弱虫勇者アスラン

 あかりは友達のロバのロンと共に町に野菜を売りに行った。あかりは、両親と丹精込めて作った野菜を月に一度、町の市場に売りに行くのだ。あかりの村から町までは、山を二つ越えなければいけなかったが、あかりもロバのロンも山歩きは得意だった。野菜を売った帰り道、あかりは沢山働いてくれたロンにねぎらいの言葉を言った。


「今日はありがとう、ロン。家に帰ったら冷たいお水を飲もうね」


 ロバのロンは元気に答える。


『メリッサ、ぼくこんな仕事ヘッチャラだよ!』


 あかりは元気なロンに微笑んだ。だが、それまで楽しそうにしていたロンが、急に怯えだした。あかりがロンに、どうしたのと聞く。ロンは震えながら答えた。


『後ろから何かがすごい勢いで走ってくる』


 ロンの言葉の直後、あかりたちの後ろから、もうぜんと一頭の白馬が走って来た。あかりとロンは慌てて道の端に寄った。白馬はあかりとロンの前でキキッーと急ブレーキをかけると、急停止した。あ然とするあかりたちに白馬は言った。


『そこの者たち!わが主人を助けてくれないか?』


 あかりとロンはあっけにとられてしまった。白馬が人間とロバに助けを求めてきたのだ。あかりは慌てている白馬に話しをした。


「白馬さん一体どうしたの?」


 白馬はあかりが自分の言葉を理解してくれた事に驚いたのだろう。だが白馬はとても急いでいるようで、早口で理由を言った。


『わが主人は、今悪漢に襲われているのだ。私は助けを探しにやってきたのだ』

「わかったわ白馬さん。ロン一人で村に帰るのよ。」


 あかりは白馬と共に、危険な所に行ってしまいそうだ。ロンは慌ててあかりを止めた。


『だめだよメリッサ、危ないよ』

「私は大丈夫、ロン気をつけて帰るのよ」


 あかりは心配するロンの顔を優しく撫でた。ロンはしぶしぶ村に脚を向ける。あかりは白馬のたづなを握ると、ヒラリと白馬に飛び乗った。そして白馬が元来た道を走った。




 アスランは五人の悪漢に囲まれていた。アスランが悪漢たちの後をつけていたのを、とっくに気づかれていたのだ。待ち伏せされて囲まれてしまった。アスランは仕方なく背負っていた剣を抜き、構えた。本当は戦いたくなかった。アスランは争い事が苦手なのだ。


 アスランは駆け出しの冒険者だ。冒険者協会に登録し、冒険者に来た依頼をこなすのだ。今回は町の近くの森を根城にする盗賊団を壊滅させる依頼だった。盗賊団の下っ端を見つけ、後をつけているうちに気づかれてしまったのだ。盗賊たちはアスランの連れた白馬、アポロンを見て歓声をあげた。アポロンはとても美しい雄馬だったからだ。アポロンを売れば大金が手に入るとでも思ったのだろう。アスランをおどし、馬を置いていけとすごまれた。


 だがアポロンは、アスランにとってたった一人の大切な友達だ。アポロンを奪われるなど死んだってごめんだ。アスランはとっさにアポロンの尻を叩いて走らせた。一言助けを呼んできてくれと呟いて。アポロンは五人の盗賊を軽々と飛び越えて走って行った。アスランはホッとため息をついた。これでアポロンはしばらく安全だ。だがアスラン自身はとても危険な状態だ。


 当初アスランは、この五人の盗賊の後をつけて、盗賊団の根城を探し当てようとしていたのだ。だがヘマをして見つかってしまった。さてどうしたものか、この五人の盗賊相手ならアスランでも何とかなる。だが、この者たちを捕らえては、根城の仲間の居場所を吐かないだろう。アスランが思案していると、ヒヒーンと馬のいななきが聞こえた。愛馬アポロンが戻って来てしまったのだ。しかもアポロンの背中には少女が乗っていた。アスランは驚いて叫んだ。


「アポロン!どうして女の子なんて連れて来たんだ?いくら僕でも女の子を危険な目に合わせる訳にはいかないよ、アポロン、その子を連れて逃げろ!」


 アスランの叫びもむなしく、アポロンは華麗に盗賊を飛び越え、アスランを守るように立ちはだかった。盗賊たちは、突然金ヅルの白馬が戻って来た事を喜んだようだ。そして馬の背には少女が。その少女は村娘なのか、貧しい服装をしていた。だがその少女はとても美しかった。盗賊たちはこの少女もさらって売ろうとするのだろう。


 アポロンの馬上の少女は、スッとアスランに手を差し伸べた。アポロンの背に乗れと言うのだ。アスランが手を出すと。少女はアスランの手をしっかりと掴んで、引っ張り上げた。少女とは思えない力だった。少女はアスランをアポロンの後ろに乗せ、見事なたづなさばきで走りだし、アスランに声をかけた。


