第6話

 高い鳴き声を上げて、黒鷲くろわしが太陽の中へと吸い込まれるように上昇していく。

 赤茶けた粘土質の土でできた山道は、片方は切り立った崖となっており、もう片方は絶壁になっている。絶壁の遥か下には、つい半日前まで自分達がいた濃い緑色の森が見えた。


「おいロル、転げ落ちるんじゃねえぞ。拾いになんか行ってやらねえからな」


「大丈夫だよ」


 ルドルフはセオドアに短く答えた。

 荒れた山道で片方は絶壁だが、道幅そのものは人を三人並べたくらいある。少し気を付けて歩いていれば特に危険はない。


 安定の悪い石を踏まないように気を付けて、ルドルフは赤土の斜面に手をかけ、視線を上げて遠くを見た。


 来し方には、緑の絨毯のような森の向こうに続く道。空と陸との間に時折、銀の糸のような光が見えるのは海だろう。あんな所から来たんだなと妙な実感が湧いた。

 反対側、これから向かう西へと顔を向ける。

 雲が筋になって、巻き取られるように足早に流れていく先に、城壁に囲まれた巨大な街が見えた。


 それはルドルフが生まれて初めて見る、大陸の城塞都市だった。


「あれがオストガルト?」


「そうさ」


 セオドアが言う。


「帝都ほどの規模じゃあねえけどな。あれがクターデン帝国の東端の都だよ」


 ルドルフがセオドアとリードに拾われて、早くも十日が過ぎていた。




 山頂を過ぎ、赤土の山道を抜けて、三人は再び森の中へと降り立った。

 しかし、今までの森の道とは違い、道幅は馬車が通れるほど広く、下草も生えていない。

 道の脇の茂みや木々も枝打ちされ、明らかに人の手が入った跡がある。


「道が今までと全然違う」


 思わずそう呟いたルドルフにセオドアが説明をする。


「まあ、帝国の東の端っつーことは東の玄関だからな。防衛の意味もあるが、よそ者になめられねえように玄関は立派に作るってことさ。げんにお前だってびっくりしたろ」


「うん、びっくりした」


「お前、時々素直だな」


 セオドアはそう言ってからリードを見て、声を潜めた。


「……ここまで来りゃあ、あいつも諦めるかな」


「どうかな」


 リードは目に固い光を宿したまま肩をすくめた。


 サシャの村に向かう途中で撃退したはずの黒妖犬ブラック・シャック

 あの黒い魔犬はあれ以来、姿こそ見せないものの、その気配を消すこともなかった。


 毎日毎晩というわけではないが、この十日間の旅の間に、何度か不吉な遠吠えが三人の後になり先になり聞こえてきた。


 目の前に現れれば討ち取るに決まっているが、わざわざ森の中をこちらから追いかけていって討伐するつもりはない。もしかしたら、こちらを誘い出そうとしているのかもしれないからだ。魔物は狡猾で執念深い。


 旅の途中、セオドアとリードは何度かこのことについて話し合っていた。


 あのブラック・シャックは自分達に手傷を負わされている。

 人間に恨みをもった魔物がかたきを取らんと執着することは十分にあり得る話である。

 しかし、あの時、獲物を手放したのは魔物の方が先だったのではないか。

 あともう少しで、ルドルフの頭を噛み砕けたはずの魔犬が、何かに気が付いたように退いた――そう二人には見えたのだった。


 黒妖犬ブラック・シャックは『死の先触れ』とされる魔物である。その暗示するものは『親しい者の死』あるいは『重要人物の死』。

 そんな存在が少年を見逃し、その後を付き纏っているように見える現状の意味を考えずにはいられなかった。


「まあ、その心配もここまでさ」


 リードの言葉に反対する気は、セオドアにもなかった。


 オストガルトまで連れていく――それが少年との最初の約束であったからだ。

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