第11話 天竜川と嘘

野営地に決めた橋は二車線の県道下であり、堤防の脇から進入できた。


まだ日は高かったがドンヨリとした空には雨の予感もして、

やはり橋の下での野営が必要だと思った。

朝目が覚めて全てが濡れているというシチュエーションほど萎えるものもない。


荷物を解いてテントを設営し、テントの中に道具を入れる。

身軽になったバイクで近所のスーパーに向かう。

こんな時用に紐リュックを携帯している。

買い出した食材を入れるためのものだ。


実は地元のスーパーに行くのは旅の楽しみの1つでもある。

地元のオバさんたちの方言会話も楽しみだし、食材に珍しいものがあったりするのだ。

ただし、珍しい食材があっても料理できないため、買うものは決まっている。


緊急食料の袋ラーメンを消費したので買い足すことと、

今日の夕飯のおかずとビールを2本買う。


おかずは…ギョウザにした。値段的に豚バラ肉の細切れと悩んだが、

野菜の切り売りがなく、毎日食べ切らなければならないこちらとしては

一人だと野菜は買いにくい。


ギョウザなら肉と野菜が一度にとれる上、何より好物だ。

おまけに大好きな魚肉ソーセージを買った。


テントに戻ると、夕方の犬の散歩にきたおじさんが、珍しそうにテントを見ていた。


こんばんは。


「こんばんは、これはあなたの?」


マズい、こんな所にテントを張るなと怒られるのか?


「熊本から来たの?遠いところから来たんだね、どれくらいかかったの?」


どうやら単に興味があるだけのようだ。ひとしきり道中の話をして笑顔で別れた。

街中での野営については少し心配になった。


山の中など誰もいないところでは他人に気を使う必要はないが、

このような橋の下では警察などが巡回してくれば、

やはり何がしかの文句は言われる可能性も否定できない。


ビールを飲んだ後に立退けと言われると困るなぁ、運転できないし、

そうなったら今晩一晩だけで明日朝に立退くからと懇願していさせてもらおう…

などと考えながら、夕飯のルーティンに入る。


いつも通り飯盒でご飯を炊いてひっくり返して

蒸らし工程に入ってから1本目のビールを開ける。


テフロン加工してある小型の折りたたみフライパンに

薄く油をひいて温めてからギョウザを投入。


蓋がないのが残念だが、

このままだとフライパンに当たっていないところが全く焼けないので、

最初の面に焦げ目がついたところで少し水を入れ、

コロンコロンとひっくり返して、気持ち柔らかく仕上げた。


本日はさらに豪華に魚肉ソーセージ、そう「ギョニー」を剥いて

ハサミでチョキンチョキンと適当に切って塩コショウで炒めた。

ビールのつまみに最高なのだ。


通常、台所でモノを切るには、まな板と包丁などという2つのグッズが必要だが、

野宿調理では、鍋の上からハサミで適当に切り落とせば良いのである。

そもそも盛り付ける皿もない訳で、料理を綺麗に整える必要などないのだ。

純粋に食えるレベルかどうか、美味いかどうかだけであり、

見た目は割とどうでもいい。


ラジオのスイッチを入れ、ナイターを聴きながら、「豪華」な夕飯を食べビールを飲む。

ふむ、非常に充実している。


実は今夜は彼女に電話をする曜日なのだ。

昼はフィールドワークだが、夜は部屋に帰ってくるので電話は出来る。

広島から神戸まで悩みながら走った時の気持ちに嘘はなかったはずだが、

神戸を出てからは正直、走りや野宿のことに集中していて、


彼女のことばかりを考えている訳ではなかった。


いまこんな気持ちであるということは、

広島を出発したことはたぶん自分にとってよいことだったのだと理解はできた。

かたや、何だか自分だけがそんな想いだったのではないかと、


少し悔しい想いもある。


広島を離れる自分に対して、彼女はどんな想いだったのだろう。

そんなことは直接は聞けない。


ビールを2本飲みきり、ガスランタンを消した。

いつものように100円玉数枚と10円玉をあるだけもって、

土手の向こうにある公衆電話に向かった。


もしもし、こんばんは。いま大丈夫?


「こんばんは。今は何処にいるの?」


実はいま、病院にいるんだ。


とっさにウソがでた。


「えっ?どうしたの?」


実は浜名湖の裏街道でコケてしまって、腕を骨折してしまった…だから病院なんだ。


「…えっ…他は大丈夫なの?何処のなんていう病院?浜名湖ってことは静岡まで行ってるのね?大分には連絡できてるの?」


うん、親からはこっ酷く叱られて、退院次第、大分に強制送還だよ。


「明日行くから、病院の名前と電話番号を教えて!」


マズい、本気で心配され始めた…。


ええと、あの、その…ウソ、嘘ですゴメン!

元気に走ってます。入院はウソ。


でも峠でコケたことは本当で…


「……っ、なんてウソ言うのっ!本当に心配したじゃないっっ!

コッチの気も知らないでっ!」


あっ、本当にゴメン!ゴメンなさい!!


マンガでいえば、彼女の背景に、ゴゴゴ…ッ、と描いてある感じだ。


「コケたのは本当なの?何処かに怪我はしてないの?」


えーと、ゴメンなさい…左肘をえぐってしまったけど、それ以外は軽い打ち身程度で何ともないです…。


「何で変なウソつくの!それで左肘は大丈夫なの?大体あなたは…っ…」


本気で怒られた…。立場が逆なら同じ反応のはずだ。

とても申し訳ない気持ちになった。

ウソをついた事自体というよりは、

軽い気持ちでウソをつきたくなったその理由に対してだ。



申し訳ない気持ちは心から本当だったが、

彼女からこっ酷く叱られながらも、

少し嬉しかったのもまた本当だった。

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