「私はメリッサ。話はアポロンから聞いたわ。あの悪漢たちの隠れ家を知りたいのね?」


 アスランは驚いた。アポロンに話した事を、何故メリッサという少女は知っているのだろう。まるでアポロンの言葉がわかっているかのようだ。アスランは驚きながら少女、メリッサに話しかける。


「僕はアスラン。メリッサ、君はアポロンの言葉がわかるのかい?」


 アスランの問いにメリッサはクスリと笑った気配がした。だがメリッサはたづなをしっかりと握っていたので、表情はわからなかった。


「あの悪漢たちをおどかして隠れ家を吐かせればいいんでしょ?私にまかせて」


 メリッサはそう言うと、アスランたちを平地の場所まで連れて来た。遅れて五人の盗賊もやってくる。メリッサはヒラリとアポロンから降りると、盗賊たちに向き直って言った。


「貴方たちは盗賊なんですってね、とっても悪い人たちだって聞いたわ。貴方たちは捕まって罪をつぐなうべきよ」


 メリッサのきぜんとした言葉に、盗賊たちは顔を見合わせて笑い出した。


「ギャハハ、娘。頭でもおかしいのか?そうだ俺たちは悪党だ!これから俺たちは、そこの男を殺して、馬と娘を売っぱらっちまうんだぞ」


 盗賊たちはメリッサの態度が心底可笑しいようで、肩を震わせて笑っていた。

突然メリッサが鋭く何かを叫んだ。


「ティグリス!」


 メリッサが叫んだ瞬間、メリッサの前に獣が出現した。虎のような姿に、鳥のような翼。霊獣だ。アスランはこの時霊獣を初めて見た。とても美しい生き物だった。


『よぉメリッサ、どうかしたのか?』

「ティグリス、お願い。このおじさんたちを死なないていどにこらしめて?」

『おやすいご用だ』


 メリッサはどうやら霊獣に盗賊たちを攻撃してほしいと頼んだようだ。アスランは驚いた。驚いた事にメリッサは霊獣と契約しているらしい。メリッサの言葉に、霊獣は魔法を発動する。途端に、五人の盗賊の周りを囲うように、何本もの炎の柱が燃え上がった。おそらくあの虎の霊獣は、炎の魔法を操るのだろう。


 霊獣の魔力はすさまじく、盗賊は恐ろしさのあまり、腰を抜かして叫びだす、助けてくれと。メリッサは霊獣に礼を言った。炎の柱は瞬時に消えてしまった。メリッサは盗賊たちに近づくと、貴方たちの隠れ家はどこなの。と聞いていた。盗賊たちは哀れな声を出しながら答えた。


「迷いの森の崖の下だ。なぁ言ったんだから助けてくれよぉ」


 盗賊たちは先ほどの威勢はどこにいったのか、おびえて小さくなっている。よほど霊獣の魔法が怖かったのだろう。アスランはメリッサに礼を言って、後ろに下がらせた。そして盗賊たちに話しかけた。


「お前たちは今ここで話した事をすべて忘れるんだ。何事もなかったようにアジトに帰るんだ」


 そういってアスランは忘却の魔法を発動させた。淡い光が盗賊たちを包み込む。盗賊たちは、まるで催眠術にかかったようにアスランの言葉にしたがい、帰っていった。それを見たメリッサが興奮ぎみに言った。


「すごいわアスラン、魔法が使えるのね?!」


 アスランは目をキラキラさせているメリッサにため息まじりに答える。


「すごいのは君の方だよメリッサ。こんなすごい霊獣を使役できるなんて」


 そう言ってアスランはティグリスと呼ばれた霊獣に視線を向けた。ティグリスはキョトンとした顔をしている。どうやらティグリスはまだ子供の霊獣なようだ。メリッサが答える。


「すごいのは私じゃないわ。ティグリスよ、それに私はティグリスを使役なんかしていないわ。ティグリスは私の大切なお友達なの!」


 メリッサの言葉にティグリスは、ガルルと嬉しそうに鳴き声をあげた。メリッサはアスランに向き直ると、再び目をキラキラさせて質問した。


「ねぇアスラン、これから盗賊のアジトに忍び込むんでしょ?!すごいわ!ねぇ私もついて行っていい?」


 アスランは内心ため息をついた。どうやらこのメリッサという少女は、冒険に飢えているようだ。非日常の経験がしたくてたまらないのだろう。アスランは苦手なキビシイ顔を作って言った。


「ダメダメ、君みたいな女の子を危険な場所には連れていけないよ」


 メリッサは頬をふくらませながら言った。


「私は無力な女の子だけど、友達のティグリスはとっても強いのよ!盗賊のアジトに行っても平気だわ」

「それでもダメ、君にもしもの事があったら、僕は君のご両親に申し訳がたたないよ」


 するとメリッサが急にハッとした顔になって言った。


「いけない、早く家に帰らなきゃ。アスラン、盗賊のアジトに行くなら夜中でしょ?それまで私の家で休んでて、迷いの森の道案内もするわ」


 うむを言わせぬメリッサの勢いに、アスランはうなずいてしまった。




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