澪の読書のお供ポタージュ

「遂に俺の出番だな」


夏介が腰を上げる。今回の催しの元凶であり、今回に限らず学内で何かあると取り敢えず職員室と風紀委員長の梓に「どうせあなたがやったんでしょう?」と呼び出しを食らう埼玉カクヨム諸悪の根源である。一応フォローしておくと爪先まで楽しいアイデアが詰まっているファンタジスタなだけで、決してアウトローではない。

そんな彼のカノジョは、


「俺のマイエンジェル、みおだが……」

「いよっ、『百万回フラれた男』!」

「『一日に五回フラれた男』!」

「いつも思うんだけど、一日五回って百万回フラれるまで何年掛かるんだろうね」

「日数にして二十万日であろ? 今スマフォの電卓出すゆえ暫し待て……。……うむ、約五百四十八年だな」

「うわ、それって澪さんのこと前世からストーカーしてるじゃないですか」

「そもそも百万回もフラれてねぇよ!」


夏介みたいなお祭り系男子がゴムパッキンのカビの次に嫌いな、彼より一歳下の静謐せいひつを愛する読書家女子である。昼休みはいつ見ても校舎の中庭、通称『交流アンドロメダ』(初代学長命名)の隅っこのベンチで静かに文庫本を読んでいるので、一部の生徒は彼女をNPCじゃないかと疑っている。

静かに囁くような喋り方と稀に笑った時でさえ穏やかにクスクスと息を抜くような様は「雪の早朝の擬人化」と謳われ「実は自分にしか見えない美少女幽霊であっても驚かない。むしろそうだと言ってくれ」と言われ、風紀委員長の梓に至っては夜中に女子寮の廊下で出会っただけで漏らされ、本人はちょっとショック受けてる。


「おほん! 気を取り直してだな! 澪と言えば読書家なわけだ! というわけで澪のナイスな旦那である俺は読書のお供に最適なメニューを考えた」

「勝手に籍入れるな」

「いくらイケメンでも許されないキモさはありますよ」

「どうせまたプロポーズで百万回フラれるよ」

「うるせぇ! 食らえっ! 名付けて『澪の読書のお供ポタージュ』だ!」


夏介はマグカップを取り出した。


「あぁ、読書しながら飲める的な」

「そういうのだとトランプしながら食べるがコンセプトのサンドイッチとかが思い付きますけど」

「サンドイッチはなぁ、ソースが指に付いたら困るだろ」

「それだとポタージュもページに落としたら困るのではないか?」

「うるせぇ! 俺の時だけ難癖付けんな!」


夏介はミキサーのプラグをコンセントに差し込む。


「それはそうと」

「んだよ」

「夜はさしもの澪も声が大きいのか?」


「……」

「今回は流石に黙ってると思った矢先だね……」


口中にブロッコリーを詰め込まれた百合の肩に恭はそっと手を置いた。


「俺は澪のことを気遣ってるからな。読書で疲れた目を労わるポタージュにしようと思う」


夏介はミキサーに具材を放り込む。


「まずモロヘイヤ。こいつには目の細胞や粘膜、筋肉の再生や疲労回復に役立つビタミンBと水晶体をブルーライトや白内障から守ってくれるルテインが含まれている。一石二鳥、お得だからめでたく選抜メンバー第一号になってもらう。ヘイヤッ!!!!!」

「……」

「……」

「……」

「なんか言えよ! 俺が滑ったみてぇじゃねぇか!」

「滑ったんだよ」

「ま、まぁいい。まずはコイツをミキシングだ! ペーストになってもらう。ヘイヤッ!」


夏介はミキサーでモロヘイヤをヘイヤッしている間に行平ゆきひら鍋に牛乳を入れる。


「コイツが今回のポタージュのベースだ。牛乳もビタミンBが含まれていたりする。なので選抜メンバー第二号爆誕だ」


牛乳を沸かしている間にモロヘイヤをミキサーから取り出し、


「今回のメイン具材はコイツだ! 鮭! サーモン! トラウト!」

「トラウトってますじゃありませんでした?」

「その辺曖昧だからいいんじゃない?」

「コイツには目のピント調節機能を助けるア、ア、アニサキス?」

「寄生虫はダメでしょ」

「ア、ア、アポトーシス……、アンデルセン……、そうだ! アスタキサンチン! コイツが含まれている! なので当然コイツも選抜メンバーに入れる」


夏介は鮭の切り身をサイコロ状にカットしていく。


「なるほど、牛乳ベースなので鮭のクリームシチューみたいになるんですね?」

「あとは牛乳にコンソメを加えてコイツらを煮込む。牛乳は沸くとなんか膨らむから気をつけろ」


具材が煮えるまでの間、三人は百合の口からブロッコリーを引っこ抜いて洗った。

そして、


「うっし煮えたな。あとはここにドライアイ予防に優れたビタミンAと疲れ目に効くビタミンCが含まれているパプリカパウダーを振って完成だ! ちなみにブロッコリーにもコイツらが含まれているから、百合がアホみてぇなこと言わなきゃ使ってもよかったな」

「モロヘイヤの黄緑に鮭のピンク、パプリカの赤で鮮やかな仕上がりだね」

「香りはコンソメが効いてますね」

「そんなこと言うならブロッコリー突っ込まなければ良いではないか!」


マグカップで一口啜ると、


「夏介にしては優しい味わいだね。読書の邪魔をしない落ち着きがあるよ」

「夏介さんには珍しくシャケを細かく切ったんですね。スプーンを使わなくても食べ易いです」

「夏介の分際でマグカップを少し温めてあるではないか。読書のお供にゆるゆる飲んでも冷めにくくしてあるのだな」

「お前ら俺に恨みでもあるのかよ!」

「でもこれならようやく澪さんも夏介の所業で喜んでくれるよ」

「普段から喜ばせてるわ! まぁ澪は行儀が良いからメシ食う時に本読まねぇけどな」

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