第2話


「おっじゃまっしや~す!!」

 その夜、招かれざる客が俺の家に押しかけてきた。

「お前っ…何しに来たんだよ?」

 なぜか上機嫌ででかいコンビニ袋片手に突っ立っている金子を見て、俺はドアを開け放った格好のまま途方にくれた。袋からごろごろとのぞくチューハイやビールの缶を見る限り、彼の目的は明白だがそう聞くしかなかった。確かに一人暮らしの俺の家にはいろんな奴が気軽に押しかけてくるが、今日は誰も家にあげたくない気分だったのだ。

 しかも、よりによって金子…。俺は内心舌打ちする。

 別に彼が嫌いなわけじゃない。むしろ男友達の中では一番気が合う。

糸みたいに細い目をした彼は、いつもへらへら笑ってて一見頼りなげに見えるが、実は鋭い洞察力を持っている。おまけに話し上手だから彼と話していると飽きることがない。

 そしてそんな彼は、俺に飲みながら説教するのが大好きなのだ。

「ちょっとつきあえよ」

 ずかずかと部屋に上がりこみ、彼は迷うことなく俺の椅子に座った。まるで我が家のようなくつろぎ様だ。俺はため息をついて、しぶしぶ玄関のドアをしめた。

「はい、なんでしょーか」

 神妙に彼の向かい側の椅子に座る。金子は一瞬驚いたように眉を上げたが、ふと苦笑して机にコンビニ袋をどさっと置いた。

「まぁ、とりあえず飲め」

 予想に反して、金子は俺に説教するわけでもなく、いつもどおりの会話をしながらひたすら酒を飲ませた。俺もさっきまで沈んでたから、何気ない会話をすることで気分が回復する気がして、ひたすら飲みながらたいしておかしくないことでも大げさに笑った。

 やがて机の上が空の缶で埋め尽くされ始めた頃。なんだこいつ俺を潰しに来たのかとあやぶんでいた俺は、彼のナチュラルな話の転換にはっと身構えた。

「…で、お前はなんで帰りに美沙ちゃんとこ行かなかったわけ?」

 ほら来たーッ。思わず首をすくめるが、大量の酒が入っているからか、俺の舌はなめらかだった。

「いやーちょっと嫌なこと聞いちゃってさー今日は謝っても無駄かなーなんて」

「いやなことって?」

「いやなことっつーかショッキングなことっつーか?あいつ、もうなんか俺とは別れたいみたいなこと言ってて~しかも泣きながらガチで嫌がっててさ。正直そこまで嫌われたかと思うともう俺たち駄目なのかなーにゃんて…」

 やばい、呂律が回らない。つかなんか、視界がぐにゃぐにゃ歪んでるんだけど?

 ピッチが早かったからか、一気に酔いが回って机につっぷした俺は、金子の表情の変化に気がついていなかった。

「駄目なのかなって…お前そんなの聞いただけであきらめるわけ?謝りもせずに?」

「謝るも何も、俺なんも悪いことしてないし」

「じゃぁあのビニール袋に入ってる割れたカップはなんなんだよ」

 俺は机に額を押し付けたままぎくりと身じろぎした。金子は、部屋の隅に置いてあった透明なビニール袋をみつけたのだろう。中には、ばらばらになった蒼い四葉のクローバーの破片が入っている。

