第19話 アルバレストなのに見た目はスナイパーライフルそのままだ

 指揮通信室に立ち込めるのはさらにどんよりとした重苦しい雰囲気だった。

 雨どころか、雷が落ちそうな黒雲が立ち込める。

 そのような錯覚が見えてもおかしくないほどに空気が重苦しいものだ。


「いやあ、ありえないですね。さすが偽神ヤルダバオトと言うべきでしょうか」


 電子戦のプロフェッショナルである古川一曹が、やや大袈裟に天を仰いでみせたのはこの暗い雰囲気を作り出す原因となった映像のせいだった。

 偵察用ドローンから、送られる映像は現場の状況を詳しく知り、対策を立てるのに重要な情報源となる。

 ところが送った五機のドローンは全て、距離でマーズに撃墜されていた。

 マーズが装備するリニアライフルの射程距離に入った瞬間、映像が途切れている以上、疑いようのない事実だった。


「厄介だな。日没が近い」

「隊長。電磁弩リニアアルバレストの使用許可をお願い致します!」

「ふむ」


 電磁弩リニアアルバレストは陸上自衛隊が民間の研究機関の協力を仰ぎ、開発中の大型新兵装だ。

 この案を具申した石川三曹は狙撃手スナイパーとして、輝かしい経歴を持つ優秀な軍人である。

 電磁弩リニアアルバレストが極限まで追求された火力と射程距離の長さを最大の強みとした射撃兵装である以上、狙撃手スナイパーである石川が具申したのも頷ける話なのだ。

 しかし、隊長である小暮はその使用を許可していいのか、悩んでいた。


「隊長。石川の意見に一理あると思います。目標の射程に入らず、沈黙させる手段はそれ以外に考えられません。俵藤太の百足退治伝説を再現としゃれ込みましょう」

「止むを得んか。よし。電磁弩リニアアルバレストの使用を許可する。準備に取り掛かれ」


 小隊は隊長である小暮を中心としながらも古川の判断力と知識に依るものがかなり高いのだ。

 だが、それだけではない。

 隊員はそれぞれが一芸を有している。

 スキルに特化しているところが、特殊部隊の特殊たる所以だった。


 しかし、日は間も無く、落ちる。

 それは怪異が跋扈する時間の始まりである。




 石川の提案により、電磁弩リニアアルバレストは現地で組み立てを敢行し、その作業が完了していた。

 アルバレストという弩の名を冠して、想像するとイメージが大幅に狂う外観をした代物だった。

 アルバレストとは名ばかりで見た目はスナイパーライフル、そのままである。

 長さだけでも軽く、メルクリウスの二倍はある。

 大きい、ひたすらに大きいのだ。


 石川が搭乗したメルクリウスは伏射の姿勢を取り、電磁弩リニアアルバレストを構える。

 彼のメルクリウスは狙撃に特化したカスタマイズが施されており、カメラアイの性能が極限まで追求されていた。

 電磁弩リニアアルバレストに装着された二脚はしっかりと大地を捉えているが、それでも射撃時の反動は凄まじく、抑えられるものではないらしい。

 湯沢と清水の駆るメルクリウスが二脚をさらに固定する位置に陣取り、石川機の傍らには篁の操るメルクリウスが片膝をつき、その体を支えようとしていた。


 大橋のメルクリウスはこれまた、大きな盾と思しき金属の板を手に佇んでいる。

 盾と一目で分かる形状をしているものの、いかにも間に合わせで作りましたと言わんばかりの取っ手と覗き穴が申し訳程度に取り付けられた程度の代物だ。

 間に合わせの盾もどきで最新装備のリニアライフルの攻撃から、身を護るしかない。

 現状、それがT駐屯地で行える努力に他ならない。


(僕も自分が出来ることをしよう)


 悠はマーズの操縦席に座ると奇妙な水晶球を模したコンソールに触れた。

 一瞬、静電気に触れたような奇妙な感覚が悠の体を走り、全天モニターに文字や数字が羅列されていく。


『登録No.01を確認。メインシステムを起動します。

Genesis

Outwit

Exodus

Thrive

Immortal

Axiom』


 マーズの永遠なる機関エテルネル・モトゥールに火が灯る。

 似ているけど、感覚が違う。

 悠は確かにそう感じていた。

 銀の忍者ミネルヴァは毛を逆立て、こちらを威嚇している仔猫という印象だった。


(この子はまた、違うな)


 もっと従順で勝手についてくる仔犬に似ている。

 悠が感じるのはそういった漠然とした感覚だった。


 第一特殊任務部隊司令である美濃部一等陸佐の『各員の健闘を祈る』の通信を合図に石川機が動き始めた。

 狙撃目標への照準合わせが終わり、電磁弩リニアアルバレストの引き金に掛けられていたマニュピレーターがゆっくりと動いた。

 次の瞬間、目の前に雷が落ちたのかと錯覚するほどの轟音と衝撃波が周囲を襲うのだった。

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