第21話

「また、随分微妙だな。まあ、嫌われてるよりはマシと思っておくか」


「だって、昔の兄さん、面倒見は良かったけど、私が牧場の仕事を手伝おうとしたら、すぐ『邪魔だからあっちに行ってろ』って追っ払ったじゃない」


「それは、牧場の仕事には危ないこともあるから、お前を遠ざけたかったんだよ。馬の機嫌が悪いときなんか、本当に大怪我することもあるんだぞ」


「でも、私が『聖女』に選ばれる前……えっと13歳くらいの頃から、かな? 兄さん、私のこと、露骨に避けてたでしょ。そういうの、わかるんだからね」


「あれは、お前、その、仕方ないだろ……妹とばかりいっしょにいると、同年代の男友達に馬鹿にされるんだよ」


 そこで兄さんは、弱々しげに目を逸らした。

 私は、『おや』と思う。兄さんは正直者で、ほとんど嘘をつかないが、ごくまれに嘘をつくときは、気が咎めるのか今のように目を逸らすのだ。


 たぶんだが、妹とばかりいると男友達に馬鹿にされるというのは、それはそれで真実なのだろう。思春期の少年とはそういうものだ。しかし、兄さんが私を避けた本当の理由は、きっと他にある。


 なんだか気になった私は、鋭く問い詰めることにした。


「兄さん、嘘ついてるでしょ」


「い、いや、俺は別に、そんな……」


「ううん、嘘ついてるっていうか、正確には、『本当のことを話してない』って感じ。兄さんが私と一緒にいることをからかうような子はいたかもしれないけど、ずっと陰湿に馬鹿にし続けるような根性曲がりはレシシュ村にはいないはずよ。兄さんも言ってたじゃない。『レシシュ村の人たちは、いい人ばかり』だって」


「…………」


「子供の頃のことじゃない。今さら隠すことないでしょ? 本当のところを教えてよ」


 兄さんは、黙った。

 静かな馬小屋の中に、馬のたてがみを梳く、スゥースゥーという音だけが響く。あまりにも静かなので、遠くの酒場の、酔客の笑う声まで、かすかに聞こえてきた。


 兄さんは、まだ何もしゃべらない。

 長い沈黙である。


 ……そこまで言いたくないことなのだろうか?

 なら、これ以上問い詰めて、兄さんを困らせるのは良くないわね。


 私は朗らかに笑い『ごめんなさい、話題を変えましょう』と言おうとした。

 でも、言えなかった。

 私が口を開く一瞬前に、兄さんが語り始めたからだ。


「……12歳を何ヶ月か過ぎた頃だったかな、お前、急に髪を伸ばし始めただろう?」


「えっ? あ、うん……よく覚えてないけど、そうだったかもしれないわね」


「そうさ。俺はハッキリ覚えてるよ。それまでのお前は、スカートよりズボンの方が好きだったし、男みたいに短い髪をしてたからな。俺はお前の頭を撫でて『どういう風の吹き回しだ』って、笑ってた」

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