「あれ、美沙ちゃんがくれたものだろ?彼女が割るとも思えないし。お前が割ったのか?」

「…あれはちょっとした事故で――」

「事故でも割ったことにかわりはないだろ!謝る理由には十分なるんじゃねーの」

 あぁ~こいつの説教はやっぱりうるさい。俺はふわふわとおぼつかない思考で精一杯反論した。

「俺は謝んねーよ!つか、別にあいつが別れてくれっていうならそれでいーし」

「本気で言ってんのか?」

「何もあいつだけが女なわけじゃないんだぜ?」

 我ながらなんていい言葉だ、と少し悦に浸っていた俺は、次いで返ってきた金子の冷ややかな声に、身を強張らせた。

「三谷、本当に…それでいいのか?」

 俺は沈黙した。酔いの心地よさに任せて、深い深い眠りに逃げ込みたかった。金子から、美沙から、この世の全てから、今は逃げてしまいたかった。

「…いいんじゃねーのー…」

 その呟きを最後に、俺はこてんと本当に眠りについたのだった。



――むかーし、むかし、あるところに、呪いにかけられたお城がありました。


 どこからか、不自然に甲高い声が聞こえてくる。

まるでファンタジー映画で小人のものとして使われるようなその声は、紙芝居を読むような口調で滔々と語っていた。

――お城の中では、時が止まったように人々が深い眠りに落ちています。そして、お城の中で一番高い塔のてっぺんには、とても美しいお姫様が眠っておりました。

かつて、他の国々から褒め称えられた彼女の美しさに、悪い魔女が嫉妬して、彼女と彼女の王国全てのものに呪いをかけたのです。茨に囲まれたお城は、長いながーい間、誰にも見つけられずにひっそりと眠り続けておりました。

 あぁ、これは『眠りの森の美女』だな。俺はぼんやりした頭でそんなことを考えていた。

『白雪姫』や『人魚姫』なんかと並ぶ、有名なお伽話だ。でもなんで今そんな物語を聞かなきゃいけないんだ?俺は幼稚園生のガキじゃねぇぞ。

 甲高い声は話し続ける。

――しかし、お城が眠りについてから千年経ったある日、一人の心優しき王子が、美しい姫と国の人々を助けるために現れたのです!

 じゃじゃーんと効果音でも鳴り響きそうな盛り上がりをみせて、甲高い声は語りを終えた。と、突然、どこからともなくスポットライトのようなものが重厚な闇を切り裂いて、俺の上に降り注いだ。

「え?」

 驚いて頭上を見上げ、見えるようになった自分の姿をなんとはなしに見下ろして――俺は心の底から絶叫した。

「なっ、なんだよこれ!?」

 真っ赤なマントに、白いひらっひらのレースがついたリネンのシャツ。カラシ色のタイツに…な、なんなんだこれ?ぶ、ブルマっつーか、かぼちゃパンツ!?いやいやおかしいだろ、ありえないだろ、むしろ変態だろ!

 なぜかコスプレマニアも真っ青な怪しい格好で、俺は呆然と佇んでいた。

 ふと、なんだか頭部に違和感を感じて手をやると、さきっちょが尖った羽根つき帽子がのっていた。ロビンフッドとかがかぶってそうな奴だ。かぼちゃパンツにこの帽子とか、あわなすぎだろ。あれ、でもなんかこのかっこうどこかで…。

 そして、自身の頭から足先までの格好を吟味した結果、俺が恐る恐る

「もしかして…王子?」

 と呟くのと、背後で先ほどの甲高い声が

「王子!お待ちしておりました!」

 と叫ぶのはほぼ同時だった。驚いて弾かれたように振り返った俺は、甲高い声の主を見た途端、地面に膝をついて腹がよじれるほど笑い転げてしまった。

 俺の目線の高さに浮いていたのは、バービー人形ほどの大きさの人だった。いや、人というのはあやまりか。なぜなら、彼の背中からはトンボのような透明な羽がはえ、その見えるか見えないか程度の耳は、先が明らかにとんがっていたからだ。服はムームーのような薄ピンクの一枚着で、そして何よりも傑作なのは、それを着ているのがサイズこそ大幅に変わったものの、相変わらず目が細くて顔が丸い金子だったのだ。

「おっ、おまっ、何してる…ぶふぅ!」

 たまらず盛大に噴出した俺に、金子の顔をした小さい人間は、楊枝のような手足をふりまわして怒った。

「わらってる場合じゃないですよ王子!地面なんか転がってないで早く姫を助けてください!」

「なぁ、気のせいかもしんないけど、さっきから俺のこと“王子”って呼んでる?」

 必死で笑いをかみ殺しながら尋ねると、ちっちゃい金子はわかりきったことを聞くなという顔で頷いた。

「えぇ、何言ってるんですか、あなた王子でしょ!」

「いやいやお前こそ何言ってるんだよ。かぼちゃパンツはいた王子なんて俺だったら死んでもごめんだぞ」

「よくお似合いですよ」

 そうか、これは夢かと、俺は今更ながら気づいた。酔ってたせいか、普段見るやつより格段にメルヘンチックで摩訶不思議な夢だ。王子とか…俺モテたい願望でもあんのか?

