第9話 浜名湖の川

夜半に一度目が覚めたが、朝までしっかり眠った。

またも朝飯がないので、サッサと用意して出発することにする。


ただ天気予報通り、雨が降っている。量も結構なものだ。

朝から合羽を着てスタートするのは嫌だが仕方がない。


相変わらずホテルのフロントの人をドン引きさせつつ、

大荷物を荷台で運んでバイクに載せた。


どんよりとした雨空の下を走り出す。


今日こそは野宿にする。

ただし雨の中の野宿になりそうなので、早めに準備、

かつ野営地になりそうな時間に、余り都会でない地点、

かつ雨でも問題のない場所にいなければならない。


よく考えるとかなり難度の高い話である。


国道は2号線から1号線に変わる。

この道が日本橋に繋がっているのかと思うと、中々感慨深い。


「東京 XXX km」にはモチベーションが上がる。

が一方、一気に走り切れそうな気がして困る。


早く着き過ぎても友人たちとの予定が合わないのだ。

それこそ東京には野宿する場所はないだろう。


昼頃になると愛知県を経由して静岡に入る。

空は引き続きどんよりとしているが、雨は止んだので、大嫌いな合羽を脱いだ。

夏の高気温の中、いかに透湿素材とはいえ、

合羽を着ていると風を通す量が格段に減るので、

普通に走っていても暑いこの季節、

蒸し蒸し感は相当不快だからだ。


合羽を脱いで普通に戻っただけなのに、その爽やかさにはため息が出た。

ロードサイドの小さな売店でバイクを停めた。

パンと牛乳で昼飯にしつつ、地図とにらめっこしながら野営地決めである。


先ずは16時には野営地に着いておくことにする。


テントを張る前後に夕飯の買い出しもあるので暗くなる前に余裕を持っておきたい。

そして本日に限っては雨の懸念があるのでコレをどうするかだ…。


屋根のあるところで野宿…脳裏に浮かんだのはホームレスの方々のお家である。

つまりリアルに「橋の下」だ。


ほどほどに人目につかず、雨に濡れず、平たい場所で目の前には川がある。

野宿するには天国の様な場所だと改めて気づいた。


つまり

1.今日は16時に野営地決定

2.場所は橋の下

と決めた。


あとは場所にアタリをつけねばならない。


地図を見るに浜名湖の向こう、天竜川辺りは川も大きく河川敷も広そう、かつ国道も通っているため広めの「橋の下」がありそうである。


であれば、少し時間が余りそうなので、浜名湖の裏あたりの山に寄ってみることにした。

毎日平坦でペースカーのいる下道ばかり走っていてはつまらない。

やはり峠か林道を走らねば何故バイクに乗っているのか分からん、

と意味のよく分からない決意を胸に浜名湖の裏山に向かった。


バイク乗りなら皆知っていることだが、

バイクというのはクルマと違って、ハンドルを切って曲がるものではない。

まあ確かに極低速ではハンドルを切って回頭するが、

通常走っている時にはバイクを倒すことによって曲がる。


接地感の問題を除けばハンドルに直結しているフロントタイヤが無くても、

バイクが倒れることによって曲がることは出来る。


GPライダーなどがフロントを浮かせつつ、

バイクを切り返して見せたりするアレである。


そうなるとフロントタイヤは物理的な仕事をほとんどしなくなり、

実質的なホイールベースはゼロ、クイックなコーナーリングが出来る。


いわゆる「リア荷重ができている」「乗れている」状態に近くなる。


浜名湖の裏街道はペースカーもおらず走りやすい貸切状態だ。

この辺は雨も上がって時間が経っているようで、路面も乾いている。

上り峠を全開に近い出力で上がっていく。


今回のバイクのタイヤ仕様は舗装路ツーリングとオフロードライドの中間を狙っている。


フロントタイヤはエンデューロレースなどで使われるIRCの定番モノでブロックが大きく舗装路でのグリップは相当に低いものである。


公道では余りブロックしそうにないが、ダートではデカいブロックがガッチリダート路面をグリップしてくれる。オフロードは比較的低速域であり、コーナーリング時のフロントタイヤの仕事は沢山ある。


一方、リアタイヤのブロックは小さく平坦であり舗装路向けの純正。

オフロード寄りとはいえ、泥をかくエンデューロ用のタイヤと比べれば比べものにならないほど舗装路面をガッチリグリップする。


今はリアには大きな荷物が載っていて特別なテクニックが無くても、

勝手にリア荷重になるシチュエーションだ。


その上、ここは上り坂、リア荷重はさらにかかりやすい。

自分でも驚くほど「乗れている」感覚である。

バイクは非常に気持ちよくクイックに曲がり、峠を駆け上がる。


右、左、どんよりとした空の合間に青空が見える。


気持ちいい。


続いて右に大きくバイクを倒した時に「カリカリッ」と音がした。


信じられないことだがステップを擦ったようだ。


オフロードバイクはオフロード走行を旨とするゆえに地上からのクリアランスが大きい。

伴って脚を置いておくステップも相当高い位置にある。

オンロード車は比較して低い位置にステップが配置されており、

バイクを倒し過ぎない様に、

ステップにはバンクセンサーと呼ばれる突起が付いていてバイクの倒し過ぎを教えてくれる。


が、オフロード車にはそんなものは付いていない。

通常そんなに倒せるものではないからだ。


内心、初めての体験に焦っていた。


オフロード車のこの高い位置のステップを擦るということは

相当バイクを倒しているということ、


フロントタイヤはこのシチュエーションだとほぼグリップはしていないとすると、

リアタイヤだけでバイクを制御していることになる。


リアタイヤの接地面とステップに延長線を引くと

リアタイヤが接地している量はタイヤの端も端、

もうグリップなど出来る余地はない。


マズい、倒し過ぎている。

バイクを起こさなくては!


そう思いながらブラインドカーブを左に切り返した瞬間、


路面に黒く長い影が見えた。

雨上がりの時に出来る川だった…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る