第27話

 言いよどむライリーに、兄さんが呟いた。


「現実は厳しかった……ってわけか」


「はい。彼女は、突然現れた魔物の大軍にすっかり怖気づいてしまい、今は聖騎士団の地下倉庫で震えていますよ。……あそこが一番安全だと思っているんでしょうね。このまま魔物に都を占領されてしまえば、どこにいても一緒なのに」


「まあ、一般人がいきなり『聖女』になったんだから、魔物を恐れる気持ちはわからんでもないけどな。……でも、どうせ正式な方法を無視して選ぶなら、軍人とか、実戦経験のある魔法使いみたいな、戦いに対する覚悟がある人たちの中から『聖女』を選べばよかったんじゃないか? そういう手練れたちなら、少なくとも敵前逃亡はしなかっただろうに」


「おっしゃる通りです。しかし……」


「しかし?」


「……言いにくいことなのですが、現任の『聖女』は、エグバート長官が連れてきた方なので、誰も反対できなかったのです。噂では、長官の親戚筋に当たる、どこかの貴族のお嬢様だとか……」


「おい、まさかとは思うが、そのエグバートってのは、自分の一族の名を高めるためだけに、不適格な娘を『聖女』に祭り上げたんじゃないだろうな」


 兄さんの問いに対し、ライリーは何も答えなかった。

 ……いや、『答えない』のではなく、『答えられない』のだろう。


 恐らく、ライリーも本心では、兄さんの言う通りだと思っているに違いない。

 しかし、それを口に出すことは、上官に対する不敬行為であり、団律違反となる。だから、何も言えないのだ。


 ライリーはただ、沈痛な面持ちで、じっと地面を眺めていた。微動だにしていないのに、額を流れていく汗が、彼の悩みの深さを物語っている。


 そんなライリーの葛藤や苦悩を代弁するように、兄さんがひときわ大きな声を上げた。


「ライリー、きみがそんなに悩む必要はない。きみは職務に忠実な、立派な騎士だよ。……まったく! エグバート! エグバート! エグバート! 全部その馬鹿貴族のせいじゃないか! 王様は、なんだってそんな奴を聖騎士団の長官にしちまったんだろうな」


 現在の国王陛下は、おおらかで人々に愛される人物ではあるが、生まれてから今まで、一度も戦場に出ていないせいもあり、どこかのほほんとした人だった。二週間ちょっと前、私が都を去る直前に聞いた噂によると、エグバートは得意の弁舌を用いて、お喋り好きの陛下に取り入り、王宮内での地位をグングン上げていったらしい。


 それで、聖騎士団の長官にまでなったのだから、少なくとも、話術に関して『だけ』は間違いのない才能があったのだろう。……逆に言えば、話術『しか』才能のない人間が、国防機関の最高責任者になってしまったというわけであり、これは、とてつもなく恐ろしいことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る