「で、俺が王子ならお前はなんなわけ?空飛ぶ子豚ちゃん?」

「あなたの手助けをする妖精です!」

 きぃきぃと声をさらに甲高く張り上げて金子…の顔をした自称妖精は俺のことをねめつける。そしてどこからともなく、白い指揮棒みたいな細い杖を取り出してふってみせた。

「見たところ、全然頼りにならなそうな王子だから、私が魔法で救いの手をさしのべてさしあげるんですよ!」

「ふーん。あれか、つまりドラクエで言うところの黒魔道士か」

 冷め切った頭で考えながら、俺は自分のベルトに細身の剣がささってるのを見て顔色を変えた。

「げっ、てことは俺が戦士!?うわムリだよー俺HP全然ないし。すぐ死ぬって。つか戦士とかそんな一番疲れる役やだしお前変われよ」

「…真面目にやってくださいっ!」

 我慢ならなくなったのか、金子は持っていた杖で俺の頭をぶすぶす刺した。

「さぁ、さっさとお城にのりこみましょう!」

 そう叫んで金子が杖を振り上げた途端、俺たちを包んでいた暗闇がさぁっと波が引くように消え、代わりに絵本やなんかで見るような城が目の前に現れた。

 俺は思わず言葉をなくした。城がすごかったからじゃない。その城があまりにもおざなりというか、現実味の乏しい陳腐なものだったからだ。

 城壁をぐるりと取りかこむ茨も、本当にただオプションでつけた、といった感じの適当さだ。まぁ、リアリティのなさはこの夢を見ている俺の想像力のなさが原因だろうから、あまり文句は言えないが。

「さぁ、姫を助けに行きましょう!」

 やる気満々で城へ飛んで行こうとした金子は、しかし一歩も動こうとしない俺に気づいて訝しげに振り返った。

「あれ、どうしたんですか?いきましょうよ」

「いや…まぁ、なんで俺が王子になってるのかは置いとくとして、その姫とやらをなんで俺が助けに行かなきゃいけないわけ?」

「何言ってるんですか、王子がお姫様を救うのは当たり前でしょう」

「なにその押し付けがましい理由!?そんなんじゃいく気にならないね」

 俺は激しくやる気のない顔で腕を組んだ。

「もっとこう…ドラマチックな情景描写っていうかさー」

「…眠り姫は、それはそれはお美しいですよ」

 金子が目をきらりと光らせてささやいた言葉は、ロマンチックでもなんでもなかったが俺の興味をひくには十分だった。

「マジで?」

「えぇ。なんせ、あまりの美しさに魔女が嫉妬するほどですよ?彼女の気をひこうと、数多の国の王子たちがさまざまな贈り物を届けましたが、そのどれも彼女の美しさの前ではとるにたらないものに思える有様」

「一見の価値あり?」

「一目見たら…」

 金子は、そこで効果をもたせるようにたっぷりと間をもたせた。

「もう彼女の虜になることは間違いないでしょう」

「そ、それは見てみたいかも!」

 俺は目を輝かせて、その眠り姫の姿を想像していた。波打つ黄金色の髪、真っ白い滑らかな肌に、バラのように赤い唇、艶やかな長い睫毛…。

 そしてとどめとばかりに金子が付け加えた言葉は、絶大な効果をもたらした。

「おまけに彼女、顔だけじゃなくて体つきもすっごいグラマ――」

「さぁて、なにをぼやぼやしている!呪いに苦しんでいる可愛そうな姫を、勇ましく救いに行こうではないか!」

 すらり、と腰の剣を抜き放って哄笑し、金子妖精の冷ややかな視線に気づかないまま、俺は意気揚々と呪われた城の門をくぐったのだった。

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