですね」


「そうかい?」


「何だか、良いお茶みたいで」


「そんなことはないよ」


 九条先輩は苦笑して言う。


「普段は、いつも百江がお茶を入れてくれるから、自分で入れるのは何だか新鮮だ」


「確かに、そうですね」


 俺は残りのお茶をくいと飲み干す。


「……ごちそうさまでした。では、俺はこれで」


「あっ……」


 九条先輩は、何やら少し慌てた様子。


「……た、田中くん」


「はい?」


「実は、今ちょっと稽古がしたくて。でも、いま家族みんないないから……」


「先輩?」


「……ちょっと、付き合ってくれないか?」




      ◇




 道場もまた、立派だ。


 厳かでいて、上品な雰囲気が漂う。


「すまない、疲れているところ」


「いえ、先輩も同じことなので」


「そういえば、こんなに遅くなって、君のご家族は心配しないかな?」


「大丈夫です、放任主義なので」


「信頼されているんだな」


「そうですかね?」


 俺は小さく苦笑する。


「でも、稽古だなんて……俺に武道の心得はありませんよ?」


「大丈夫、君なら。私が教えるから」


「ていうか、学生服のままで、大丈夫ですか?」


「ああ、そんな激しくはやらないよ」


「分かりました」


「では、こっちに来てくれ」


 俺は先輩の方に歩み寄る。


「私の胸倉を掴んでくれ」


「えっ? いきなり、というか……」


 俺はふと、先輩の胸を見る。


 ボーイッシュなイメージだけど、意外と膨らみが……


「遠慮せずに」


「では……」


 俺はスッと手を伸ばし、ブレザーの胸元を掴もうとする。


 しかし――


 先輩の手が、素早く俺の手首を掴む。


 そのまま、軽くひねられた。


「痛くないかい?」


「はい……お見事ですね」


「護身術……合気道だよ」


「なるほど。これくらいなら、普通の女子でも覚えられそうですね」


「君のハーレムメンバーにも教えようか?」


「ハーレムメンバーって……まあ、友人として、彼女たちの身の安全が少しでも保障されるなら……」


「……まあ、でも、いくら武道の心得があるとはいえ、無敵ではないからな」


「先輩?」


「その、つまり、何が言いたいかと言うと……私も、所詮は1人の女に過ぎないと言うことだ」


 九条先輩は、なぜか照れたように言う。


 その瞳が、わずかばかり潤んで、上目遣いに俺を見るようだった。


「……そうですね、分かりました」


「えっ?」


「万が一、先輩がピンチの状況になったら……俺が助けます」


 そう言うと、先輩は数秒、硬直した。


「あ、すみません。余計なお世話でしたか?」


「あ、いや……すまない」


 九条先輩は口元を押さえて、俺から視線を逸らす。


 やばい、吐き気を催すほど、いらぬセリフだったか?


 別にそんな、他意は無かったのに……


「……そろそろ、家族が帰って来る頃合いかもしれない」


「あ、じゃあ、俺はおいとましますね」


「ああ……その内、君のことは、ちゃんと紹介したいから」


「はい?」


「ううん、何でもない」


 九条先輩は、ニコッと微笑んだ。




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